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柊サーカス

厨二的ななにか。

 黄昏時に汽笛が鳴って、サーカス列車の到着を告げた。光と闇との境に巨大なテントが黒々と膨らむ。シロトリの檻も貨車から降ろされ、枝格子の上をいくつもの影が(せわ)しく行き交った。その音のない動きの向こうに、団長のシルクハットが見える。手元の何かにささやき、片腕がすっと上へ伸びた。飛び立ったのは大きな翼。力強く大気を叩き、まっすぐ光に向かっていった。

 あれはアオトリだ。

 身を乗り出したとたん、柊の葉がシロトリの頬を突いた。檻の格子は細い枝ながら、そこここに生える鋭い葉は隔絶の印だ。いつからここにいたのか、以前は自由だったはずだと己の身に目を落とせば、体躯を四肢を羽毛が覆いつくす。日毎に伸びて姿が変わり、もとの自分が消えていく。

 やがて、どこからともなく集まった観客達が、列をなしてテントに飲まれていった。団長の口上が開演を告げ、調子外れの音楽が陽気に流れ出す。花形のクロクマが円舞台に登場すると、割れんばかりの歓声と口笛があがった。

 しかしときおり響く鞭の音は、出番を待つシロトリをすくませた。未熟だったころに受けた痛みを思いだし、背中の羽毛が逆立ち震える。飛べと打たれて、生えたばかりの羽を懸命に広げた。今でこそ滑空なぞはなんの苦もないが。

 このままでは、いずれアオトリのようになってしまう。

 すでにもとの姿は見るべくもなかったあの翼。最後は言葉も失せていた。

 とつぜん円舞台からどよめきがあがる。桶だ水だと駆け出す人影と入れ違いに、口輪をはめられたクロクマが鎖に繋がれ引き出されてきた。地を踏む四肢をよろよろと運び、すっくと立った登場時の偉容はどこにもない。芸を失敗したのだ。松明を高々と操るジャグリング。

 お次はお待ちかね、イロトリたちの空中ブランコ。

 ざわつく観客席を静めるかのように、団長の甲高い声が響く。仲間と一緒に円舞台へと急かされたシロトリの耳に、檻番がささやいた――次はお前が花形だ。

 スポットライトが、ポールに上ったシロトリを照らした。花形の金の光。クロクマを、そしてアオトリを照らした終末の光。あの姿ではクロクマも言葉を失っているだろう。

 シロトリは嘆息した。次は自分の番だ。

 広げた羽に金の光が映え、観客たちの拍手がわき起こる。のしかかる気配はあるものの、シロトリからは円舞台を覆う檻越しに、あまたの影が見えるだけだ。ただ滑空を終えるたび観客席を交錯するライトが、その姿をせつなに照らした。

 のっぺりとした顔、大きく開閉する口と瞬かない丸い眼。たまさか皮膚が鈍く光った。

 シロトリがそれに気づいたのは、二度目の滑空を終えたときだった。枝格子が観客席と接するあたりに、黒く沈む場所がある。しかも中から白い姿が浮かび上がり、その顔は周囲とまるで異なっていた。

 少女――シロトリの記憶が呼び覚まされる。

 三度目の滑空で合点がいった。クロクマの失敗した松明の火が、あそこの柊の葉を焼いたのだ。

 少女の白い微笑みが、己のままに解放される時を告げる。

 シロトリの決断は早かった。四度目の滑空にはいるや尾羽の角度を変えて、一直線にそこへ滑り降りた。

 枝の折れる音、怒号、悲鳴、混乱。手をつなぐシロトリと少女の姿を、ライトが一瞬とらえて逃した。

 欠けた月が闇夜を(いざな)う。それを追うシロトリの背後には、抜けた羽毛が雪嵐のように舞い散った。かわりに本来の力が身にたぎり、喉から口から咆哮となって放たれた。

 闇がとどろく。暗きにうごめく民達の、叫びが主人の帰還をことほいだ。

 翼が広がる。すべての望みを絶つ暗黒の(かいな)

 満ちることのない光が、青鋼の鱗にきらめいた。


(了)

キイワードが「柊」「サーカス」と(まんまだ)あと一つ忘れました。

鳥の羽は鱗が変化したものと聞いて、かく展開となりました。

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