表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

珊瑚玉

一年ご無沙汰しましたが、今年はおいおい書いていきたいと思います。

 祖父の骨董屋を継いだばかりの頃、店先で珊瑚玉のかんざしに見入っている娘がいた。良家の子女らしい上等な身なりは、こんな裏通りの店には珍しい。真紅に鮮やかな珊瑚玉の見事さに比べ、二束三文の値を訝しむので、簪の由来をこう話して聞かせた。

 昔、行商の若者が雪国の娘に、京で買い求めた珊瑚玉の簪を贈った。次に帰ったときは祝言と約束して再び旅に出たものの、その年の雪はとみに深く、若者はなかなか帰らない。毎日峠で待ちわびる娘であったが、ついに谷合を歩く愛しい姿を見つけ、喜び勇んで駆けだした。そこへ突然の雪崩が二人を飲み込む。村人達はくまなく探したが、二人の影すら見つからず、ただ雪の中に簪だけが掘り出された。以来この簪を手にする持ち主は、必ず真白な雪と真紅の珊瑚玉の夢を見るのだという。悲恋にまつわる祟りではと祓いもしたが効き目もなく、気味の悪さにすぐ手放すのだと。

 話を聞いた娘は何か思案しながら帰ったが、それからもしばしば簪を見にくるのだった。

 ある夕刻、暖簾を下ろしかけたところへ、簪が欲しいと、かの娘が息を弾ませながら駆け込んできた。由来は充分承知の上と、買い求める決心は固そうだ。手渡したその場で髪にさせば、濡羽色に珊瑚玉の真紅が映え、ほんのり染まる頬とあいまって、息をのむほど美しい。微笑みながら、しばし鏡を覗いていた娘はこちらを向き、これきりのお別れになりますと深々頭を下げた。店を出たのち暖簾向こうの夕闇で話声が聞こえたが、待ち人でもいたのかもしれない。

 あれから姿を見ることもなく長い歳月を経たが、簪を扱うたびに思い出す。あの娘はどうしたのだろうか、やはり不吉な夢を見たのだろうかと。

 小春日和の昼下がり、台帳の確めをしていると、陽を背に暖簾をくぐりなから、お久しぶりですと訪いをかける客がいる。笑み皺のある上品な老婦人をよく見れば、あの珊瑚玉を買った娘ではないか。互いの息災を喜び合い、簪の夢について訊いたところ、ええ見ましたとこともなげに返された。

「実はあの頃深く想っていた方がいて、あの珊瑚玉は自分の熱い心そのものに見えました。後日駆け落ちの際に買い求めたのは、この想いをいつまでも忘れぬようにと、また繰り返し見るあの夢も、私には先の未来への祝福と思えました」

 お陰様で今は孫もたくさんいて幸せです、と身を屈め頭を傾げてみせる。そこには、雪のように真っ白な髪の中に、紅の珊瑚玉が誇らしげに輝いていた。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ