珊瑚玉
一年ご無沙汰しましたが、今年はおいおい書いていきたいと思います。
祖父の骨董屋を継いだばかりの頃、店先で珊瑚玉の簪に見入っている娘がいた。良家の子女らしい上等な身なりは、こんな裏通りの店には珍しい。真紅に鮮やかな珊瑚玉の見事さに比べ、二束三文の値を訝しむので、簪の由来をこう話して聞かせた。
昔、行商の若者が雪国の娘に、京で買い求めた珊瑚玉の簪を贈った。次に帰ったときは祝言と約束して再び旅に出たものの、その年の雪はとみに深く、若者はなかなか帰らない。毎日峠で待ちわびる娘であったが、ついに谷合を歩く愛しい姿を見つけ、喜び勇んで駆けだした。そこへ突然の雪崩が二人を飲み込む。村人達はくまなく探したが、二人の影すら見つからず、ただ雪の中に簪だけが掘り出された。以来この簪を手にする持ち主は、必ず真白な雪と真紅の珊瑚玉の夢を見るのだという。悲恋にまつわる祟りではと祓いもしたが効き目もなく、気味の悪さにすぐ手放すのだと。
話を聞いた娘は何か思案しながら帰ったが、それからもしばしば簪を見にくるのだった。
ある夕刻、暖簾を下ろしかけたところへ、簪が欲しいと、かの娘が息を弾ませながら駆け込んできた。由来は充分承知の上と、買い求める決心は固そうだ。手渡したその場で髪にさせば、濡羽色に珊瑚玉の真紅が映え、ほんのり染まる頬とあいまって、息をのむほど美しい。微笑みながら、しばし鏡を覗いていた娘はこちらを向き、これきりのお別れになりますと深々頭を下げた。店を出たのち暖簾向こうの夕闇で話声が聞こえたが、待ち人でもいたのかもしれない。
あれから姿を見ることもなく長い歳月を経たが、簪を扱うたびに思い出す。あの娘はどうしたのだろうか、やはり不吉な夢を見たのだろうかと。
小春日和の昼下がり、台帳の確めをしていると、陽を背に暖簾をくぐりなから、お久しぶりですと訪いをかける客がいる。笑み皺のある上品な老婦人をよく見れば、あの珊瑚玉を買った娘ではないか。互いの息災を喜び合い、簪の夢について訊いたところ、ええ見ましたとこともなげに返された。
「実はあの頃深く想っていた方がいて、あの珊瑚玉は自分の熱い心そのものに見えました。後日駆け落ちの際に買い求めたのは、この想いをいつまでも忘れぬようにと、また繰り返し見るあの夢も、私には先の未来への祝福と思えました」
お陰様で今は孫もたくさんいて幸せです、と身を屈め頭を傾げてみせる。そこには、雪のように真っ白な髪の中に、紅の珊瑚玉が誇らしげに輝いていた。
(了)