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こたつ

お題が「学校の怪談・冬」でした。


初めて書いた怪談で、ちっとも怖くないものとなりました。


 三十年も前のことだが友人にIという貧乏学生がいて、炊事場とトイレが共同という、当時としてもかなりの古アパートに住んでいた。

 その冬、先輩から代々譲り受けてきた電気ごたつの寿命が尽き、唯一の暖房器具を失って寒さに震えていた。大寒間近で手に入れる当てもない中、大学の裏手に粗大ゴミ置き場があるのを思い出して行ってみると、脚に傷のある家具調こたつが捨てられている。雨風に晒されて電気系統が怪しかったが、確かめたところ十分使えそうだ。冬が越せる目処がたち、安堵したIはこれをアパートへ持ち帰った。

 それから後期テストが始まり二週間ほど顔を合せなかったが、最後の科目を終えて入った学食で、深く考え込んでいるIを見つけた。私に気づいてぼんやりした顔を上げ、あのこたつは何か変だと言う。幽霊でも出たかと返すと、そうなんだろうかとはっきりしない。珍しく重い口をようよう動かして、次のように話して聞かせた。


 君も知っての通り、出席日数ぎりぎりでアルバイトをせねばならぬ貧乏学生というのは、裏を返せば単位を落として留年なぞ出来る身分ではないということだ。年明けからは全ての仕事を休み(ために中古のこたつも買えない程の窮状だったが)、勉学に精力を傾けた。体や意気のためにもこたつは欠かせず、見つかって本当に良かったと思っていた。

 先日、一区切りをつけて腕と脚を伸ばした時だ。こたつの中で、足の先が何かを蹴った。初めは崩れた本が布団越しに当たったのかと思ったが、再び脚を組もうと膝を曲げるとまた何かに触れた。感触が明らかに布団ではない。そこで中を覗いてみたが何もなく、気のせいかと本に向かった所、膝頭がさわりとした。これが一度ならずさわさわと幾度も繰り返され、一旦は恐怖に背筋が凍った。だが、しばらくしてそれが大層気持ち良くなり、うっとりと夢心地にすらなった。愛撫――と言う他ない――が急に止んだ時には、いささか気落ちしてしまったほどだ。

 惜しみながら脚を伸ばすと、今度は弾力のあるものが脛に当たり、多少強めに二度三度叩かれる。全く痛くは無かったが、その調子が何かを促している様だ。ふと目を落とした本とノートに、ああそうかと合点がいってペンを握ると、膝頭がまたさわりとした。

 以来勉強に一息つくたび、膝や脚への愛撫が励ましのようにあって、それに力を得たのだろう、今回のテストはかなりの手ごたえだったと思う。


 眉唾ものながら恐怖よりも羨望を覚え、そんなこたつなら是非あたってみたいと言った私に、Iは少し考えた末あっさり首肯した。

 古アパートへの路地を並んで歩いていると、にわかに周囲がざわめいて、先の方から火事だ火事だと声が上がった。電線が何本も重なる向こうに、もくもくとした黒煙が見える。あ、と小さく声を上げたIが駆け出し、私もその後を追った。

 火元はIのアパートで、全焼だった。

 原因は漏電らしい。

 春休みに入り、Iは友人宅を泊まり歩きながらアルバイトに精を出した。甲斐あって借金をしつつも新学期には安アパートを借りられ、ぼつぼつ家具が必要になった。

 そこで再び大学裏の粗大ゴミ置き場に行ったところ、目を見張った。なんと例のこたつがあるではないか。いや、燃えたこたつであるはずないが、覚えのある傷が脚にある。しばし目を据えたままのIに、拾わないのかいと訊くと首を振りながら呟いた。

――怪異に頼る余裕は、貧乏学生にはないんだ。この先確実に歩いていくためには。


 Iは官僚となり、かなりの出世をしたそうだ。



(了)

 

気づけば、この三作ばかりネタがかぶったものが続きました……

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