翡翠
「あそこに見えるのは、なに?」
都会じゃ絶対見ることのないような澄んだ水の流れる小川
記憶の中のその子は僕に言った
深緑色のそれは川底の小石と小石の間にあって
日の光を浴びて乱反射する水の輝きの隙間から、時折顔を覗かせるのだ
ただ、僕が見ていたのはその川底の何かではなくて
水紋に映った透きとおる笑顔
「もう絶対に会わないって、約束したんじゃないの?」
そう言われてしまえば頭を下げるしかないのだけれど
『いつだってそばにある』というのは決して普遍ではないと、何故その瞬間まで気付かなかったのだろう
まるで唯一無二の輝きを放っていたように感じたのは過去のことで
あの日、永遠の愛を誓い合ったその人は
その日から毎日ちょっとずつ色を失っていった
「少し距離を置いてみませんか?」
それが言葉通りの意味ではないことくらいわかる
刺激的だったその関係は
「かもしれない」と思う不安と混ざって初めてできていた、蜜のような毒でしかない
何の障害もなくなってしまった時から
ただ、水のように平たい皿からぼたぼたとこぼれ落ちていくのだ
あの日見た澄んだ小川の水も、深緑色の輝きも
今、この手の中には残っていない
一度は掴んだはずだったけれど
それはずっとあの日のままではないのだから
僕は少年の頃を思い出す
瞼を閉じれば断片的に浮かぶ記憶、翡翠の色
それは再生をもたらす不思議な力
でも、僕があの日に戻ることだけはできない