第9話 その、にっ!
「あたしは育児分担の頭数に入れるんじゃないよ」
「僕はお前たちの育児にも関わってないんだよなぁ。アガレッタんが完璧に育児をこなしてくれたもんでさぁ」
家族のうち二人が――戦力外となるとは想像通りの展開。期待していない分、がっかりすることもありません。
「姉上は冬眠がありますし。父上は……お好きになさってくださいとしか言えませんね」
「旦那様。そういう物言いは気分を害されてしまいますわ」
ピトップ殿が私の手の甲に手を添え、指先を絡ませて握る。柔らかい手に「親相手に嘘は吐けませんよ」と握り返した。
「しかし。ここで暮らす以上は、育児に加担して頂きます」
「え?」
父上が戸惑った苦笑を浮かべる。
そして、行儀よく椅子に座り直し「はじめての育児、やってみっかなァ!」と満面の笑顔で私を見る。父上のやる気に、我輩も先手を打つことにした。
「すべて魔法ではなく、手作業でするのですよ」
「……なんで? え、ぇえ? 世の母親たちが憧れる手抜き可能な魔法を使えるってのにぃ、ぇえエ?」
困惑する父上の質問攻めに耳を指先で掻いた。
言ってることはもっともである。あるものを使わないことは、勿体ないのであろうが。
「世の母親たちと同じように育児をするのです」
「それでしたら私も協力が出来ますわ」
ピトップ殿と私のやり取りを、父上が信じられないものを見るように目を細める。
「魔法は尊き能力であって、神からのギフトなんだが? それを無碍にするとかさぁ」
「魔法は偉大であれど、万能ではありません。担い手次第。決して、私は無碍になどしていませんよ」
面と面を合わせて持論を言う。
私の思惑を父上自身が汲み取ってくれるか、どうかである。
「ああ。神とは烏滸がましいか」
「そうですよ。子どもの成長ではなく、魔法は育児以外で使うものではないでしょうか」
大きなため息を父上も漏らした。
「病とか、危機に瀕した場合のみ魔法は使用してもいいんだな?」
「ええ。それは当然でしょうな」
ぱん、と膝を父上は叩くと椅子から降り立った。
「わかった! 長男のお前に従おうじゃないのさ!」
「その方が助かりますな。では、お座りください」
椅子を指差すと、無言で座り直して両腕を組んだ。
「父上は育児で、何なら出来そうですかな」
「ぅん~~そうだなー寝かしつけくらいか?」
「では、寝かしつけ担当をしていただきましょうか」
私の提案に分かった、と言い頷いた。
役割の振り当てに、横にいたピトップ殿が肩を布を引っ張る。
「私はどんなことも出来るように【英才教育】を受けています、なんなりと――」
「いえ、貴女は治療したとはいえひどい有様でしたし、少しの間は療養に専念し。何もなさらずにいてくださたい」
ピトップ殿が両手で顔を覆い顔を膝にまで折り曲げてしまう。一体、どうしてなのか分からない。
「言葉が足りないんだよ。愚弟は!」
「え?」
姉上が尾をにゅるんと動かしピトップ殿の横に立ち、優しく背中に手を添えて声を掛けた。
「ピトップ。あんたが人間たちにされた仕打ちをあいつなりに心配しているんだよ。だから、今はゆっくりしろっていってんの。わかるよね? ほら、あたしの部屋においで。女同士で話をしようじゃないか」
「……はぃ」
顔を俯かせたピトップ殿の背中を、姉上が手で押して部屋に向かうのを見送る。中に入ったことを確認し宙を仰いで、はぁ、とため息を吐いた。
「どういう心境なんだよ?」
「心境? どういう意味ですかな?」
「やけに気にかけるなって思ってよ。あのお嬢ちゃんが元・婚約者だからなのか?」
のそりと横に父上が腰を掛けた。
父上が座っていた木製の椅子が、文句いうかのようにかたかた! と左右に揺れてどこかに帰って行く。
「今は何も想ってなんかいませんよ。ココアちゃんのことが一番ですからね」
「真面目かっ!」
よく分からない突っ込みに言い返す気力はない。
「ピトップ殿の部屋、あとはココアちゃんの食事、沐浴、教育。担当を決めなければなぁ」
考え事を口に出してしまっていると、父上が改めて我輩に聞いて来た。
「僕は地上のボロ屋で寝起きをさせてもらうからな。だから、ここちゃんは僕と地上で寝起きしてもいいんだよな?」
「いや。ダメでしょう」
地上で寝起きすると言い切った父上に、流石に言い返した。
父上のことであるから防御魔法陣を張るとは思うが。それでも、地上での寝起きは止めて欲しいと思うのは当然でありましょう。
「じゃあ、僕は添い寝以外。洗濯と食事、買い出しの担当でいいか?」
「そうしましょう」
時間を確認する。すると、もう寝る時間だ。
食事することをうっかり忘れる程に、白熱をしてしまったいたようだ。
「もうこんな時間でしたか」
「飯は食ったのか? 食ってないよな?」
「はい。食べ損ねましたな」
今日一日、まさかな展開。ピトップ殿が落っこちて来て、父上に治療を依頼して着て貰い、子どもにしたはずのココアちゃんが我輩の腹違いの妹だと父上から知らされるとは、想像を超えた展開である。
こんな濃厚な日があっていいであろうか。
「そんじゃ、ジジイの手料理を振舞おう! 魔法を使ってなっ!」
「ええ。疲れたのでお願いし、ま……す――ぅ……」
家族だから気を張る必要がないから眠いのだな。
寝落ちする前に父上にもたれ落ちてしまう。
小さな胸元が大きくなっていく様子が、閉じていく瞼から見える。
父上の低い優しい声が「すぐ、作るからな」と聞こえたが、そのまま寝入るのであった。




