第7話 寝言は止してください!
「私は継母様に疎まれていて、妹を第一王女にしたいと思われていたのを知っていました。魔法使いペラドという相手を私から奪われる前に、……婚約破棄をしたのです。決して、嫌いだからということではないです。今も、私には彼だけですもの」
ピトップ殿が誰かに心境を語っているということが分かった。覚醒の途中から聞こえた言葉に「え?」と短く声が洩れてしまう。
「ああ。旦那様、目が醒めましたか」
「旦那様って」
「うふふふ」
意地悪な笑みを浮かべるピトップ殿に「ピトップちゃん、息子にゃあもったいないなぁ~~!」と喜々と言う父上が宙に浮いているのを、私の目が捕らえた。
「このっ」
「旦那様」
起き上がろうとしたが肩を、ピトップ殿が優しく手のひらで押さえた。私の顔をピトップ殿が覗き込んだ。
「ピトップ殿」
はて、どういう状況なのでしょうか。頭がふかふかだ。
「ココア様の乳母として雇って頂けるのですから、雇用上、旦那様とお呼びしないといけないのですよ」
「いいえ。昔のように、ペラドとお呼びください。私は貴女を……ピトップ殿とお呼びしますから」
「いいえ! 私は雇って頂く側っ、絶対にっ、譲れませんわ!」
頑な言葉に「それでは、もうお好きなように」と上半身を起こした。そして、ソファーに座ったところで気がついたのだ。
「私の頭は重くありませんでしたか。お膝は大丈夫ですかな」
「旦那様。大丈夫ですわ」
ピトップ殿が膝枕をして下さっていたから、悪夢も見ずに熟睡が出来たはずである。
「起きたんなら子どもを見な」
「それはそうですね」
不機嫌な姉上が私の膝の上に心愛ちゃんを置く。手を添えようとした我輩から、しゅっ、と横からピトップ殿が持ち去り胸に抱えていた。
「旦那様。ココア様は乳母である私がみますわ」
「いえ。私の手も空いていますから、大丈夫ですよ」
腕を伸ばすがピトップ殿は逆方向にココアちゃんを反らし上げる。私たちは何度とコントのように繰り返す。
見ていた姉上が呆れた表情を口許で見せ、ある重要な質問を父上にしたのである。
「ジジイ。可愛い姪っ子が、どの竜の種属か、あんたなら分かるんじゃないの?」
「おっと! 鋭いねぇ~~ペペラんったらぁ~~千P獲得!」
一体、何のPなのかが全く分からないのだが、父上は喜々と姉上に言っている。しかし、父上が【鋭い】という一言に引っ掛かったのである。
「父上。ご存知なのですね」
「当然さ」
父上が宙からゆっくり下りて来る。すると音を鳴らし、木製で背もたれのある椅子がどこからか走って来て、父上も背もたれに身体を預けて座った。
「ジジイ! とっとと言えよっ」
じらす言い方をする父上に、姉上も声を荒げた。
しかし、怒鳴られている父上はのらりくらりと「どうしようかなぁ」と張りついた笑みで姉上を見る。
「まさかとは思いますが、……竜の女王と寝ましたか?」
堪らず父上に上擦った口調で、想像したくもないことを聞いてしまったのである。
「ペラドん。モテる男はいい女の誘いを断れないからっさぁー~~♡」
父上の能天気な声に血の気が引く。
ここまで女遊びがヒドイとは思いもしなかったが「ココアちゃんは……」と言い淀む心情を無視して、父上が悪びれる様子もなく言いきった。
「ああ! お前たちの妹だっ♡」
たまたま城の庭に、理由も分からずに転がっていた竜の卵。
たまたま厨房の彼女から受け取り、姉上と家で孵化し、女の赤ん坊が生まれたのだ。
「偶然だったの、でしょうか……?」
疑問が頭の中が埋め尽くされる。
ソファーに背中をもたれ、私は宙を仰いで見上げた。
「……浮気じゃなかったのですね♡」
小さく声を弾ませたピトップ殿がソファーから立ち上がり、ココアちゃんを愛おしそうに抱き締めて、にこやかにくるんと回る仕草をする。
「こっちゃんがあたしたちの妹だなんて、嘘でしょう。信じられないんだけど」
「女王イグナは卵の中が死んだから、卵が小さいのだと思い捨てたに違いない。なんなら魔法で過去でも観るか?」
「いいえ。そこまでは結構です」
どうして卵を捨てたかなど理解し難い。事情など、どうでもいいのだ。
彼女の卵は我輩の手元に来たのだから。
「我輩は妹を溺愛しましょう」
育児の決意に立ち上がり、私はピトップ殿からココアちゃんを受け取り可愛い顔を見た。あのとき私と出会わなければ、この命はどうなっていただろうか。
「イグナの奴に返した方がいいんじゃねぇのか?」
「どうしてですか」
「一つの群れに女王は一体しか生まれないんだ。お前なら、この意味が分かるだろう?」
身勝手に間引きされ捨ててしまった卵が、女王だったと気づくのだろうか。居場所の探知が出来たとして――……。
「寝言はよしてください」
「寝言も何も本気だ。気づかれて群れで奪還に来たらどうすんだよ、お前」
「貴方がいるでしょう。下半身でねじ伏せてでも、ココアちゃんの居場所を守っていただきます」
決意が固まる。ココアちゃんは父上の子どもであり、我輩たちの妹である。
「私は全力で家族を守ります」
「しょうがねぇなぁ~~! じゃあ、僕も一緒に暮らして協力してやるよ♡」
竜に関する情報の共用を条件に、父上も暮らすことになった。




