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第5話 訳あり乳母が来た!

 さらに数日と経ち、落ち葉を魔法で集め、中に芋を入れて火を点けたとき。


 

「ん? ああ、雪が」

 


 いよいよ、雪がちらついて来た。


 

「おい。乳母の広告チラシ出したって言ってたのに、全っっっっ然、来る気配もないんですけど? あたし、冬っっっっ眠するんですけどっ!」


「誰も来なければ、保険として母上や父上にも事情を伝えておきますよ。そうすれば一人で在ったとしても、なんとかなりそうです」

 


 気霜(きじも)が私たちの口からもくもくと溢れ出る。

 肌にあたる空気が痛く冷たいのだ。


 ココアちゃんにとって、産まれて初めての冬である。

 


「あーう~~」

 

 

 抱っこ紐で胸元にいるココアちゃんが、雪に歓喜の声を上げていた。視界の外で揺れる仕種に、掴もうとしているのだと分かる。

 


「ココアちゃん、雪は掴めませんよ」

 

「だぅ~~」

 


 焼き芋もあと少しといったときだ。

 宙から何かが真っ逆さまに、どた! と落ちて来た。目が捕らえた思いがけない者に声が出てしまう。


 

「ピトップ殿っ!?」


 

 視界に映し出されたのが、最後に見たときの華麗で美しい王女の容姿とは真逆の薄汚れた罪人の出で立ち服装をした――元婚約者の姿。

 


「……は? ぴと、……ぴとっ?」

 


 宙から落下して来たピトップ殿の名前を口に出したことで、姉上が驚きの表情を浮かべて、二度三度と彼女を見入っていた。

 


「おいおい。ペラドぉ~~このこ汚い女があんたの【ピトップ殿】なのかい?」

 


 姉上の冷やかしの声に、心がざわっとなり思わず大きな声を出てしまったのだ。


 

「うるさいっ!」

 


 私は抱っこ紐を解いて姉上に強く押しつける格好で手渡した。

 

 突然のことで姉上も唖然と受け取ってくれたことで、急いで彼女の傍に急いだ。


 彼女は地面にくたりと倒れたままである。

 動く気配もないことに「ピトップ殿っ」と何度も話しかけた。

 


「んンん……っつ!」

 


 ピトップ殿は、がば! と勢いよく地面に両手をつけ、上半身を持ち上げ顔を左右に何かを確認している。


 怯えて眉間にしわを寄せる様子から何かに追われていたか、はたまた襲われていたかのいずれかなのだろうと、口を閉ざした。

 


「ピトップ殿、ご安心ください」

 

「ぺら、ど?」

 

「この山は大丈夫ですよ」

 


 彼女の前に跪いて顔を見合わせて伝えた。

 この状況は婚約破棄された、あの日と同じ光景だ。


 ピトップ殿に心が弾まない(痛まない)のはいいことである。

 


「酷い有様ですね」


 

 彼女の身体の箇所を目で確認をしていく。

 打撲痕と打ち身の多さに歯を噛み締めてしまう。

 


「ぁ、の。オンな、だれ!」

 


 ピトップ殿が小刻みに揺れる細腕が持ち上がり、ぴん! と指先が差されたのは姉上である。

 

 

「あの人は――」


 

 答えようとすると、ひゅ! と勢いよく姉上の尻尾が飛んできたもので、慌ててピトップ殿を抱えて箒を出して浮き上がる。私は地上の姉上を見下ろす恰好となった。

 


「どうして毎回、攻撃をするんですかっ!」

 

「人間なんかお呼びじゃないっ。早く山から下ろすんだっ!」

 

「尻尾の攻撃の乱用は止してくださいっ」

 


 喧々諤々と言い合う私たちの間に挟まれるピトップ殿は、胸元をきゅう、と握り締めた。小刻みに身体も震えている。

 


「あの方は、姉上ペペラです」

 

「お、ねぇさま。なのね、……そぅ」

 

「そして、腕に抱えているのが私の子どもで、竜の娘ココアちゃんです」

 


 愛娘を紹介をし終えると、ずい! っとどこからか、よれよれの紙が差し出された。


 なんだろうかと紙を受け取って開けば――ピトップ殿が持っていた紙は、私が出した乳母募集の広告チラシであった。

 


「おい! ペラド!」


「姉上! 乳母が来ましたよっ!」

 


 間もなく訪れる冬と冬眠近い姉上の時期である。

 今後、乳母など来る見込みがない以上は、即採用だ!

 


「はぁああ???」

 


 山中の轟く姉上の雄叫びを無視し箒を地上に下ろした。彼女をお姫様抱っこをしたまま、私は家の中に進んで行く。後ろから「ペラド! おい、馬鹿っ」と姉上も戻って来た。

 


「空から落っこち来た女を、あたしの可愛い姪っ子の乳母にするだって!? ふざけるんじゃないっ、それなら冬眠なんかするもんか!」


「冬眠はなさってくださいね」

 


 狭い廊下に姉上の激昂の声が響き渡る。鼓膜もキンキン、と痛いのだが、今はそれどころじゃないのだ。


 

「容姿もボロボロなヤバい女を、この家に置くことは許可しないよっ!」


「姉上。このお方にはあらゆる教養がありますから、何の心配も要りませんよ。このお方以外に適任者などいないのですよ」


 

 姉上を鼻先で一蹴するように言葉を吐き捨てた。

 

 リビングの中に入り、ピトップ殿をソファーの上に置いた。見える範囲で身体の確認をする。あまりに酷い状態であることから推測は一つ。確認をしなければならない。

 


「お聞きしたいことが、三つほどあります。お応えを願いますかな?」

 

「ああ」

 

「一国の第一王女の貴女は、何か罪を犯して投獄をされていたのですか?」


 

 ピトップ殿がかさかさの白い唇を噛み締めて、顔を縦に振った。

 


「貴女を逃がした方が、この広告チラシを貴女にお渡しして、ここに飛ばされたのですね?」

 


 こくりと言葉なく頷く。

 


「では、最後に。子どもはお好きですかな?」


「っす、すすす、スキですわっ!」

 

 

 頬を紅潮させ真っ直ぐに見つめる瞳に、以前のようなギラつき、我輩を軽蔑した眼差しはない。裏表のない正直な感情を話されている。


 

「分かりました。乳母として採用させて頂きましょう」


「き、聞かないのです、か? どうし――」

 


 私は唇に指先を置いた。

 それ以上、何も語ることなど必要ない。

 


「貴女の治療が先ですので」


「ペラド! 乳母ならあたしが用意する! こんなっ」

 

 

 癇癪声を上げる姉上の腕からココアちゃんを引き抜き抱き締めた。すぅと髪の毛の匂いを嗅いで心を落ち着かせる。

 


「今より、父上をお呼びします」

 

「はぁアああ?」


 

 大賢者であり大魔法使いの父上(カズマ)はチートな我輩よりもハイスペックだ。彼女の傷を癒すことが可能なのは――彼だけだ。


 思い立てばすぐに実行である。

 

 

「連絡しますので、姉上、……お相手をよろしくお願いしますね」

 

「っちょ!」

 


 姉上がピトップ殿の方に顔を向ける。

 


「はじめま、して」


「何をしたんだっ。弟は聞かないがあたしは聞かせてもらうよ!」

 


 どかり、とピトップ殿の前でとぐろを巻き、両腕を組んで聞く声が、私の耳にも聞こえる。

 

 

「私が、弟さんと婚約破棄……して、彼は国の結界を解いたことで魔物に襲われるようになり、その原因は私が招いたと、父は病に伏せたあと……死に、継母の王妃は厄介払いして、……私を投獄したのです」


「元・婚約者の王女様ぁあああ!?」

 


 姉上が素っ頓狂な声を上げ、私とピトップ殿を交互に顔を向ける。

 

 父上がまだ出ない内に「その話しは後にして、ゆっくり休ませて差し上げて下さいよ」と姉上に告げたと同時に――相手が出た。

 


 ――《よぉう。久しぶりじゃん? ペラドんちゃん♡》

 


 婚約破棄後。まさか数年ぶりに家族と再び暮らしたり、こうして話すきっかけになるとは、人生とは日々、驚きの連続である。

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