第4話 冬眠するんだよ!
「っふぁアあああ!」
自室を暗くして、一部灯りをつけて本を読んでいると、ベビーベッドの上に寝かせていた心愛ちゃんが目を醒まして泣いた。
「おや。暗くしていたのですが、起きましたか」
指先をパッチンと鳴らす。すると自室に淡い灯りが一斉に点灯した。椅子に根づいてしまった腰を持ち上げて、ココアちゃんのベビーベッドに私も向かう。
「ぁアアぁああ!」
「はいはい。どうされましたかな」
ビリビリと、空気を震撼させて大声で泣く様子に「これでは姉上も起きかねないな」と防音魔法陣を張った。
ココアちゃんの傍にいけば悪臭がする。ぺりぺりとテープオムツを脱がせば、未消化便に似た軟便がこんもりとあった。
「おや。沢山出てお尻が気持ち悪かったのですな。処理しましょう」
鼻歌交じりに済ませて、汚物を魔法で燃やす。それくらいは魔法で行ってもいいことにしよう。
よし、と済んでも泣き止まないココアちゃんに「ミルクを作りましょう」と次の作業に取り掛かった。
と、一連の動作を朝方まで四ターン、繰り返すことになるとは。
「一睡も出来なかったな」
魔法が万能であれば、と少し安直にも思ったが顔を左右に振った。
手塩にかけるという、世の母親たち同様の教育方針を望んだのは私だ。
椅子の上に腰かけて天井を見惚け、大欠伸を長く吐いてしまう。もう息ではなく、魂が出ている感覚だ。
「ふぁあぁ~~まぁ。忙しくて飲食無し睡眠無しの城生活に戻ったと思えばいいかもしれないな、……国に張っていた全ての魔法陣を帰り際、解いてしまったが大丈夫であろうか。大人げないことをしてしまったな」
「何? あんたを追放した城の連中なんかを心配してんの?」
険しい表情の姉上が部屋に乗り込んできたことに驚いた。それくらい惚けていたのかもしれない。どうも私のボヤきが聞こえてしまったようだ。
「姉上、ノックもなしにいきなりですね」
「ノックはしたぞ! あんたが部屋になんか張ったんじゃないの? 全くっ! ほら、あんたはとっとと寝なさいっ!」
土の中だから日も差さず、時間も分かりづらいが、姉上の体内時計は一切の狂いもないから朝だと分かる。
「いえ。ご心配されずとも、城にいたときなど睡眠時間は一日平均十分程度でしたから。慣れておりますよ!」
「馬鹿なの!?」
「っば、馬鹿とはなんですか、馬鹿とはっ」
私と姉上は、ギギギと睨み合う。ふぅと姉上が私に紙を差し出す。紙を受け取り聞こうとしたが、それより先に怒り口調で指示を受けた。
「やり方を紙に書いて、寝なさい!」
「いや、でも、……分かりました」
ペンを出し、宙で紙につらつらとミルクの作り方、テープオムツと排せつ物の拭き取り方を書いて手渡した。
何か、頭がくらくらする。瞼も重くて閉じそうだ。
久しぶりの家だからなのか。それとも気圧、季節の変わり目が関係しているのかもしれない。身体が重いと思うのは何時ぶりだろう。
「全く! 世話のかかる子どもが二人になった!」
「わたしは、こどもなどで、は……」
身体が宙に浮いた。姉上の尻尾に持ち上げられたからである。
そのままベッドの上に置かれたところで――私の視界も暗転してしまう。
◆
「ん?」
ずしりと、胸のあたりに何かが乗せられた。
「?」
覚醒した視界に大きく映し出されるのは――ココアちゃん。
「ふむ。子どもは可愛いですな」
「親馬鹿も、そろそろ起きなね」
「我輩は、どれくらい寝てました?」
ココアちゃんの身体を手で覆い、ベッドから上半身を持ち上げた。身体もだが、頭もすっきりしている。
「五時間くらいさ」
「そうですか、ありがとうございました」
「ピトップ殿ってうなされちゃって、笑っちゃったんだけど? 誰? ねぇ、誰なのさ♡」
昨日の今日では、やはり癒えなかったのか。
愛想も尽きたと思っていたのだが。未練もないはずが、口走ってしまったのか。なんとも恥ずかしい。姉上に聞かれてしまうとは不覚だ。
「秘密です」
「生意気だな」
「なんとでも」
ココアちゃんの赤い瞳に私が映し出されている。
光の加減で色も変わるのが、また面白い。
「ミルクは飲ませてゲップさせた。オムツ交換もしたからな」
「姉上、ご協力感謝いたします」
「家族だからな」
久しぶりの姉上は、とても優しく丸くなられた印象だ。失恋がそうさせたのか、それとも年齢から丸くなられたのかは分からないが、肩透かしに遭った気分でもある。
しかし、居心地がよくなった分、育児はし易いだろう。
「いくら迷惑かけられたっていいさ」
「では、これからも迷惑を沢山お――」
「ふざけんなっ」
帰れる家があって、本当によかった。
姉上は小さい子嫌いだったはずが、私と変わり替わり、育児を担ってくれたことに驚きは隠せない。
可愛い姪っ子と割り切って切れているのかもしれないが、愚痴も言わなければ匙も投げ出さないでやってくれたのだ。
姉上の家に居候をし始めて半月が経った頃には、すっかりとココアちゃんにデレてくれた。
私たちが沐浴中。いきなり勢いよく扉を開けて、買い物袋を両腕いっぱいなことを見せつけられたことには呆れはしましたな。
「たっだいまぁ! っこっこあちゅぁああぁンんん♡」
「おや。今、お帰りでしたか。街に泊まって来られるのかと思いましたよ」
姉上は冬眠前に、翻訳の仕事関係先に挨拶周りで人街へ行かれた。そんな姉上が夜になって、突然、ほろ酔いで帰って来た。
「泊まってこないでっすぅう~~っぶぅうー~~!」
「酔っ払っておりますな」
「酔ってまっすよぉお~~仕事おさめでしゅからめぇええェ~~」
お酒に強くないということを初めて知りましたな。
「冬眠はいつからされるのですかな?」
「いっつでもすゆぅう~~きょうでもっ、あしたからでもっ! あははは!」
「そうですか」
城に常駐していたときから酔っ払いという生き物を見て来たが、最終的な結論は真面目に相手をしても無駄だということを学ばされましたな。
「そういえば、乳母募集の広告チラシを出してみましたぞ」
「こうこく、ちらしぃ?」
「はい。ただ仕掛けをしまして、特定の人物に向けてみました」
私の説明に買い物袋も脱衣室に放り投げ、大きな湯舟に着衣を脱ぎ捨て、ざっぶん! と浸かる。さらに姉上のせいで、張っていたお湯が大津波となった。
ココアちゃんを慌てて上に持ち上げ、流石に姉上に抗議する。
「姉上っ」
すると姉上も「特定の相手ってのは? どーゆーことなのさ」と低い口調で問い掛けた。
「いい人が来られるのを待ちましょう」
「……ン、っご!」
「は? あね、ぅえ????」
寝てしまい、ぶくぶくぶくと姉上の身体が湯舟の底に沈んでいってしまう。
両手が塞がっている為、魔法を使って浮かべた。
「やれやれ。どちらが子どもですかな」




