第20話 どこにも行かないで!
二件目は酒場で大いに盛り上がった。
「もっと、お互い話し合うべきでしたね」
「いせかいてんせぇとかふっざけんじゃねぇってのぉう! きょりをおいてたぼくがぶぁかみたいだったじゃんかぁ~~」
「ははは。貴方が馬鹿など、みんなが知っておりますよ」
容赦ない言葉に流石の父上も言い返そうとしたのか、前に立って口を開けたが、すぐに下を向いて嘔吐する。
「馬鹿みたいに飲むからですよ。全く、治癒魔法を――」
杖を出し介抱をしようとしたが、父上が顔を上げ手のひらを私に向けた。
「いい気持ちを台無しにするんじゃねぇよっ♡」
袖口で唇を拭って、白い歯を見せて笑みを浮かべる。
「吐いておいて、いい気持ちも何もないでしょうに」
「口ばっか達者になりやがって! ぁあ~~ペラドんンん、あとよろしこ~~おやしゅみぃい~~」
へらっと父上は地面に崩れ落ちてイビキをかいて寝てしまう。父上を見下ろし、魔法の絨毯を杖で出し上に乗せた。
「さて、帰りますかな」
途中、屋台が目に入り土産を買って旅館へと急いだ。
◆
夜が更けていたこともあって、部屋の扉を魔法で開けた。
父上を乗せた絨毯を室内に入れ扉を閉める。中に進むと明かりが灯っていた。
「心愛ちゃんが起きたのか?」
小走りに向かえば「あら、旦那様。遅いお帰りでしたわね」とピトップ殿が微笑んだ。しかし、目が笑っていない。
腕に抱かれているココアちゃんは、寝息を立てている。
「ピトップ殿」
母上とは違う貫禄にたじろいで言い淀むことは仕方がないだろう。
ごくり。生唾を飲み込めば「誰かと愉しまれていたのでしょうか?」と重い言葉で聞き返された。
「女でも買われていたのかしら?」
「買いませんよっ! 何を言われますかっ!」
突然の言葉に酔いも一気に醒めてしまう。
強い否定にも全く動じず、ピトップ殿も言葉を続けていく。
「では、おかけになってお話しをしてくださらないかしら? ココア様が夜泣きされてから、ずっと起きて、旦那様の帰りを待っていましたのよ」
「すいません、ありがとうございます。こちら屋台で売ってい――」
手渡そうとするが「おかけになってお話ししませんか?」とさらに強い口調で言われ、本能がピトップ殿の言葉に従い椅子に腰かけてしまう。
「……すいません。父上を絨毯に寝かせたままなので、ベッドに運んでもいいでしょうか」
「便利な魔法で出来るでしょう」
「分かりました」
浮いたままの絨毯を杖で動かして、ベッドの上に乗せ毛布をかけた。
「父上をベッドの上に寝かせましたよ」
「よく出来ましたね、褒めてあげますよ」
目がにこりと笑みを浮かべて安堵の息を吐いた。
すう。覚悟を決め息を吸い込む。
そして、ピトップ殿を見つめた。
「一寸、我輩と2人きりでお話しをしませんかな?」
「……でも、ココア様が」
「ふぁああァあ~~変わるよ。あたしが見るよ」
寝室から姉上が大欠伸をして、のそりと出て来た。言い合いで目が覚めてしまったのだろう。
ピトップ殿の横に立ちココアちゃんを腕に抱きかかえる。
「お義姉様、申し訳ありません。ありがとうございます」
「いいさ。あたしにとっても、この子は妹だからな。ふぁあァあ~~」
寝室に戻って行く姉上の背中を見送る。
寝室の扉が閉まり、先に聞いたのはピトップ殿だ。
「それで? どこで2人きりになりますの?」
「どこにしましょうか」
「それなら。いい場所がありましてよ!」
指先を合わせて目を細めるピトップ殿に連れて行かれた先は、室外の露天風呂であった。
「ここでなくてもいいのではないでしょうか」
「みなさまも寝ていますし、近場で2人きりになれるもってこいの場所ではありませんか」
横にいるピトップ殿の身体にはタオルが巻かれている。出ている肩がほのかに赤く、腕にくっつけられていた。ココアちゃんのように柔らかい肌である。
「逆上せない様にしませんとな」
ピトップ殿は離れ、目の前にある段差へ腰を下ろし半身浴になった。
「では、ペラド。お話しをしてくださるかしら?」
「はい。実は母親のアガレッタから連絡が来まして、父上と一緒に茶屋で会っていたのです。母上には連れがいまして、その相手こそ竜の女王、ココアちゃんの母親イグナでした」
ピトップ殿が押し黙り見つめている。
言いたいことを終えるまで、口を出さないようにされているのだろう。
「ココアちゃんを返せと言われました。拒絶をしましたところ、母上に叱られました。そして母上共々、一緒に育児をするという流れになった次第です。ここまでで、何か分からないことはありますかな?」
「ココア様の卵を棄てた奴なんかと一緒に暮らす、ですって?」
「はい。捨てたというのではなく落としてしまった、というのが正しいようです」
ピトップ殿の言葉を訂正する。
しかし、ピトップ殿の顔は怒りに満ちていた。
「ココアちゃんの兄弟は死産、または発育の途中で亡くなってしまったようです」
赤かった表情から、色が失せて低い口調で状況を確認した。
「兄弟、全員がですか?」
「はい」
「死んだのですか」
ピトップ殿が手で顔を覆い隠した。
「ですので。一緒に暮らそうと思っています。貴女が嫌というのであれば、私たちは他の別荘に引っ越しを――」
ばしゃ! ピトップ殿が湯の中を歩き前に立つと口を大きく開けた。
「子どもが生きていることを知って、迎えに来ない母親なんていないでしょう!」
険しい顔で睨みつけ、頬を涙で濡らしている。
返答に困っていると、さらにピトップ殿が声を荒げて言う。
「どうしてっ、子どもの親と一緒に暮らすことを、私が嫌だと思うのですか! 憶測で物事を勝手に決めつけて、動こうとする真似はお止めなさいっ!」
こっぴどく言われてしまった。ただ「すいません」と頷くことしか出来ない。
狼狽えていると胸元にピトップ殿が抱き着いて来た。
「私はっ、二度と貴方から離れたくない! だというのに貴方は! ペラドの馬鹿!」
「ピトップ殿」
「どこにも行かないでっ!」
私を抱き締めるこの女性は、元婚約者で婚約破棄を言い放った人物である。
地位も何もかも失い、今では我が家の【乳母】だ。
「ピトップ殿、……まだ、貴女に伝えねばならない話があります」
昔よりも数倍、美しいと思うのは露天風呂効果なのでしょうか。




