第2話 まじでヤバい奴じゃんか!
移動魔法陣から箒で抜けて、降り立ったのは巨大な岩の前。
蛇女ペペラは人里離れた山奥、地面の穴蔵の中で生活をしている。母上の別荘の一つだ。
私もゼブ王に招かれるまで一緒に暮らしていた。
「それにしても、……穴蔵ですな」
穴蔵には全く光は射さない。
周辺の暗さと空気の寒さを思い出して、私の口から重いため息が漏れてしまう。
(蛇であれば快適空間なのだろうが)
私は異世界転生前も人間。だからなのか、どうにも母や姉とは生活全般が合わないのだ。
異世界常識や食文化などがどうしても馴染めない。だから、人間世界に憧れた。一国一城の主、ゼフ王から呼ばれたときは有頂天を起こした。
二度と穴蔵生活には戻らないと息巻いたというのに――結果、根無し草である。
「ここは、もう、……衣食住のためだと考えるしかあるまい!」
後ろには、木材で出来ている朽ち果てている父上のボロ家。辺りには大きな神木が数多く生えていた。
「久しぶりに帰ったのだ。何事かありましたかな」
神木が大きく揺れ動き声を荒げ始めた。
『ペペラちゃんが失恋したんだ! 家族だろうっ、傍に行って差し上げろ!』
「ふむ。姉上が失恋ですか」
『毎日、泣いている! 心配だっ!』
「ははは! 毎日、失恋されていたお方だ。心配な――」
私の頭上にがつんがっつん! と木の実が落ちて来た。
「った、っちょ! っわ、分かった! いたぃ! 止すのだっ!」
攻撃をようやく止め落ち着いたらしい神木たちに「私も失恋したばかりでね、慰めてはくれるかな?」と聞いたが、情け容赦なく辛辣だ。
『だっさぁあ! うっわぁアア! 伝達しなきゃなぁ!』
「おい。ちょ」
『お前なんかがモテるかぁ! 自惚れ屋が! きゃはは!』
「ひどくない? ねぇ、ちょっと、もう少しくらいさぁ」
辺りに響く神木たちの嘲笑に地面を蹴飛ばし、地面の扉を開けて中の階段を下って行く。
暗くじめっとした空気がなつかしく思えるとは思いもしなかったのだ。
魔法で光りを照らし階段を下りて行けば、小さな子供しか入れない左壁の下に横穴がある。さらに、手前には顔が掘られた岩の壁があって、昔のままで懐かしい。
「壁の横穴は、もう少し大きく削らねばなぁ」
私は身体を縮めて横穴の中に入れば、ピトップ殿の部屋の比ではない広さが目の前に広がる。
父親が好きだった家具やインテリアも現役で置かれている。
懐かしい余韻に浸るより先に、姉上の泣き声が奥から聞こえた。
(本当に失恋をされたのだな)
身体を元の大きさに戻した。私は声が聞こえる方にゆっくりと歩いて、どんな言葉をかえればいいのかと悩んだ。
姉上とは五年間、一度も顔を出しをしていない。ゼフ王に招かれ出て行ったきりである。
理由はある。私は勇者たちに同行しており魔族との闘いで、帰るどころではなかったのだ。決して帰りたくなかった訳ではないのである。
まぁ、魔王を倒したことで、そろそろ帰るかなと頭の隅で思っていた矢先での、婚約破棄と王国追放の憂き目だ。
どの面下げてと罵られるのを覚悟で、私は大きく息を吸い込んで姉上に声を掛けた。
「姉上! 可愛い弟が戻りましたぞっ!」
「ペラドぁ! おかえっりぃい!」
その瞬間、ばっしぃいいん! と姉上の下肢である尻尾に吹っ飛ばされてしまう。
いきなりではあったが、冷静に魔法で空気の動きを止めクッションにした。
幼少期から味わった激しい痛みと衝撃がこないように対処する真似が出来たのは、一つの成長といえようか。
「姉上ェえ」
「あぁああアぁああ!」
姉上の上半身は人間女性で、下半身が蛇という容姿だ。母上と同じ闇眷属。長い尾を床に這いずって、勢いよく抱き着いてきた。
肩が姉上の涙で濡れる。
その失恋の涙に、私の鼻先がつんと痛んだ。
腰まで伸びている紫色の長髪に混じって、数匹の蛇が顔を覗かせ畝っている。
姉上の両目は見た者を石像にしない為、リボンが飾られている布で覆われていた。布に覆われていても生活に支障はない。
外に仕事で出かけるときは下肢も人間の脚に変えて服を着るが、家の室内では何も羽織らない。
幼少期は何の違和感もなかったのだが、人間世界帰りだからか、目のやり場に困って仕方がない。相手は双子の姉上だといい聞かせ気にすることを抑えた。
「私も婚約破棄されてしまいました。姉弟揃ってモテないですなぁ」
「同じにしないでくんない? 姉ちゃん、モテるもんね! ……嘘じゃないもぉおんンん!」
情緒不安定な様子に私は「姉上に見て頂きたい珍品がありますぞ」と【竜の卵】を手のらに乗せて報せた。頬に硬い殻をあて姉上の顔が卵を感知して見る。
すぐに姉上も正体に気づいた。
頬を赤く染め、声を弾ませて私に訪ねる。
「おや。おやおや! あんた、こいつはっ!」
目を輝かせる姉上に頷いて応えた。
「はい。竜の卵ですよ」
「嬉しい手土産じゃないのさぁ~~これ一つだけなのかい?」
「ええ。一つだけなのです」
手のひらから尻尾で卵を持ち上げる。
そして、くるくると嬉しそうに回った。
「まぁいいさ! 竜の卵で何をしようかねぇ~」
うっとりしていた姉上が、ンんん? と口端にしわが刻まれた。
「……ちょっと! あんたっ、もう卵が孵化するじゃないのさ!」
中身が生きていて、まさか孵化するなど気付けなかった。
平静を装って姉上に言い返す。
「おや。そうでしたか」
「どう息の根を止めようかね」
まさかと目を見開いて姉上を見た。
竜の卵の中身が今まさに生まれようとしている生命だということを、姉上が言ったというのに、耳を疑い絶句してしまった。
「相手は赤子でも竜族。何か武器を探しておかないとなぁ」
「竜の子どもを殺すのですかっ」
私の問いかけに、姉上もあっけらかんと応えた。
「相手が相手だ。うちらの手にも余るじゃないか」
「しかしっ、私たちであれば野蛮な真似なぞしたくてもいいでしょうがっ!」
思わず尻尾から私も卵を魔法で奪い返してしまう。
手のひらの中に戻した竜の卵を見る。
「…………(今も材料の一部としか見ていない。……どういう経緯で捨てられたかは知らないが! お前を、まずは姉上から守らねばならないようだっ!)」
姉上を睨んだ。
正直、初めての姉弟の喧嘩であろう。
攻撃を脳内で想像し、警戒する行為に動悸が激しくなった。
「まさか、お前っ!」
胸やけに急な吐き気、に見舞われる。
急激なストレスが胃に来たのだ。
「竜の子どもを育てたいなんて迷い事をっ」
姉上が決意を汲み取ったのでしょう。
語尾も上擦った言葉に被せるように、私も姉上に言い返した。
「よ」
「なんだ? きちんと話せっ!」
「嫁も、……っけ、結婚もっ」
「はぁ?」
「何もかもが無理ならばっ! 育児のチャンスなど、今回だけなのですよっ!」
一世一代の決意表明に、姉上もドン引きと押し黙ってしまう。
「この! 私は竜の子どもを育てる以外にないのですよ!」
「それは、そうだが……」
失恋で弱っていた姉上も、私の言葉にたじろぎ、納得して頷いてくれた。
この隙間を突いて、言質を取るほかないのである!
「姉上っ」
「あんたの相手は! 長く生きる悪魔や神の眷属種なんだよっ! わかっているのかいっ」
寿命で言われれば言い返すことは出来ないが、今は竜の子どもを殺させないように説得させることが先決だ。
姉上の剣幕に押されたが、踏み留まって言い返した。
「その辺は、……後からどうにかこうにか、なんやかんやしてみせます!」
ふわっとした言い返しだが、仕方がない。
時間がないのだ。
「なんやかんやって、……おとうとよ」
姉上の視線が、こいつ、まじかよ。なのだが、今は上手い言い回しなど垂れる程、私は頭脳明晰じゃない。
「姉上っ!」
「っつ」
竜の卵が淡く光り出した。中身も空けている。
殺すのか、育てるのか。
姉上の表情が強張り悩んでいるのが分かる。
「姉上っ!」
「だからっ!」
決断は――この瞬間。
「っい、育児の全責任はあんただからね!」
「了解しました! お任せくださいっ」
姉上から許可を得ることが出来た。
私は迅速にベッドの上に防御壁の魔法陣を書いた。どういう系統の竜なのか、分からなかったからである。そして中央に竜の卵を置く。
「これでよしっ」
「ペラド! 少し、離れなよっ」
「はい!」
固唾を飲んで見ていた目の前で、硬い殻にひびが入った。
私も拳を握り卵に声援を送る。
「頑張れっ!」
「……大丈夫でしょう。あんたは落ち着きなさいよ」
そして、卵が割れて中から頭の左右に小さな角が生えた、性別不明の竜の子が生まれる。赤ん坊の身体はどこか人間の構造に近い。
「姉上。人間みたいですな」
「ヤバい奴じゃんか。これ、まじでヤバい奴」
「は? 言われている意味がわかりませんな」
聞き返す私に「竜族次世代の女王じゃんか」と低い声を洩らした。
「女王? 一体、何のはなしですかな? それはさておき。この赤ん坊は女の子なのですね?」
「あ、ああ。そうだな。……女の子だ」
姉上の心配を他所に、魔法で持ち上げおくるみを巻いて腕の中で抱える。愛らしい猿のようなしわくちゃな顔を見て、私が前世で子供につけたい名前ランキング一位をつけた。
「心愛と名づけましょう」
人生のスタートだ。竜の子どもの頭を撫ぜる私とは対照的に、姉上が言葉なのか分からない何かを口にして、頭を抱え込んでいる。




