第18話 その、にっ! 魔王の妊娠
「母上。心愛ちゃん以外に、どのような議題があるのですかな」
家族間だけではない、親族会議の議題が終わらなければ解放されないのなら、一刻も早く済ませてもらうに越したことはない。
嫌な予感を察しつつ母上に伺う。
ここで打ち震えたイグナの声が私に尋ねる。
「おい。ココアちゃんとは誰のことだ?」
「え?」
真顔の彼女に戸惑っていると、代わり母上が受け応えてくれた。
「ああ。お前の娘の名前だよ」
「なん、だとっ」
険しいイグナの瞳が睨んでくるが、知ったことではない。
呼ぶ名前がなければ不便だろうが。
「あの、いいいですかな? 逆に竜族は名前をどうされているのでしょう」
「そんなことなら僕が教えてやんよ」
「父上」
横にいる父上が、テーブルに肘をつけ頬杖しながら教えてくれた。
「成人まで名前なんかないんだ」
「へぇ。名前がないとは驚きですな」
「番が名前をつけるまではな。そう踏まえるとペラド、お前がココアちゃんの花婿になるってことになるがなっ、あはは!」
ふざけた言葉を愉しそうに吐く父上を睨んで顔を反らす。
「妹なんですよ。馬鹿も大概にしてください」
こんな奴に構っていられるかとイグナに顔を向けて改めて告げた。
「人間の眷属は、子どもに名前をつける習性があるのです。そこは理解して頂けますかな」
「……ああ。ココアちゃんか」
「ココアちゃんの顔は、貴女に似て愛らしいですよ」
妹の容姿をいうと、イグナが顔を反らした。
「! ……っそ、そうか? ぅ、うむ」
もしかしたら怒らせてしまったのかもしれない。
何か、イグナに言おうとしたら母上が話始めた。
「じゃあ。本日の親族会議、本議題に入ろうではないか」
「そうしてください」
だらだらと、内容がない会話の時間は疲れる。早く済ませて、少し酒を飲んで帰りたい。湯舟に浸かってから布団の中で眠ろう。
「魔王ディエの身体的事情と、その子どもをどうするかだ」
家族会議が終わった後を考えていた私に、母上が耳を疑う言葉を言う。
「……待ってください。ディエは傷を負っているにも関わらず――」
「妊娠と分かる前に負った傷だ。その戦いには、お前もいただろう」
つまり、私たちと戦っていたときには、すでに妊娠をしていたということか。
「竜族ですし、ココアちゃんのように卵で産んだのですか?」
「いいや。卵ではなく、人間と同じ出産方法だ」
「人と同じなのですか。では妊娠期間は――」と口にすれば、母上が顔を横に振った。私が言おうとした言葉が分かったようだ。
「時期的に、そろそろ出産予定日だ」
私も「父親は誰です」の言葉を飲み込む。
誰であろうと関わりのない話で、興味を持ってはいけないのだ。
「そうですか。安産で出産されるのを祈るばかりですな」
「出産後。ディエは死ぬんだ」
母上の重い言葉に「ははうえ?」と語彙力なく聞き返してしまう。
「自分の命よりも新しい命を選んだのだよ」
「どうしてですかっ!」
両手でテーブルを大きな音を鳴らし、声を荒げ席から立ち上がった。
「ディエも新しい人生を愉しみたいと、言っていたのにっ」
「ペラドん、行儀がなってないな。座れよ」
父上の魔法で席に座らせられてしまう。
「父上」
雑に魔法を使われた行為に、抗議の声を発したが、どうやら父上には聞こえないようである。
もう、次に話を進めているのだ。
「アガレッタん。それで、どうするとかあるのかな?」
「ええ。なので、ペラドの状況をたまたま占いで知り、ここまで足を運んだんだ」
今の状況をわざわざ占って、ここまで追って来たとは驚きでしかない。
「つまり、アガレッタんは魔王の子どもをペラドんに育児させる、という結論を伝えるために来たんだね」
「そうなるな。流石は、旦那様だ」
「惚れ直してね♡」
夫婦の進む会話に、蚊帳の外で絶句してしまう。
そして、狼狽えた声で母上に、どうしてか、を尋ねた。
「ちょっと、待ってください!」
混乱する私に、母上の威圧的な言葉が圧し掛かる。
決して欲しい言葉以外は受け入れない、と言う口調で吐き捨てられた。
「もう一人、赤ん坊が増えてもいいだろう」
「相手の男にだって親権があるでしょう!」
さすがに声が荒くなりそうで、席の周りに防音の結界魔法を張る。
「相手は知らないそうだよ。ディエを妊娠させた相手が、自分だということを」
「話してしまえばいいでしょう! 父親なのですから!」
「ディエが相手の男に迷惑をかけたくないと聞かなくてな」
魔王ディエが、勇者ザスイの光の剣で負った傷は治せなかった。魔法は万能ではなかった、という現実を思い知らされた一件である。
しかし、真実の蓋を開ければ、治癒魔法が効かなくて当然であった。
彼女の腹には子どもがいたからだ。
ようやく治せない理由が分かったことは嬉しいが、原因の元を押しつけられる勢いだぞ。
「ココアちゃんの育児で手いっぱいです」
「はぁ? 乳母のピトップちゃんとペペラんが同居してんじゃんか。さらにそこへ、女王イグナも暮らすってんなら、もう一人くらい育児やれるだろうがよぉう」
「……父上、貴方が育児をするのならいいですよっ」
何もしてこなかった奴が口にする言葉ではない。
流石にキレてもいいでしょうな。
「いやぁ、僕はもう長くないから無理な話だよ」
「年齢を盾にして、誤魔化すのは止めてください」
「誤魔化しなんかじゃないさ。お前の父親は、百十七歳になる人間の魔法使い様だぞ~~」
ぎゃいぎゃい、と言い合う中で、母上が低い口調でテーブルを拳で軽く叩いた。
「黙れ」
「ふぁい」
言葉が同調して、テーブルはなんともいえない空気に包まれた。




