第17話 その、いちっ!
「この方はな、竜族の長である女王イグナだ」
自然な流れで自己紹介が行われた。口に含んだ飲み物が口から、ぶしゃ――! と吹きこぼしてしまう。
「竜族のッ……女王イグナ、ですと?」
しどろもどろ、母上で自己紹介をされた彼女を見て、自己紹介された名前を自分に言い聞かす。
彼女と目がかち合い、睨みつけられた。
母上も横で座る彼女を見て、ふっと口端を吊り上げる。
「ああ。女王のイグナだよ」
つまり、今、目の前で私を睨む彼女が――心愛ちゃんの母親ということだ。
「旦那様が浮気した相手、という訳だよ」
絶対零度な母上の言葉に、父上が助けを求める声を発した。
「っひぃい~~! っぺら、ぺぺぺ、ぺらっ……たたた、たすっ」
袖を掴む指先を掴んで外す。
言われて当然だろうと、冷ややかな視線を横の父上に向けた。
ガタガタ、と恐怖に身震いを起こしているのだ。
助けるなんて真似は毛頭とありませんよ。
どう考えても自業自得でしょう。
巻き込まれたくないという気持ちで、この馬鹿げた家族会議を早く終わらさせたいが為に「母上、本題に入りましょう」と告げた。
「そうだな、ペラド」
こんなにも迫力のある笑顔は――魔王ディエぶりだ。
場を支配し、如何なる者も跪かせ魅力する。
今にして思えば、ピトップ殿に似ている面があるかもしれない。
「母上。威圧を抑えて下さい、父上が委縮してしまいますよ」
「旦那様、ごめんなさいね」
「……ぃえ。あ、はい」
やれやれと私もため息を吐く。
ここで母上の口から、思いもしない名前が飛び出た。
「テーブルの上に置かれている水晶体と中継で参加しているのは、魔王ディエだ。イグナと相談に乗っていたところだ」
竜族と蛇族。
もとは1つの祖から始まっている。
「オレの遠い親戚だが、仲がいいんでな」
まさか、こんな形と場で再開を果すとは思いもしなかった。かつての敵と。
動揺に我輩は母上に聞き返した。聞き間違いかもと、淡い期待をしたのである。少し上擦ってしまった声に苦笑するしかない。
「魔王ディエ、とは、あの魔王ディエで間違いないのですかな?」
「ああ。同姓同名なんかではないよ」
「母上が知り合いと知っていたらっ」
忌々しい口調で我輩は母上を責めた。勇者たちと一緒に旅をしたのはいい経験であった。しかし、多くの血が流れ奪われてしまった、という想い出が蘇っただけである。
母上には関係がない――戦争の記憶だ。
「……すいません、あたってしまいました。少し、酔っているようです」
嘘を吐いた。とっくに酔いは醒めているのだ。
母上にはバレているのは承知だが、そういうことにしたのである。
「ペラド。オレも仲介で入るべき案件だった。可愛い我が子が戦っていたというのに、気づくことに遅れてしまったからね」
「いいえ、そんな……申し訳ありません」
「謝らなくたっていい」
水晶の中に魔王ディエがいる。
母上がディエに声を掛けた。
「ディエ。お前、ペラドのこと覚えているのかい」
懐かしいか細い彼女の声が紡いだ。
《ペラド。聞き上手の魔法使いの名前です、憶えていますよ、っごっほ、ごほほっ!》
咳き込む声に「大丈夫か? 勇者から負った怪我が治っていないのですかな?」と堪らずに聞いてしまう。
《ああ、ペラド。優しい声、好きな声、安らぐ、声、ごっほ、ごほごほっ!》
「無理に話さなくてもいいですからっ」
やはり、勇者ザスイから負った傷口は良くないようだ。
治せなかったことが悔やまれる。今なら、とも思ったが顔を横に振った。
思い上がりもいいところだ。魔法は便利だが、万能ではないのだから。
奇跡を願っても裏切られる。
傷口を治療そうとしたときだって、そうであったではないか。
「彼女も家族会議に、参加をされるのですかな? どうしてでしょう」
「ああ。親族会議に近いかもな」
「はぁ。そうなのですか」
母上の考えなど我輩には分からない。
「では、始める。まずは【イグナの娘の件】だ」
一番のメインが議題としてあげられる。
それには、すぐにツッコみ返してしまった。
「まずではありませんね。卵を棄てたのは母親でしょうが」
身に起こった事実は変えられない。
どんな理由があったにしろ、竜の卵は人間に拾われ私の手に委ねられたのだ。
「育児放棄しくさっておいて、どの面下げてなのですかね」
「ペラド、家庭の事情があるんだ。相手の言葉に耳を傾けておあげなさい」
「……はい」
どんな事情であれ、彼女はココアちゃんの母親ではない。
憎むべき相手でしかないのである。
「女王イグナ、発言を許可する」
「カズマとの間に産んだ卵は【六つ】だ。下僕たちと一緒に広い巣に移動をしていたのだが、他よりも小さかった卵がぽろりと、下僕の手から落っこちてしまった。他の卵よりも成長も著しく傾向もなかったこともあって、……落ちたのだから、もう割れてしまっただろうと諦めていた」
拙い言葉で語られる。
「諦めたのですか」
「……残った五つの卵。一つは中身が死んでいた、ニつ目は卵の殻が割れずに死んでしまった、残りの三つは孵化した。しかし、……成長しきれずに、カズマの子どもたちは死んでしまった」
同情せざるを得ない事情である。
ココアちゃんの兄弟たち、全員が死んでしまったことは悲劇としか言いようがない。
「……子どもたちは死んだというのに、妾の身体に変化が訪れた」
「次世代の女王が産まれると始まる、老化だな」
「そう。鏡に映し出された妾の眦と口端に出来た皴がそうよ」
何もかも辻褄が合う。
「このことからイグナは、落とした卵こそが【女王】だとわかった訳だ」
決して捨てられたということではないことに安堵の息を吐いた。
「妾の余命は半年となった。たった半年で女王に教えなければならない。だからっ、妾に子どもを、……返せっ!」
「どうして、そんなものを背負わせなけれなならないのですかな」
「どうしても何も! 群れに頭がいなくなるということは――」
ここで引いては、ココアちゃんの将来が決まってしまう。
「玉座を選ぶのは子どもの自由。親が押しつけるものではないはずですが? 母親である貴女なら、分かりませんか」
「時間がないんだよっ! そっちがわかれよ!」
「ふむ。よく分かりました。母上、どうしたものでしょうか」
きりがないなと母上に助言を求めた。父上は俯いたままだ。何とも情けない。
そんなことなら火遊びをするんじゃない!
「ペラド、お前は今どこで育児をしているんだい」
「ああ。姉上の巣を間借りしております。今は乳母と父上も一緒に暮らしています」
「では、イグナも暮らせるじゃないか。部屋の拡張なんか造作もないだろう?」
母上の提案に「ですが」と言い返そうとしたが、睨まれて口を閉じた。
「旦那様、可能だよな?」
「はい。可能です」
「じゃあ、着工を頼んだよ。帰ったらね」
母上の指示に、父上も顔を縦に振る。
「イグナは余命半年の間、ペラドたちと次期女王を育児をする。その間、群れの竜たちはオレが預かる。そして、半年後。成人となった娘が後を継ぐことに関しては、ペラドも口を挟んではならないよ」
「しかし、母上」
「群れに頭がなくなれば野生化する。それがどんな結果を招くかは、賢いオレの息子ならわかるはずだ。そうだろう? ペラド」
今の血が昇っている状態では、きちんと冷静な判断が下せていないようだ。相手を知ろうともしないのは、一番の悪手であり教育を濁らせかねない。
女王イグナから竜のことをもっと学ぶべきなのだろう。
「母上に従いましょう。では、もう議題がなければ――」
もう帰りたいという心境の私に「あるから立つな」と硬い口調で命じられた。




