第16話 卓球! 勝敗!
父上には一切の父性を感じたことがない。
恐らくは母上が完璧に育児と教育を施してくれたおかげに違いない――と、十七年間思っていた。
「貴方のことを勘違いしていたようだ」
「勘違い? どういった勘違いなのかなぁ?」
ピンポン玉をラケットに戻して、卓球台にかこん、と弾じく。
父上も腰を低くラケットを手先で回転させて、ピンポン玉を見据えている。
「父上のことがようやく分かりました」
「僕の何を、……分かった訳だぁあ?」
「貴方は、……触れることが怖かったのですね」
異世界転移で突然、十四歳で訳分からないところに連れて行かれた。
女神からの祝福で地位を築き家族に恋焦がれても帰ることも叶わず老けていく。
魔法は万能ではない。
魔法を使う側の願いは叶わないのだ。
しかし、いざ元の世界で弟が死んだことを女神から知らされ、息子に転生することを告げられたとき、父上は一体どんな気持ちだったのか。
待ち侘びた瞬間を、父上はどう立ち会ったのでしょうな。
「貴方にとって私は息子である前に、双子の弟なのだから戸惑ったでしょう」
「ガタガタうっせぇよ! とっとと卓球の勝負をしようぜ!」
がっこん! とピンポン玉を父上が放った。そこからはお互い譲らずにラケットを奮ってラリーし合う。真剣勝負なのだ。最後に勝ったのは、若い私である。
「若さに勝るものなしですな!」
「百歳越えたジジイ相手に全力出すたぁ、悪いとか思わねぇのかよ! くそ野郎!」
悔しさを吠える父上に「勝負ふっかけておいて何なんですかな」と応えた。
父上が悔しさにラケットを卓球台に叩き置く仕草に私もやれやれと見ている。そして、服装を戻す様子に私も着替えた。
「再会の記念に外で飲み直しだ!」
「百歳越えたジジイのくせに元気ですな」
身長の高い父上が猫背の私の肩に腕を回した。
にっこりと、微笑み返す父上の腕を掃い落してやろうとしたが力が強く出来ない。
「兄さん」
「! っな、……急に、……なんだよ?」
「みっけ、です」
転生前にやっていたタイラたち、兄弟の遊びに終わりを告げたのである。
父上の手がぐしゃりと頭を乱暴に撫ぜた。
「父上、止めて下さい」
「クソガキが」
父上が初めて、私を見てくれた。
決して、タイラではないのである。
「ええ。私は貴方の息子、大魔法使いペラドです」
「はは、……あはは! そうだ、お前は僕の可愛い息子さ」
少し。回り道をしましたが――これから親子になりましょう。
「もう少し、飲みたい気分になってきましたね」
「いいじゃないか。行こうぜ!」
「ん。おや」
旅館のどこからか、我輩の足元に蛇が現れて足元から這い上がり、肩に乗ると耳打ちをしてきた。
「なんだぁ? どうかしたのかぁ」
「母上がムルイ街に友人と来ているから茶屋バイケンに来い、だそうですが」
「は? ……アガレッタんンん? 来ているだってェエ!」
蛇の使いは終えたとばかりに姿を消した。
伝言を聞いた父上は絶叫し、地面に身体を倒してのたうち回っている。
顔も朱に染め、あまりの興奮に人語すら話せなくなっているのだ。
「父上、あまりみっともない真似はお止しになって下さいよ」
がばりと地面から勢いよく起き上がる。すると私の前に立ち両肩を強く掴まれる。父上は私に顔を間近させ睨みつけて来た。怒りの理由は分からない。
「どういうことなんだっ! なんだってアガレッタんからお前に連絡が行くんだよっ!」
「と、言われましても困りますな」
困惑する私に父上も大声で泣き喚いている。
旅館の廊下を歩く亜人たちに好奇の眼差しが向けられてしまい「とっとと、母上のいる茶屋まで行きましょう」と泣きじゃぐる父上の腕を引っ張った。
私は場所が分からないこともあって、旅館のカウンターで店の名前を聞いて教えて貰い、地図を頼りに我輩たちはコートを羽織り旅館から外へ出る。
◆
蛇の使いから聞いた母上の伝言。
「茶屋バイケン、茶屋バイケン……茶屋バイケ――ここですな」
茶屋バイケンは宿泊した旅館から離れ、中枢に近い場所の大きな建物の隙間にちょこんとある。
平静に戻った父上が店内の看板を目にし「ああ。ここか」と言葉を洩らしたことに聞き返した。
「おや。ご存知でしたか」
「僕とアガレッタんの行きつけの茶屋だよ」
父上の弾んだ口調で応え、ドアノブを回して中に入った。
店内の灯りは昼間に近いオレンジ色で眩しくはない。
座席は赤で統一され壁紙は逆に柄もので騒がしい。
店内には落ち着いた音楽がながされていて、心地いい雰囲気である。
すべての席に客がいるのではないのかと思うほどの盛況ぶりだ。
「店内にはアガレッタん予約席もある。たぶん、その席で待っているんじゃないのかなぁ~~」
店員を待たずに父上は母上の予約席に、すたすたと歩いて行く。父上の背中に続いた。
「予約席とはスケールの大きな話をされてますな」
狭い通路を行き交い、ようやく――……。
「あら。旦那様もいらしていたのかい」
「アガレッタん! アガレッ~~タぁアァあん! どうして僕に連絡をく――……ぁ」
父上の大きな疑問の言葉が、なにやら小さく萎んで行く様子に、ひょいと席を見る。
緑色の長髪に数本が蛇で宙を畝って動き、灰色で二重の垂れ目が私に気づき、にこりと薄い唇で微笑まれた。この笑顔を見たのは、一体どれぐらいぶりであろうか。
下肢は蛇の尾ではなく人間の足を組み替えた。
短いピンクのパンツで、足の細さが分かるすっきりとしたタイツを履かれ、上半身はもこもこで濃い赤色の服を着ている。
「母上。お久しぶりです、お元気でしたか」
「オレはこの通り元気だ。旦那様も、……お元気そうで何よりだな」
棘のある母上の言葉に「ぁ、あの、はぃ」とか細い口調で父上も縮こまっていた。一体、どういうことだと母上を見た。
そして、向い側の席に女性がいることに気がついた。父上の細い身体も身震いを起こしている始末である。
さらにテーブルの上には、丸く透明な石が座椅子に置かれていた。どうやら、他から誰かが参加している様子だ。
「父上。あの女性の方をご存知なのですかな?」
頭の両脇に心愛ちゃんに似た巻角がある。
髪の色や硬そうな毛質に何か見覚えが起こり、次第に胸もズキズキと疼き始めた。
「……ぁ、ああ」
短く応えた顔を縦に振る。
「旦那様。それにペラドも座れよ」
母上の言葉が合図になったのか、女性は母上の横に腰かけ、父上は私と一緒に座った。
母上の前で肩と頭を落として無言となる恰好に「父上。大丈夫ですかな」と心配になり声を掛けてしまう。だが、返事はない。
いよいよ、ただ事ではないのだな、と改めて女性を真正面から見据えた。女性から威嚇と睨まれてしまうが、私には意味が分からない。
そこで母上が注文のベルを鳴らした。
「家族会議をしようじゃないか」
夜が明ける形跡もないまま、長い夜を味わうことになるのだ。




