第15話 卓球! 勝負!
「……なんだ。どこかにいくのか? ふぁあア!」
心愛ちゃんを宿泊する居室に、魔法で作っておいてた赤ん坊用のベビーベッド、そこへ置きに行くと姉上が起き上がり、寝ぼけた声で尋ねられた。
大欠伸をされている様子から目を横のベッドに向けた。すると、ピトップ殿の寝間着が大きくはだけいて、かけていたと思しき布団も床上に落っこちている。
「はい。父上と出てきます。申し訳ありませんが、ココアちゃんをよろしくお願いします」
「わかったよ。ったく」
杖でピトップ殿の身支度を済ませた。
姉上も、そのままベッドに寝そべる。
むにゃむにゃ、と明日の予定を告げる語尾は掠れていく。
「明日の昼には帰るぞ。分かったな、あんまりジジイに付き合うのは止すんだな」
「はい。承知しました」
返事を話す前に、姉上から寝息が聞こえた。
バタンと扉を閉めれば、父上が小さな欠伸を吐いて、頭を掻いている。
「外でしたらコートを羽織りますが、どちらに行かれますかな?」
「そうさなぁ。まずは軽い運動をしようぜ。来いよ」
「はぁ」
旅館の中はそこそこ観光客や亜人がいた。夜とだけあって、旅館内の廊下を行き交う人影は少ないようである。ふと、転生前に日本で宿泊したことのある旅館が記憶に浮かぶ。
あのときは、平の双子、兄が一緒であった。名前はなんといっただろうか。うろ覚えだが、たしかに兄弟がいたのだ。
「ふむ、……名前、なまえ……」
少し胸が騒めく、どうしてそんなことを、転生後の今になって思い出してしまうのか。
十四歳のときに兄とかくれんぼしていて、とうとう見つからず行方不明となったことで、タイラの生活が一変する。
両親が離婚し、どちらからも養育権を放棄された。母方の祖父母と養子縁組をして生活を始めたが、不登校になり高校受験もせず家に引きこもる――最期まで「兄ちゃんは、どこいったの」と苦しんでいたのだ。
私は彼の記憶を継いでいる。
「なんだよ? 眉間にしわよってんぞ」
「別に。気のせいでしょう」
辛い気持ちも異世界転生後ということもあって心機一転と、私は魔法道を極めて、今に至っているのだ。
「大丈夫ですよ」
「ふぅん」
前を突き進んで着いたのは大きな広間であった。
客足はまばらだがいる。何をしているのかと見れば――……。
「おや。あれは卓球ではありませんか」
正方形の緑色のテーブル、真ん中には幅も短いネットが左右の棒に紐を括られている。丸いピンポン玉と平らな両面にラバーが張られたラケット。
客が盛り上がり白熱し興奮の雄叫びと応援で盛り上がっている。
この光景は部活やテレビなんかでよく観たものだ。そういう記憶を思い出す。
「異世界にはさ、卓球文化はなかったから教えてやったのさ。今じゃ、どの旅館も完備してるんだぞ。亜人たちにとっても、いい娯楽にもなっているようだ」
「へぇ。やはり遊びで死ぬ心配ないですから楽し……ん? 父上、あの、先ほどから会話が噛み合ってますよね? なんというか、……おかしくありませんかな?」
卓球で遊んでいた亜人たちがいなくなった。
本日2回目の2人きりだ。
しかし、静かになってくれたおかげで、聞く機会を得た。
ごくりと息を飲み込んで――父上に聞く。
「まさか、父上。貴方は【異世界転生者】なのですか?」
「ハズレだな。僕は【異世界転生者】じゃない、【異世界転移者】なんだよ」
「異世界転移者、……ですか」
ホールの床にピンポン玉が転がっていて、父上が杖を使い魔法で浮かばせ、テーブルの上で山詰みにする。1個を指さきでくるくると回している。
「敷島一馬。当時、十四歳の僕は弟とかくれんぼしていた。そして、女神の気まぐれで異世界に転移させられたって感じね」
「え」
「ペラド。卓球しようぜ」
ふよふよ。卓球ラケットが私の前に浮かんでいる。
「はぁ? 話の脈絡が、……やりながら話を伺えるということなのですかな」
手で掴むと指先に馴染んでフィットした。
卓球するのは転生して以来、久しぶりだ。
「勝負は旅行の醍醐味だろう?」
「醍醐味かは知りませんが、受けて立ちましょう」
私と父上は動きやすい体育着に着替えた。
半袖に半ズボン。そして、卓球シューズを履いて、ネットを挟んで睨み合う。
これは真剣勝負である。
かっこん、とテーブルにピンポン玉をラケットで弾ませた。
順番をじゃんけんで決めて、私が先手になる。
「お前が勝ったら、いいもんやろうじゃないかっ」
「何かは分かりませんが、それは要りません」
我輩はピンポン玉をラケットに当てて父上のコートに走らせた。それを老いた身体は反射的に動いて叩き返えされる。
何度もターンしてラリーが続く。
ここで足を動かしながら、父上の言った言葉を思い出した。転生前の兄の状況と重なる点に、生唾を飲み込む。
聞くべきなのか。それとも、気づいたことをスルーするべきか。しかし、興味心に負けてしまう。
「父上。貴方は我輩の――転生前にいなくなった【兄さん】なのでしょうか」
「ああ! そうだよ! 察しが悪い奴だなぁ!」
肯定されたことでラリーも終り、床にかこん、とピンポン玉が弾け飛んで行ってしまった。飛んで行ってしまったピンポン玉を杖で連れ戻し、父上を見据える。
そして、ピンポン玉を父上に向けて打ち飛ばす。父上は棒立ちで打ち返すことはしなかった。
「どうして、あちらに戻って来なかったのですかっ!」
今までの疑問をぶつけるよう声を荒げてしまう。
「大賢者にして偉大な大魔法使いでしたら、異世界転移など可能ではなかったのですかっ?!」
「この風貌だ。帰ったところで百歳過ぎのジジイ、……浦島太郎状態。両親も。それにお前に僕が敷島一馬だって説明したところで――信じてくれるはずがない。そんなこと僕は耐えられない」
泣きそうな表情で父上が、ピンポン玉を床から上げラケットに当てて飛ばした。向かってきたピンポン玉を打ち返す。
「僕は異世界転移させられたときに、女神の奴と契約したんだ」
「へぇ。どういったことをでしょうか」
また、何度もラリーが続きターンで打ち合う。
「残して来てしまった弟に何かあったら、僕のところに連れて来て欲しいってな! 生きてても、死んでても、どちらでもいいって言ったんだっ!」
父上の告白に、私の頭が真っ白になった。




