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第12話 帰還された!

 雪深く人間は踏み入れない山奥の領域――【ムルイ(ガイ)】に来ている。


 目的は食材の買い出しと、新鮮な空気を吸うことだ。街の周囲は巨人族の大型に合わせた高さがある赤いレンガの壁。周辺は三重層に囲まれている。


 壁の合間、第一の層に商店街、第二の層には土産の露店があり、第三の層の中央に観光と療養の宿泊施設が建造されているのだ。施設の経営者(すべて)が、迫害された亜人たちである。


 近年、人気スポットと有名になったムルイ街。

 ここに立ち寄る旅人たちは年々と増して、路を塞ぎ賑わっていた。

 


「っすっごい! ここがお伽噺でばあやから毎晩聞いた、噂のムルイ街ですのねっ」

 


 目立つ髪を帽子をかぶせて隠し、顔にも鼻先から顎までを覆い隠すマスクをさせた。


 胸元にココアちゃんを抱かせ、王族とは見えないように簡単な変装をさせる。

 

 

「ピトップ殿。はしゃぐ真似はなされないでくださいよ。氷で転ばれては大変です」

 


 ピトップ殿が街の辺りを見渡す様子に苦言と注意を促した。

 

 

「あぅあ~~」

 


 ピトップ殿の胸元から、ココアちゃんのご機嫌な声が聞こえる。

 

 

「ふふふ。風も思ったほど冷たくもない上、温かくてよかったですな、ココアちゃん」

 


 天候は晴天。厚みのある雲が全くない、青空に刻まれている結界魔法壁こそが、父上が施した功績だ。


 しかし、当の本人は威厳もなくマイペースである。

 

 

「寒くて叶わんなぁ~~」

 

「ああ。立ったまま寝られそうだよ」

 

「そいつぁ、ダメだぞ。ペペラん♡」

 


 演技で在れ、素で在ったとしても彼を尊敬出来ない。いい面があったとしても悪い面が台無しと、好感度すらないのだ。

 


「どうしてついて来られたのですかな」


 

 父上は子どもの姿ではない、初老の大きな身体を前のめりに丸めて、大きく身震いをされている。


 女性を誘惑(ナンパ)するつもりがないから、子どもではないのだろう。

 

 

「せっかく、ここに来たなら街も見ておきたいじゃないのさ」


「そうですか」

 


 父上もまさかついて来るとは、思いもしなかった。

 それよりも驚いたのは「まさか。あの顔が掘られた石の壁が開くとは思いもしませんでしたな」と山を下りるのに使った路を思い出して父上に話した。


 ただのオブジェみたいなものかと思っていただけに驚きも隠せない。もっと早く知りたかったというのが正直な気持ちである。


 姉上も知っていたのであれば、教えて下さればいいのにと、のけ者みたいな扱いにはショックも大きい。

 


「他に知らされていない何かが、あの穴蔵にまだあるのではないのでしょうな」

 

秘密(ないしょ)だなっ!」

 

「……はぁ、とっとと買い出しを済ませましょう」

 


 苛立ちに歩き出したときだ。

 


「きゃー! そいつを捕まえてー! 泥棒だよー!」

 


 中年女性の叫び声が、辺りの空気を響かせた。聞こえた方向にも人が多く、怒りの声を上がっている。泥棒が辺りの観光客に体当りしながら走っていたのだ。

 


「やれやれだな」


「ですな」

 


 私と父上が路を塞ぐ格好で立ち、手に杖を持ち身構える。

 


「どっちが早いか、競争する?」


「しませんよ、馬鹿なのですかな。あ、姉上とピトップ殿。後ろにいらしてくださいね」

 


 騒然とする周囲が掻き分けられて私たちの方向に向かって来るのが分かるのだ。

 


「じゃあ、馬鹿に負けたらどうなるのかなぁ」

 


 父上の杖から赤い閃光が放たれた。放たれた閃光の色に、我輩も慌てて青い炎を放ち、父上の魔法を打ち消す。

 

 ぶすっと冴えない表情をした父上が私を睨みつけ、胸ぐらを掴まれ顔を寄せられる。

 


「何すんのかなぁ」


「何って! 涼しい顔してぶっ(ころ)魔法を放たないでくださいよっ!」

 


 言い合う私たちの前に「どけろっ! ぶっ殺すぞ!」と顔が林檎の人外が走って来た。

 あ、と我輩が気づくのを遅れると、しゅ! と尾が伸びて顔面にめり込まさせる。


 泥棒が地面に頭から崩れ落ち、ぴくぴくと全身を痙攣させていた。姉上が逃走を阻止したことで、盛大な拍手が辺りに鳴り響く。

 


「姉上。尾での攻撃など、私相手以外にされては死んでしまいますぞ」


「死んだっていいじゃないか。犯罪者に同情はしない主義なんでね」

 


 気絶してしまった泥棒の前に、私は膝を折る。

 


「ペラド、余計なことするんじゃないよっ!」


「泥棒をせざる得ない、何らかの理由がこの者にはあるのでしょう。無駄な殺生などしてはなりませんよ」

 


 杖で泥棒を介抱し癒した。

 


「! いった――……くない? え? あれ? おいらは」

 

「盗んだものは返して頂きますぞ」

 

「は?」

 


 林檎頭の亜人は、訳が分からないという表情で見入っている。ここで自警団の衣服を身にまとった、図体のいい亜人たちが息を切らしてやって来た。

 


「っひ、はぁ……ひっ捕らえろ!」


「はい!」


 

 林檎頭の亜人は連行されていった。

 

 背中を見送る私に、色濃い青の肌に三っつの角が頭に生え、吊り上がった赤い瞳で私を見る。顎ひげを縛った風貌でいかつい男が「お手柄ですな。お名前は?」と額の汗を甲で拭う。

 


「私は魔法使いペラドと申します。こちらには買い出しで――」


「僕はカズマね。子どもたちと買い出しに来たんだ」

 


 自己紹介をしている私に被せて、父上が自己紹介をされた、すると男の目が次第にまん丸く――顔面蒼白になるのが見えた。

 

 

「あの。大丈夫ですかな?」


「っぎゃ!」

 


 ずずずっ! と身体が後ろに飛び下がっていった。

 どうしてかは分からないのだが「父上、どういうことですかな?」と引きつった表情を向けてしまったのだ。

 


「っそ、その容姿、忘れも、っし、しませんンん! っき、ききき、ききき! 帰還された――!」

 


 男の大きな声に辺りが(ざわ)めいた。

 

 歓喜の声を発し始めた住民たちに、観光客たちも訳が分からずに辺りを見渡している。我輩たちと同様に、困惑しきりという様子だ。

 


「建国の功労者っ! 大魔法使いカズマ様のご帰還だ!」

 


 またよく分からない父上の肩書きに、私も父上を見ればドヤ顔だ。だから、一緒に来たくなどなかったのである。

 

 

「あーあ」

 


 同じ気持ちの声を、姉上が言い漏らした。

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