第11話 行きたいんでしょ?
家族と乳母。さらに生まれて間もない妹が加わった――数日後。
「横なぶりの雪が収まりましたな」
「一時的だろう。すぐにまた吹雪だ、山の天候を舐めるんじゃないよ」
山に冬が到来して姉上も冬眠に入った。
しかし、しばしば起きてリビングに来られるのである。
「姉上、きちんと冬眠されないと明けのときが辛いですぞ」
「分かってるよ、……もう少ししたら、寝る」
リビングで毛布を被りとぐろを巻いて、ピトップ殿が作った温かいスープを飲んでいる。
私もソファーに腰かけて、ココアちゃんを膝の上に乗せ話をすると、横に座るピトップ殿が顔を横にして疑問を問われる。
「雪が止んだら、旦那様はどこかにいかれるのですか?」
「はい。ココアちゃんの散歩もかねて、街まで買い出しに行こうかと思います」
姉上が冬眠用に蓄えていたのは、あくまで1人用を多めに常備されていたのだ。それを3人で食べれば量も減る。だから、買い出しは必須なのである。
雪が止んだら躊躇などしていられない。
一刻の猶予もないのだ。
「天気予報を調べたところ、2、3日は天候がいいとのことでしたから、行けるのであれば即時、行動に移すべきでありましょう」
すくっと我輩は立ち上がり、魔法で冬仕様のコートを羽織る。もちろん、ココアちゃんも冬仕様にもこもこにしたのだ。
「はぁ? こっちゃんも連れて行くのかい!」
姉上の声が裏返り、上擦った口調が我輩に聞き返される。
それには我輩も「地下の中にずっとではいけませんからな」と答えた。
言い合う我輩たちの合間に、父上が本来の老人の容姿で木製の椅子に腰かけて割って入って来る。
「僕は行かないよぉ~~お部屋でぬくぬくしていたいしぃー歳だから、足腰も痛いもんなぁ」
「父上も、部屋で留守番をしていただいて結構ですよ」
百歳を超える父上に何かあるとは思わないが。一緒に行動しても碌な目に遭わないだろうという予感しかないので、あらかじめ断わっておくのだ。
「旦那様! 私も行きますっ、冬物のコートをくださいまし!」
「いいえ。貴女が一番、一緒に街へ行かれてはいけないのですよ?」
ピトップ殿は城から逃げて来て、私たちの元で乳母として雇われている。つまり、ひょっとしたら【お尋ね者】になっているかもしれない訳で。万が一にも、身バレしたらどうなるかは目に見えている。
そんな危険な身の上だと知っていて「街に一緒へ行きましょう」などと口が裂けても誘えるはずがない。むしろ連れ出したくはないのだ。
「我輩たちの帰りをお待ちになってください」
「嫌ですっ、イヤです! 旦那様っ、お願いですからっ!」
「しかし、貴女は……」
ピトップ殿が前でしゃがみ込み、両手を組んで上目遣いで私を見つめる。灯りに照らされる瞳は涙で輝いている。
灰色の長髪が首元で縛られているが、まばらと髪が散らかっている頭を描き上げ、私を煽り見て言い捨てる。
「なんだ。お前は、女も守れないヘタレ野郎だってのかぁ~~」
「そうではありません。父上、口を挟まないで頂けますかな!」
横から茶々を入れる父上の言葉に、棘のある言葉で言い返した。それにもニヤニヤと父上が笑顔で「玉無しぃ」と肩を揺らして笑う。
杖を出そうとしたが、ここでピトップ殿が立ち上がると前を塞いだため叶わない。ただ、退いて欲しいと思いましたな。
「義父様! 旦那様は私のためを想って、言ってくださっているのですわっ」
「でも、一緒に街へ行きたいんでしょ? 元・王女様は♡」
父上の言葉に「それわ……」とピトップ殿が言い淀んでいた。
心の隙をついて父上が、さらに彼女に告げていく。
「じゃあ、行きたくないんだぁ」
「旦那様っ、ココア様が外に行かれるのでしたら、乳母である私も一緒に行かねばなりませんっ!」
「はははっ、だってっさぁ~~? どうすんの、旦那様♡」
父上とピトップ殿が私の顔を見据えている。
「ですからっ、貴方はお尋ね者になっている恐れがあってですねっ」
「乳母である私をココア様から引き離すというのですの! あんまりですわっ!」
力説をするのだが、ピトップ殿は頬を紅潮させ、頬をぷくっと大きく脹らませている。
乳母という立場を使われると、ズルいと思うのは私だけなのか。これはもう拒むことも無理なのかもしれない。
彼女もずっと地下の中で生活をしている。
だからこそ、完全にダメとは言えないのである。
確かに、一緒に外出した方がいいとも思う訳だが。彼女が身バレしてしまう恐れや、ここの住処がバレてしまうリスクを負う真似はしたくない。万が一にも、姉上やココアちゃんに身の危険が迫った日には、きっと後悔をする。
「私が武道や剣術も習得されているのは、ペラドもご存知でしょう! 私は守られるだけの女性ではなくてよ!」
ピトップ殿に「それもそうでしたな」と頷いてしまう。第一王女であったピトップ殿は英才教育の一環で防衛術も教わっていて、剛腕の騎士団長とも互角に渡り合ったのだ。
「では、どうして掴まったりしたのですか?」
「湯浴びをしていたときに来て、……油断をしただけです! 思い出させないでください! 腹正しいったら!」
「ああ。それは、申し訳ありません」
当時の記憶を思い出されて、床に地団駄する。唸る彼女と私を見た姉上が深いため息を吐いて口を挟まれた。
「……わかった。あたしも一緒に行こうじゃないのさ。それでいいね?」
「姉上。冬眠なさらずに大丈夫なのですかな?」
「大丈夫なわけないだろうがっ。愚弟がっ! ったく、あんたがもっと……あ~~全くっ!」
ぶちぶちと姉上は文句を言い捨てながら、蛇の下半身を人間の下肢に変えた。
それにピトップ殿も「まぁ!」と口を手で覆い、驚きの声を上げる。
これ以上は埒が明かない。私も決断が迫られた。
「はぁ。では、父上を留守番に姉上とピトップ殿、ココアちゃんで街へ買い出しに参りましょう」
父上を抜かした全員で街に行くことを決めた。
天候が変わらないことを祈るしかない。




