第10話 信じらんない!
ソファーの上に寝かされていた私をピトップ殿が揺すって起こしてくれた。一緒に、キッチン手前にある食事用正方形のテーブルにいけば、いい匂いが漂っている。
「これは豪勢ですな」
食パン一斤を切り分けられたもの、鳥の丸焼きにサラダボール、穀物のスープ。
姉上との生活と、また違う食事の量に圧巻されて「母上がおられたときのようですね」とピトップ殿の横に空いている席に座ろうとしたが、床にあったゆりかごの中を覗いた。
心愛ちゃんがゆりかごの中で、あーうー、と声を弾ませている。
「少し、目を離した隙に大きくなられましたかな」
短い手足をばたつかせている様子に、ひょいと、ココアちゃんの小さな身体を持ち上げて抱き締めた。
「あー~~ぅうあぁ~~♡」
「ははは。ご機嫌ですな」
首に小さな腕が周り、きゅうっと強く絞めつけられる。
「一緒に食卓を囲いたいのですね」
「あー~~ぅうう~~」
質問に答えたココアちゃんを抱き締めたまま腰かけようとしたが、父上が魔法でテーブルにひっかけた椅子を取り付けてくれた。私も中にココアちゃんを入れて座らせる。
周りを見渡したココアちゃんも、んぅあ~~とご機嫌に笑う様子で「家族でご飯を食べようではありませんか」と声をかける。
同時に、姉上から不機嫌な声を吐いた。
「信じらんないっ」
「何がですかな?」
前の席にいる姉上が備蓄の食材を使ったことに対して、怒り心頭と口許が戦慄いている。声を掛けた私にも牙を剥かれた。
「何って! 冬眠明け用の備蓄食材使われたんだぞっ! 買い物、行ってくれるんだろうねぇ!」
姉上の怒りに、はいはいと父上も苦笑を浮かべて応えた。
「ペペラんンん~~そんなに怒るなってぇ~~」
テーブルの上にる調理された使われた食材は、姉上が寝起きに食べる為にと蓄えられていたものである。
当然のことながら、姉上が怒ることは当たり前でしょうな。
この一件は私にも責任がある。
「我輩がココアちゃんの散歩をかねて、買い出しに行きますよ」
「そうしろっ!」
眠いからなのか、姉上も苛立っているようである。
それには悪いと思っているから謝罪するしかない。
「はい。申し訳ありません」
「あー~~ぅあぁ~~」
「ココアちゃんも、ごめんねと言われてますよ」
姉上も「妹を出すんじゃない、妹をっ!」とさらに尾を震わせた。これ以上、怒らせて攻撃されては堪ったものではない。もう、口を閉ざしておこう。
そもそもの話。私や父上、ピトップ殿や妹のココアちゃんが生活に加わったるとは、思いもしない展開である。姉上の冬眠計画の予定が大きく崩れてしまったのではないだろうか。
本来であれば、姉上もとっくに冬眠していただろう。
迷惑をかけてしまったと反省するほかない。
ここでピトップ殿も、おずおずと私に笑顔を向ける。
「旦那様。これらの料理は義父様が魔法で調理されてくださいまして、私も出来ることを手伝いましたの」
「おや。手は大丈夫ですかな?」
「ええ。ほら、大丈夫でしてよ」
両手を見せられたが、切り傷もないことに安心した。
誇らしげな彼女に「ですな」と言い返すと、我輩に父上もピトップ殿の手伝いを話される。
「お嬢ちゃんにはココアたんのミルクや、皿出しなんかをやってもらったんだ」
「ほぅ、そうでしたか」
赤い酒の入ったグラスを取りのみ込んでいく。
熟成した酒が乾いた喉も潤い心身が満たされていくのが分かる。横に座るココアちゃんの頭を撫ぜていたときに思い出した。
「そういえば、母上の部屋は空いてますかな」
「お袋の部屋なんかないよ。今はあたしの冬眠部屋だ」
「では、姉上の元の部屋を――っだ!」
しゅ、っと私の頭を姉上の尾で弾かれる。
「姉上っ! 痛いではありませんかっ!」
「ピトップはココアちゃんの乳母なんだ。あんたと一緒の部屋でいいだろう」
姉上の言葉に、ぶっは! と酒を噴き出してしまった。
思わず何度も瞬きをして姉上を見入ってしまう。
そんな私の肩布を、つんつん、と横のピトップ殿に引っ張られて「大丈夫、何かの冗談ですよ」と笑って誤魔化しながら姉上を見る。
しかし、姉上の言葉は繰り返し変わりないのである。
「部屋なんかないよっ!」
「分かりました。……ないのなら、私がつくりますよ」
バチバチとなっている私に、父上が肉を頬張り「共同生活をしろ、以上だ」と諫め骨を手にして私に向けて言う。
「なんなのですかなっ、……しかし、ピトップ殿は嫌でしょう」
「うふふ。私はココア様の乳母ですから構いませんわ」
彼女からの真っ直ぐな視線と言葉に、んぐ! となってしまう。拒んでも、周りからの謎の囲みに合っている状況だ。
グラスの中を覗き込めば辛気臭い私の顔が揺れている。
我輩もぐい、っと一気に飲み干し、グラスをテーブルに強く置いた。
「はぁ。わかりましたよ」
切っているパンにサラダと肉を挟み折り曲げ、大きく口を開けて頬張った。
帰って来てようやく胃も慣れたのか食べる量も増えた。
ぺろりと完食して息を吐く。
傍から見れば少量だが食べ過ぎなぐらいである。
「ふぅ。ご馳走様です」
元々、城の勤務時代から食べていなかったこともあり、帰って来てから姉上の食事で慣らしている状況なのだ。
「ドレッシングが、いい味つけでしたな」
口を拭いていると全員が私を見つめていた。
信じられないと言った視線である。そんな顔で見られても満腹なのだ。
「ん? どうかされましたかな」
「だ、旦那様。お肉やスープも美味しいですわよ?」
「いえ。これ以上食べては吐いてしまいます。ああ、ピトップ殿は気にせず沢山、もりもり食べて下さい」
椅子から立ち上がるとココアちゃんが、ぎゃおぉ、と盛大に泣き出した。それに私もあやそうと椅子から持ち上げようとしたが、ピトップ殿の手が先に持ち上げた。
「どうかされたのですか、ココ――……」
お尻を擦る様子に、ああ、と察したのである。
「旦那様。ココア様のオムツの替えはどちらにありまして?」
「ああ。それでしたら我輩の自室ですね」
「では、そちらに参りましょう」
ココアちゃんを彼女から受け取ろうとしたが、受け渡しを拒否されてしまったため叶わず、一緒に自室へ行くのである。
「食事をされててもよろしいのですよ? オムツは私が替えますので」
「いいえ! 乳母である私が行います!」
「……分かりました。では、行きましょう」
気の強さはお変わりなく、何よりである。
ここで貴女が身体共に療養されることが――一番の望みでありますから。




