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第一章 路線

 朝七時五十分。JR高崎線の下りは非常に混んでいて、通路に三列並ばないと人が収まらない。私は吊り革を握りながら、窓の外に視線を置く。景色ではなく、ただ外側を見ている。

 大宮で降りる。改札を出ると人の流れができていて、私はその一部として動いていく。東口を出て、大宮氷川神社の参道前を通り過ぎる。二つ目の信号で左に折れると、車がほとんど通らない細い道になる。

 歩いていると考え事をしなくなる。それが通学路の唯一の利点だった。足元だけを見て、アスファルトの継ぎ目を踏まないように歩く。特に意味はない。ただそうしている。

 見沼代用水にかかる橋を渡る。水面は今日も緑色をしている。橋の上だけ風が少し強くて、鞄が揺れる。美術学校の前を過ぎると、高校の屋根が見えてくる。

 とても気の重い一日が始まる。

 教室に入ると、いつもの景色がある。黒板の前で友人と話している人。机の上にプリントを広げて、ホームルームが始まる前に課題を片づけている人。私も後者に近い。今日は英語のプリントが終わっていなかった。

 この学校は進学実績を上げることに躍起になっている。月曜から金曜まで五十分七時間。土曜日も午前中は必ず授業がある。日曜日に模試が入れば、その週に休みはない。誰もそのことを特別に不満だとは言わない。言っても変わらないからか、それとも本当に気にならないのかは、私には判断できない。

 英語プリントの最後の問題を埋めたところでホームルームが始まった。担任が出席を取る声が教室に広がる。返事をして、また下を向く。

 一時間目は英語だった。

 この授業の形式は決まっている。前回配られた課題プリントを机の上に出し、教師が問題を読み上げ、生徒が順番に答えを言い、教師が解説する。採点はその場で行う。

 佐伯先生は、当てることにこだわっている。

 手を挙げた人に当てることもあるが、大概は指名だ。出席番号順でも五十音順でもなく、先生なりの何らかの基準があるらしいが、私にはそれが読めない。

 自分の番が来るかもしれない、と思いながら授業を聞いているのと、そう思わずに聞いているのとでは、内容の入り方がまるで違う。私は前者になれない。正解を言わなければならない、というプレッシャーが好きではない。

 間違えたところで、誰に責められるわけでもない。それはわかっている。それでも、間違いを重ねると、私に「勉強ができないやつ」という評価が無言のうちに張りついていく気がする。本人が意図しないまま、そういう分類が起きる。授業中の間違いは、消しゴムで消せるようなものではない。

 今日は当てられなかった。

 プリントの採点が終わり、解説の板書を写す。窓の外は晴れていた。校庭に誰もいない。

 昼休み、私は廊下側の窓から外を眺めていた。

 教室の中では、いくつかのグループができていた。机を寄せ合って弁当を食べている人たちがいる。笑い声が聞こえる。何かの話で盛り上がっている。私には、その輪に入るきっかけがわからなかった。最初からわからなかったのか、途中でわからなくなったのかも、もはやはっきりしない。

 一年生のころ、隣の席だった男子と少し話すことがあった。特別に仲がよかったわけではないが、席替えの前まではなんとなく言葉を交わしていた。席が変わって、それ以来ほとんど話していない。向こうは今、窓際のグループにいる。楽しそうに見える。私には、そのグループに入った経緯が想像できない。

 購買に行く列ができている。弁当を食べながら話している声がいくつか重なって、教室の中は少し暖かい。私は昼食をとりながら、午後の時間割を確認する。現代社会、数学Ⅱ、生物基礎、体育。体育は少し億劫だが、点数が出ないぶん気楽でもある。

 そのとき、瀬川が隣に座ってきた。

「さっきの英語、当たったか?」

「いや」

「俺も。最近佐伯に当てられてないな」

 それだけ言って、瀬川は自分の弁当を開いた。それ以上何も言わなかった。私も何も言わなかった。

 瀬川は、気にしているのかいないのか、いつもわからない。以前、担任が模試の答案を一人ずつ名前を呼んで手渡した日のことを思い出す。受け取った瀬川は、一瞥して裏返し、そのまま机の横の鞄に入れた。開いたのか開かなかったのか、遠目にはわからなかった。確認する気にもなれなかった。

 六時間目が終わり、ホームルームが始まる前に、佐伯先生が教室に入ってきて、明後日の小テストについて告知した。範囲は先週のプリント三枚分。「わからないところがあれば放課後に来い」と言って出ていった。

 誰かがため息をついた。誰かが「また」と小声で言った。

 私は特に何も言わなかった。ため息をつくほど驚いていないし、「また」と言えるほど慣れてもいない。ただ、手帳の余白に「英語テスト・木曜」と書き込んだ。それだけのことだ。

 帰りの高崎線も混んでいた。

 座れなかったので、また吊り革を握る。朝と同じ姿勢で、今度は逆方向に揺れていく。スマートフォンを見ている人、目を閉じている人、文庫本を読んでいる人。私は今日のことを特に何も考えないようにしながら、ぼんやりと立っていた。

 何も考えないというのは難しくて、何も考えないようにしていること自体がひとつの思考になってしまう。

 大宮を過ぎると少し空いてくる。窓際に移動して、外を見る。住宅地が続いて、ときどき田んぼが見えた。空は橙色に傾いていた。

 明日も朝七時五十分のこの電車に乗る。その次の日も、その次の日も。木曜に小テストがある。日曜には模試があるかもしれない。それだけのことが、なぜだかひどく遠くに感じられた。

 電車は止まらずに走り続ける。

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