第8話 帯広からの旅立ち
日が西に傾いた夕方頃。
「はっ…ここは…」
結は支局の仮眠室のベッドの上で飛び起きた。体を起こした瞬間、鈍い痛みが足に走る。
「……っ。」
包帯が巻かれているのを見て、ここまで運ばれ、手当までされたのだと理解した。
「あれ…玲奈は?」
周囲を見渡すが、人の気配はない。静かな室内に、暖房のかすかな音だけが響いていた。
ふと机の上に、一通の手紙が置かれていることに気づく。
「なんだろう、あれ。」
手に取って開くと、短く整った文字が目に入った。
――先輩へ。体は大事にしてください。 玲奈
読み終えた結の口元が、自然と緩む。
「ふふっ…あの子らしいな…」
ぶっきらぼうで、それでいてどこか優しい文面だった。
結はゆっくりとベッドから降り、空いている窓のそばへ歩み寄る。外には淡い橙色の光が広がり、雪景色を柔らかく染めていた。
「また会えたらいいな…」
白い息が夕焼けに溶けていく。
――その頃。
支局から少し離れた建物の屋上。
冷たい風でコートを揺らしながら、玲奈は双眼鏡を下ろした。
「よかった。先輩、目を覚ましてて。」
安堵したように小さく息を吐く。
本当なら顔を見て無事を確かめたかった。けれど、情報部の任務上、長く同じ場所に留まることはできない。
「相変わらず、無茶するんだから…」
呟きながらも、その表情はどこか柔らかい。
やがて玲奈は踵を返した。
去り際、もう一度だけ支局の窓を振り返る。
「また会えますよ、先輩。」
その声は風にさらわれ、誰の耳にも届かない。
次の瞬間、玲奈の姿は降り始めた雪の向こうへと静かに消えていった。
それからしばらくした、二日後。
結は完全に回復していた。足の傷もすっかり塞がり、痛みもほとんどない。軽く体を動かしてみても違和感はなかった。
「さて、行きますか。」
支局の前に立った結は、小さく息を吐くと、箒に跨った。冬の澄んだ空気が頬に触れる。
今回の目的地は、苫小牧市。帯広からは距離があるため、二日かけて向かう予定だ。
「途中でどこかに泊まることになるかな。」
そんなことを呟きながら、地面を軽く蹴る。
ふわり、と体が浮かび上がった。
みるみるうちに景色が遠ざかり、帯広の街並みが小さくなっていく。見渡す限りの雪原が、朝日に照らされて静かに輝いていた。
「今日もいい天気だ。」
結はマフラーを口元まで引き上げ、進行方向へ視線を向ける。
(玲奈、元気にしてるかな…)
ふと、あの日のことが頭をよぎったが、すぐに小さく首を振った。
「よし、仕事に集中。」
そう言って速度を上げる。
冷たい風を切り裂きながら、結は広大な北海道の空をまっすぐ進んでいった。
次回に続く....




