第6話 制圧
郡山支局に戻ってから、数日が経った。
休暇の二日間は、あまりにも静かで、穏やかだった。
福島駅前の喧騒、ショッピングモールの明るい照明、人の流れ。
映画館の暗闇で、隣に座る玲奈の気配を意識した時間。
そして――朝、ホテルのカーテン越しに差し込んだ、柔らかな光。
あの朝は、どこか現実感がなかった。
任務も警戒もなく、ただ「今日をどう過ごすか」だけを考えていた。
結はデスクに肘をつき、無意識のうちに小さく息を吐く。
「……現実に戻るの、早いな。」
「先輩、顔に出てますよ。」
隣の席から、玲奈がからかうように笑った。
「なにが?」
「完全に休暇ロスです。」
「……うるさいなぁ。」
そう言いながらも、結は否定しなかった。
指先で資料をなぞりながら、視線が自然と宙を彷徨う。
――あの夜。
――酔って、気が緩んで。
――普段なら絶対に言わないような言葉を、ぽろぽろとこぼしてしまった。
「……」
「先輩?」
「……なんでもない。」
結は軽く咳払いをして資料を閉じ、椅子から立ち上がった。
「それより……静かすぎない?」
「え?」
「幹部が逃げてから一週間以上。
これだけの件で、追加の動きが一切ないのは不自然。」
玲奈の表情から、先ほどまでの軽さが消える。
「潜伏、ですか。」
「たぶんね。」
結は窓の外を見た。
郡山の街は穏やかで、人々はいつも通りの生活を送っている。
――だからこそ、違和感があった。
「休暇中、少し考えてたんだ。」
「先輩が?」
「追い詰められた相手ほど、遠くへは行かない。
目立つ移動はできないし、魔力も抑えざるを得ない。」
玲奈は、はっとした表情になる。
「……拠点に近い場所、ですか。」
「そう。」
その瞬間、結の端末が短く震えた。
《逃走者位置特定情報》
《福島市郊外・旧研究所》
二人は、ほぼ同時に画面を見る。
「……来ましたね。」
「うん。」
結は端末を握り直した。
「休暇は、ここまで。」
玲奈は一呼吸おいて、静かに頷く。
「突入、ですね。」
「行こう。」
その言葉で、空気が切り替わった。
福島市郊外
夜の闇に沈む、打ち捨てられた研究施設。
外壁はひび割れ、割れた窓には風が吹き抜けている。
人の気配は薄いが、嫌な魔力の残滓が漂っていた。
「反応、上階ですね。」
「正面は避けるよ。」
二人は上空で箒を止め、視線を交わす。
「――割る。」
「はい!」
結が一気に高度を下げる。
次の瞬間、ガラスを蹴り砕く鋭い音が夜を裂いた。
二人はそのまま室内へ滑り込む。
――直後。
「来る!」
黒い影が玲奈の前に躍り出る。
「っ……!」
魔力の刃がぶつかり合い、火花が散った。
「先輩、複数です!」
「足止め、任せていい?」
「もちろんです!」
結は一瞬だけ振り返り、玲奈と視線を交わす。
「無理はしないで。」
「先輩こそ!」
その言葉を背に、結は奥へと駆け出した。
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瓦礫に囲まれた最深部。
「……来たか。」
低い声が、静寂を破る。
黒い外套を纏った男が、ゆっくりと振り返った。
「逃げ回って、楽しかった?」
「ほう……随分と余裕だな。」
「余裕がないのは、そっちでしょ。」
結は杖を構え、魔力を高める。
「ここで終わりにします。」
男が腕を振る。
空気が歪み、衝撃が走った。
結は即座に跳躍し、床を蹴る。
「っ……!」
瓦礫を蹴り上げ、その勢いのまま距離を詰める。
「遅い!」
反撃が迫る。
だが、結は紙一重でかわし、反転――
「――!」
一撃が壁を抉る。
「……ほう。」
「私、あんまり長引かせるの、嫌いなんだ。」
結は深く息を吸った。
――休暇は終わった。
――今は、仕事中だ。
「これで、終わらせる。」
魔力が一気に収束する。
男が防御に回るより早く、結の一撃が直撃した。
轟音と共に、男は床に叩き伏せられる。
結は一歩近づき、静かに告げた。
「制圧完了。」
数分後
「先輩!」
玲奈が駆け寄ってくる。
「玲奈、無事?」
「はい!……先輩は?」
「ちょっと疲れた。」
そう言って、結は小さく笑った。
「……でも、よくやったね。」
「先輩が先に行ったからです。」
その言葉に、結は一瞬だけ視線を逸らす。
「……あのさ。」
「はい?」
「休暇のときのこと……」
「っ」
「忘れていいから。」
少し照れたように、結は言った。
玲奈は一瞬驚き、すぐに微笑む。
「忘れませんよ。」
「……もう。」
夜の静けさの中、
二人はゆっくりと施設を後にした。
――日常は、また動き出す。




