第5話 初めて
あの事件から一週間。
未だ、あの組織の幹部は捕まっていない。
足取りは掴めず、捜索は難航していた。
「……一体、どこに潜んでいるんだろう。」
結は箒の柄を握りながら、ぽつりと呟いた。
その横を、玲奈の箒が並走する。
「考えても仕方ないですよ、先輩。」
「まあ、そうなんだけどね。」
今回は珍しく、任務ではない。
二人は支局長に直談判し、正式な休暇をもらっていた。
しかも、二日間。
「まさか、本当に休暇が取れるとは思わなかったよ……。」
「私もです。でも、言ってみるものですね!」
玲奈はいつもより声が弾んでいる。
「相変わらず、休暇の時は元気だね。」
「だって、先輩と出かけるの、楽しいですから。」
少し照れもなく言い切られ、結は一瞬言葉に詰まった。
「……あ、そっか。」
ほんのりと胸が温かくなる。
福島駅東口。
人通りの多いロータリーに、二人は着地した。
「ふぅ……着いた。」
「街、賑やかですね。」
「久しぶりに来たな、福島市。」
「じゃあ、まずは……。」
結は少し考えてから言う。
「近くのショッピングモール、行ってみようか。」
「いいんですか!?」
「休暇だしね。」
「先輩とショッピング、初めてです!」
玲奈の目がきらりと輝いた。
ショッピングモールは、平日にも関わらず人が多かった。
家族連れ、学生、社会人。
「思ったより大きいですね……。」
「ここなら、時間潰せそう。」
中に入ると、空気が一変する。
外の寒さとは違う、暖かく落ち着いた空間。
「まず、どこから回る?」
「一階からがいいです!」
一階は食品フロアだった。
焼き菓子、パン、惣菜の匂いが混ざる。
「……これ、美味しそう。」
結が手に取ったのは、素朴な焼き菓子。
「買いましょうよ、先輩。」
「そうだね。」
「休暇ですし。」
「それ、便利な言葉だね。」
笑い合いながらレジへ向かう。
二階では雑貨店に立ち寄り、
三階では服を眺める。
「……これ、似合うと思います。」
「え、私?」
「はい。」
結は一瞬戸惑いながらも、鏡を見る。
「……悪くない、かも。」
「ですよね。そうだ、写真撮りますね!」
そんな何気ないやり取りが、妙に楽しかった。
その後、映画館へ向かい、一本映画を観た。
暗い館内で、肩の力を抜いて座る時間。
任務のことを考えなくていい、貴重な時間。
上映後。
「面白かったですね!」
「うん。」
「また一緒に来ましょう!」
「次は、私の選ぶ映画でもいい?」
「もちろんです!」
とびきりの笑顔に、結は自然と微笑んだ。
夜の福島市内。
日が落ち、駅前の喧騒も少しずつ落ち着き始めていた。
「……そろそろ、ご飯にしようか。」
映画を見終え、歩き続けていた結がそう言う。
「ですね。結構歩きましたし。あそこなんかどうですか?」
玲奈が指さしたのは、通り沿いに灯りをともす焼き鳥屋だった。
「焼き鳥……悪くないね。」
「いいですか?」
「うん。入ろう。」
店内は、外の冷えた空気とは違い、ほどよく温かかった。
炭の匂いと、人の話し声が混ざる。
個室に案内され、二人は向かい合って座る。
「……こういう店、久しぶりだな。」
「先輩、忙しかったですもんね。」
メニューを眺めながら、結は少し迷ったあと口を開く。
「今日は……遠慮しなくていいよ。」
「え?」
「休暇だし。奢るよ。」
「ありがとうございます。」
注文を終え、料理を待つ間。
不思議と、会話が途切れなかった。
映画の感想、昼間見た店の話。
任務とは無関係な話題ばかり。
その流れのまま、結がふとメニューの端を見る。
「……玲奈。」
「はい?」
「お酒、飲んだことある?」
「少しだけです。」
「そっか……。」
一瞬考え込んでから、結は続ける。
「じゃあ……今日、ちょっとだけ飲んでみようかな。」
「大丈夫ですか?」
「無理そうだったら、すぐ止めるから。」
「……じゃあ、私も少し。」
無理のない、自然な決断だった。
料理と一緒に運ばれてきたグラス。
氷が小さく音を立てる。
「……乾杯、する?」
「はい。」
「乾杯。」
軽く触れ合う音。
結は一口、ゆっくり飲む。
「……思ったより、飲みやすい。」
「ですね。」
「苦手だと思ってたんだけど……。」
会話は続く。
食事も進む。
だが、結の言葉の間隔が、少しずつ長くなっていく。
「……あれ。」
「どうしました?」
「頭が……少し、軽い。」
頬に、じんわりと赤みが差す。
「先輩、顔赤いですよ。」
「……そう?」
笑いながらもう一口。
その頃には、視線の動きも、ほんの少しだけ遅れていた。
時間が経つにつれ、結の姿勢が変わる。
背もたれに深くもたれ、力が抜ける。
「……ねえ、玲奈。」
「はい。」
「今日……静かだよね。」
「そうですね。」
「こういう夜……嫌いじゃない。」
声が、いつもより柔らかい。
「……考えなくていいって、楽。」
「休暇、ですから。」
結は小さく笑い、グラスを見つめる。
「……1週間前のあの時」
「?」
「あの事件。」
少しだけ間が空く。
「……玲奈がいなかったら、私……。」
言葉が途切れ、結は一度、息を吸う。
「……怖かった。」
自然に、過去へと話題が流れた。
翌朝
同市内・ホテル
朝の光が結を照らす。
「……あー……。」
昨夜の記憶が、途切れ途切れに戻ってくる。
(……お酒……。)
隣のベッドに視線を向けると、すでに玲奈は起きていた。
いつもの制服ではなく、ラフな服装で、窓際に立っている。
「おはようございます、先輩。」
「……お、おはよう。」
結は身体を起こし、額に手を当てた。
「……やっぱり、飲みすぎたな。」
「自覚、あるんですね。」
「ある……。」
一瞬、間が空く。
「……私、昨日。」
「はい?」
「……変なこと、言ってなかった?」
少し早口だった。
玲奈はその様子を見て、小さく首をかしげる。
「変、というほどでは。」
「ほんとに?」
「はい。」
結はほっとしたように息を吐きかけてから、
しかしすぐに視線を逸らす。
「……じゃあ、その……。」
言葉を探すように、視線が泳ぐ。
「……ああいうのは、普段は言わないから。」
耳まで赤くなっているのが、自分でも分かる。
「……酔ってたし。」
言い訳めいた言葉を付け足す。
玲奈は、少しだけ微笑んだ。
「でも、先輩らしかったです。」
「……え。」
結は一瞬、動きを止めた。
「らしい、って……。」
「ちゃんと、前を見てて。」
「……。」
結は顔を背け、咳払いを一つ。
「……そういうの、朝から言わないで。」
「照れてます?」
「照れてない。」
即答だった。
が、その声は少し上ずっていた。
玲奈はそれ以上、何も言わない。
ただ、窓の外を見る。
「……昨日、楽しかったですね。」
「……うん。」
短く返しながら、結は小さく笑った。
「……また、行こっか。」
「はい。」
朝の福島市は、穏やかで、何も起きていないように見えた。
けれど二人とも、
昨日よりほんの少しだけ、距離が縮まったことを感じていた。
次回に続く....




