第8話 つくば
公園の歩道をゆっくり一周したころ、
雫が腕時計をちらりと見た。
「……そろそろ戻らないと、主任に怒られちゃうかも」
「雫って意外と真面目だよね。昔はもっとルーズだった気がするけど」
「ひどっ。大人になったって言ってほしいんだけど」
「その可能性は……あるかも」
「“あるかも”じゃなくて、“ある”でしょ!」
結が苦笑すると、雫は頬をふくらませながらも楽しそうに笑った。
二人は箒を呼び出し、ふわりと空へ舞い上がる。
木々の上を滑るように飛び、朝の光がつくばの街並みを照らす。
研究所が見えてきたころ、雫がぽつりと言った。
「……ねえ結」
「ん?」
「こうやって並んで飛ぶの、久しぶりだね」
「学生の頃はよくやってたな····」
「うん。結が先に行って、私が“待ってよー!”って叫んでた」
「……そんなこともあった」
雫は小さく笑う。
「今は並んで飛べてる。……ちょっとは成長したでしょ、私」
「雫は昔から雫だよ。変わらない」
「変わってないって……褒めてる?」
「もちろん」
雫は耳まで赤くし、そっぽを向いた。
「──解析戻ろっか! 今日も山積み!」
「雫こそ忙しいじゃん」
「結だって。“現場寄りの人間”が何言ってるの」
研究所の上空に着地し、自動ドアが開いた。
「結、あとで昨日の現場データまとめるから、報告書の確認お願いね」
「助かる。……雫がいてくれて良かった」
「っ……! だから急にそういうこと言わないでって!」
雫は真っ赤な顔で結の腕を軽く叩いた。
「痛いって……」
「知らない!」
でも、横顔は嬉しそうだった。
夕方・水戸のマンション
研究所での仕事を終え、結はマンションへ戻った。
「……やっと帰れた」
鍵を開けると、元気な声が飛んでくる。
「先輩! おかえりなさいっ! 靴、ちゃんと揃えてくださいね!」
「はいはい……ただいま、玲奈」
キッチンから顔を出した玲奈は三角巾とエプロン姿。
テーブルには湯気の立つ味噌汁が並んでいた。
「夕飯できてます! 今日は私が作りました!」
「ほんとに!?」
「むっ……ちょっと疑いました?」
「いや、楽しみって意味だよ」
「ならよし!」
夕食が始まる。
「……おいしい。味噌、変えた?」
「気づきました? 茨城の味噌なんです。香りが好きで」
「落ち着く味だな····」
玲奈はじーっと結を見つめてくる。
「……どうかした?」
「今日、雫さんと仕事だったんですよね?」
「うん。解析の確認でね」
「同期……なんですよね。仲良さそうで……少しだけ羨ましいかも」
「玲奈……」
「べ、べつに嫉妬じゃないです!
ただ……私ももっと先輩と肩並べられるくらい強くなりたくて!」
結は笑って箸を置く。
「もう十分やれてるよ。昨日の対応だって良かった」
「……ほんとですか?」
「ほんと。頼りにしてる」
玲奈の顔がぱっと明るくなる。
「へへ……もっと頑張ります」
夕食後、二人はそれぞれリラックスした時間を過ごした。
玲奈が魔力光の練習をして、
ぽんっと弾けて前髪が浮く。
「わっ……また失敗……」
結は笑いながら玲奈の前髪を整える。
「焦らなくていいよ。ゆっくりで」
「先輩、優しい……」
夜は穏やかに更けていく。
翌朝
結は目を覚まし、キッチンからの音に気づく。
「……玲奈?」
エプロン姿の玲奈がフライパンを振っていた。
「あ、おはようございます先輩! 目玉焼き二つでいいですか?」
「ありがと。助かるよ」
「昨日お世話になったので、ちゃんとお返しです!」
朝食のあと、玲奈が言う。
「先輩は今日も研究所ですよね?」
「うん。解析の続き」
「私は今日は水戸支局で日直です。書類整理が多くて……」
「そっか。気をつけてね。」
「はい!」
マンション前で手を振り合い、二人はそれぞれ職場へ向かった。
結が空へ上がった瞬間──眉を寄せる。
(……魔力の流れが、なんか……妙だ)
微弱な揺らぎ。
「嫌な予感がする」
つくば市・魔力犯罪捜査研究所
自動ドアを抜けた瞬間、
ちょうど雫が書類を抱えて出てくる。
「あ、結! おはよ!」
「なんか今日は騒がしいね。」
「気づいた? 今朝、大きめの情報が入ったの」
雫は声を潜める。
「茨城県内で、魔力異常の連続検知。全部微弱だけど、“連続性”がある」
「誰かが動いてる可能性が高いな····」
「それと……」
雫はファイルを開く。
「昨日22時半、水戸市内で明確な波形がひとつ。
……結のマンションから、そう遠くない場所」
「……っ」
「偶然かもしれない。でも警戒して。
玲奈ちゃんにも、帰り遅くなるなら気をつけるよう言って」
「分かった」
結は歩きながら思う。
(玲奈の生活圏の近くで……魔力反応。偶然じゃない)
静かな朝は、既に終わっていた。




