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魔法を失った日

この世界において、魔女は絶滅危惧種である。


過去に魔女狩りが行われたため、魔女同士の結びつきも希薄となり、いまでは一体何人の魔女が残っているのか、予測も出来ない。


魔女は人ならざる力、魔法を使う。


魔法を使うために、魔女は栄養を必要とする。


ある魔女は、カエルのゲップであったり、ある魔女は若い女の血だったりして、様々だ。



魔女は、正しく栄養を取れないと「魔女として」死んでしまう。


今どき、世間に知られている情報はこの程度であり、もはや半ばおとぎ話と化していた。



「この、魔女めっっ!!!!」


はい、魔女です。


「知ってるぞ、おまえが悪しき術を使ってることを!!!!!」


大正解です。


「お前せいで俺を人生は最悪だ、この魔女が!!!」


……その通り。帰す言葉も何も無い。


「許さない、お前を殺してやる!!!!」



あぁ、それは、やめて?





もうこの流れもテンプレートと化している。


どこからか取りだした刃物を固く握り締め、こちらに向かってくる男をみて、冷静に居られるくらいは。


「う、う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーー!!」


私の対処法も決まっている。


ただ、薄汚れたマントから顔を出し、目を、合わせればいい。


すると、決まって最初はみんな動きが止まり、直後にだらりと脱力する。


これで魔法は発動した。


「魅了の魔女、アイズが命じる。ここでのことを忘れ、二度と私と関わることなく、真っ当で善良な平民として生きなさい。」


「……はい。」


男は何事も無かったように動き出した。


男が去ると、家は静寂に包まれた。


ニャー。


「そうね、そろそろここもやばいし、引っ越そうか」


猫のミャーゴの頭を撫でながら、私は疲労からどっと息を吐いた。


「の前に、サーシャル孤児院にお金を渡してこなきゃね」


今月は、先月よりも稼げなかったが、それでも貴族から巻き上げた金だ。

きっと、足りるだろう。



翌日、私は馬車を乗り継いで生まれ育った私の故郷、サーシャル孤児院に向かった。


孤児院の借金返済のために故郷を出たのが、ちょうど5年前。


子供たちはすくすくと育ち、孤児院の借金ももうすぐ返しきれる。


そしたら、私はどうしようか。


私は馬車に揺られながら、そんなことを考えた。


孤児院に戻る?いや、ダメだ。

新しい仕事を探す?それも難しい。


やはり、今の仕事を続けるしかないのだろうか。けど、いつまで持つか分からない。



「ありがとうございました」


そう言って馬車を降りると、胡散臭げに軽蔑の眼差しを貰った。


そりゃ、当然だ。


頭からつま先まですっぽり隠れるローブを羽織り、マスクで目と口を隠している奴なんて、得体が知れない。




……別に、気にしていない。




しばらく歩くと、孤児院の赤い屋根が見えた。


なんとも言えない懐かしさが胸の中から込み上げてくる。


「アイズお姉ちゃん?」


1人の女の子がそう呟くと、周囲の子供たちは一斉にこっちを見た。


「うん、やっぱりお姉ちゃんだ!」


正直驚いた。どうして分かったのだろう。


「お姉ちゃん!」


「おかえりー」


「一緒に遊ぼう?」


「みてみて、4つ葉のクローバー見つけたの」


あっという間に子供たちに取り囲まれて、心が満たされて、身体中がくすぐったいくらいの幸せに包まれた。


「みんなただいま。でも、ごめんね。もう行かないと行けないの。」


『えぇ〜!?』


「またなの?」


「遊んでよ!」


あぁ、可愛い。あまりの可愛さに心が揺らいでしまう。


「うーん、じゃあーー」


「アイズ!」


思わず顔を上げると、そこには院長先生がいた。


「こんにちは、先生」


先生の顔は険しかった。


「助けておくれ、アイズ」


軽く体を預けてくる院長先生をそっと抱きしめながら、困惑する。


そんな私に応えるように、院の中で最年長のコニーが言った。


「さっきね、怖い感じのおじさんがいっぱい来たの。いつもの借金取りとは違う人だったよ」


他の子も口々に続く。


「剣持ってた!」


「騎士様みたいでかっこいいよー」


「イケメンいたぁ」


すると、調度良いタイミングで、院の中から複数の男性が現れた。


「待ちなさい!ドリュミュン院長!」


ただならぬ雰囲気だ。私は震える院長先生を後ろにやり、1歩前に出た。


当然現れた怪しげな人間に、男たちも足を止める。


「どちら様か存じ上げませんが、そこをおどき下さい。我々はそこのテリー・ドリュミュンに用があるのです」


「ご要件は私がお伺い致します」


男たちは軽く目を見張った。


私は声すらも相手を魅了する。できるだけ会話は避けたい。


「子供たちもおりますので、どうか乱暴はご容赦いただきたい。お話は応接室でお伺い致します」


「話し合いは不要です。そこをどいてください」


剣を軽く手にかけ、その刃をチラつかせる。


「なっ!?子供たちの前で、なんてものを!!」


私が女だから、ビビってどくとでも思っているのだろう。

これは脅しだ。

もちろん彼らが血なまぐさいことを引き起こすことはない。


が、周りはそう冷静にはいられない。


「キャー!!」


「うぇぇぇん」


ただならぬ雰囲気に泣き出してしまう子供たちが続出。


「みんな落ち着いて!」


なんとかコニーがみんなを宥めているけど……。


「や、やめとくれ。死にたくないぃ〜」


問題は院長先生だ。


「落ち着いてください、先生。大丈夫です、私がお守りしますから」


「やだ、殺さないで、殺さないで!!」


錯乱していのか、私のローブを強く引っ張ってくる。

「やめてください、先生!」


困る。本当に困る。万が一にもローブが落ちたら、顔を、体を晒してしまったら……!


やはり、魅了を使うべき?けど、一度にこの人数は……。


「その女に、借金があるのはご存知ですか?」


ふと、恐ろしいほど美しいアルト声が響いた。


声の主はヒールをカツカツと響かせて、男たちの前に躍り出た。


パンツ姿が似合う長身の女性。

その瞳はまるで琥珀のようで、本能が囁いた。



彼女は「魔女」であると。




「え、ええ、知ってますけど」


初めて会った同類。美しく堂々としていて、カッコイイ。




私とは、全然違う。




なんだか自分がとてもちっぽけに見えて、恥ずかしくて、いたたまれなくて、とても魔法を使おうだなんて思えなかった。


「あら、ご存知でしたの?なら、どうしてそこをどいて下さらないの?」


「え?」


「その女は我が商会から借金をしていますの。しかし、本人はまったく返す気がないようで。むしろ、増えるばかり。ほら、先月もサファイヤのネックレスをご購入されていますわ」


「……は?」


「8日前は賭博で500万ジュエルを使ってしまったようで」


500万……?私が、先月渡したお金はいくらだったっけ?


突如、ものすごい力で体を反転させられ、院長先生と向き合った。


先生に掴まれた両肩が痛い。


「ち、違うのよアイズ。ただ、お金を増やそうと思って。あ、あなたに頼りっぱなしじゃいけないと思ったの。今回は、たまたま、そう!たまたま失敗しちゃっただけでーー」


何を言っているのだろう、この人は。


「……その女は最初、窃盗の罪で罰金刑に処せられていました。しかしテリー・ドリュミュンはーー」


半ば放心していたから、細かいことは覚えていないが、

カッコイイ魔女が院長先生の身の上話を語り終えた時、私はどうすればいいのか分からなかった。


愛する先生は、ろくでなしだった。


私が自分を犠牲にして稼いできたお金は先生の宝石やら賭け事やらに消えていた。



けど、私はこの人に育てられたのだ。


私が、私だけでも、この人の味方になってあげなきゃ、この人が一人ぼっちになってしまう。


「どうしてどいて下さらないのかしら?もしかして、あなたもテリー・ドリュミュンの甘い蜜を啜っていたの?」


「……院長先生は、私の母親です」


どうにか絞り出した言葉は、怒りで震えていた。


「もうしばらく、待ってくれませんか。借金は必ずお返しします。だから、どうか」


「そのセリフは聞き飽きました。そう言って、お金が帰ってこないから来たのです」


胃が、キリキリする。


あと、何回魔法が使えるだろうか。どうにかして、金目のいい貴族を捕まえないと。


どうにかして、借金を返さないと。


「……金?」


院長先生がポツリと呟いた。


「かね、金ならあります!!」


耳元で叫ばないで欲しい。


「そうなんですか、先生?一体どれくらいーー」


振り返って後悔した。先生は私を見ていた。


恍惚とした笑みを浮かべて。


「この子、この子をあげます!この子は物すごい美人なんです。どんな貴族にも劣らないくらい。いや、むしろどんな令嬢も目じゃありません!!」


「なにを言い出すかと思えば、この国では人身売買はーー」


「だって、この子は魅了の魔女ですから!!」


院長先生は1呼吸も間に挟まずにそう捲したてると、私からローブを剥ぎ取った。


私はその勢いに地面に倒れる。



場が鎮まりかえった。














「え?」











沈黙を破ったのは院長先生だった。


「な、なによ、これ」


視線がささる。子供たちが悲鳴をあげる。


その瞬間、なにも見えなくなった。












「魅了」を、失った。

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