「ローマの休日」のスローリーディング その5
◎場面2
アン王女、宿泊先の大使館からケイタリング業者のオート三輪に忍び込んで脱出し、人でにぎわうローマの夜の町に出る。
◎今回の場面では会話のシーンがなく、よってセリフはない
(チョットひとこと)
〇夜、王女は大使館内に停まっていたケイタリング業者のオート三輪に忍び込んで脱出に成功する。
オート三輪の荷台にはイタリア語でドメニコ・ピッツァッティと大書され、その文字の下にはリンフレスキとある。ドメニコ・ピッツァッティとはこのケイタリング業者の名前であろうし、
リンフレスキとは軽い飲み物と言う意味で、要するにここではケイタリング業者であることを示している。荷台にはフレーバーワインのベルモットで知られるチンザノの箱が積まれているのが見える。
チンザノがあることからすると、その晩、大使館で行われたアン王女の歓迎レセプションで出された飲み物の中にはチンザノを使ったカクテルのマティーニやマンハッタンもあったと想像される。
〇このオート三輪と言う乗り物、最近ではあまり見かけることはなくなったがこの映画が公開された1953年のこの映画の当時は日本でも大いに活躍していた乗り物で、要するにオートバイに荷台をくっつけたもの。
フェリーニ監督のイタリア映画「道」で旅芸人のザンパノが乗っていたのも、このケータリング業者のよりはずっとみすぼらしくはあったがオート三輪だった。
又、一瞬映る業者のナンバープレートはこうなっている。
Roma12 4217
このようなナンバープレートはEUに統合された現在、イタリアでは見かけることはなくなった。
このシーンでオート三輪を運転していたのは荷台に名前が書かれていたドメニコ・ピッツァッティその人であろうと私は考えている。理由は運転席に乗り込む際に一瞬横じまの半袖シャツ姿が映るだけで、演技は必要ないからである。
この作品はイタリアでは「ローマの休日」を直訳した「ヴァカンツェ・ロマーネ」というタイトルで公開された。ヴァカンツェは「休日」を意味するヴァカンツァの複数形。
自分が登場するシーンがイタリア中に流れてドメニコはさぞかし鼻高々だったことだろう。
〇さて荷台に乗りこんだ王女は外を珍しそうに見回し、後ろを走っているカップルが乗ったスクーターに手を振る。当時はヘルメット着用が義務付けられていなかったので当然ながらカップルの二人はノーヘル。このスクーターがイタリアの名車ベスパで、後のシーンではアン王女自身これを運転することになる。
1993年、大腸がんのために63歳の若さでスイスの自宅で亡くなったヘプバーンは、2019年5月4日で生誕90年を迎えたが、それを記念した展覧会が彼女の生まれ故郷のベルギー・ブリュッセルで行われた。
その展覧会場で息子のショーン・ヘプバーン・ファーラ―氏が「ローマの休日」でヘプバーンが撮影で乗ったベスパにまたがっている写真を見た。
モノクロの映画では分からなかったがスクーターの色はモスグリーン。小型のスクーターであり、170センチのヘプバーンと190センチのグレゴリー・ペックがよくこんな小さなスクーターに二人乗り出来たものだと感心させられる。




