「ローマの休日」のスローリーディング その3
◎場面1 その3
ヨーロッパ親善旅行の最終訪問地、イタリアの首都ローマ。舞踏会を終えた夜、宿舎となった大使館のアン王女の寝室。アン王女と秘書役の伯爵夫人。
アンはついに抑えていた感情を爆発させる。
(英語のセリフ)
〇伯爵夫人:Ten fifty-five, the Newfoundling Home For Orphans. You will preside over the laying of the cornerstone; same speech as last Monday.
〇アン王女:Trade relations?
〇伯爵夫人:Yes.
〇アン王女: For the orphans?
〇伯爵夫人: No, no, the other one.
〇アン王女:Youth and progress'.
〇伯爵夫人:Precisely. Eleven forty-five, back here to rest. No, that's wrong... eleven forty-five, conference here with the press.
〇アン王女:Sweetness and decency'
〇伯爵夫人:One o'clock sharp, lunch with the Foreign Ministry. You will wear your white lace and carry a small bouquet of (& ANN) very small pink roses. Three-o five, presentation of a plaque.
〇アン王女:Thank you.
〇伯爵夫人:Four-ten, review special guard of Carabiniere Police.
〇アン王女:No, thank you.
〇伯爵夫人:Four forty-five
〇アン王女:How do you do?
〇伯爵夫人:back here to change
〇アン王女:Charmed
〇伯爵夫人:to your uniform
〇アン王女:So happy
〇伯爵夫人:to meet the international-.
〇アン王女:STOP!!! Please stop! stop...!
(私訳)
〇伯爵夫人:10時45分、新しく開設される孤児院で定礎式を主催していただきます。前の月曜日と同じスピーチをお願いいたします。
〇アン王女:貿易関係の?
〇伯爵夫人:さようでございます
〇アン王女:孤児に?
〇伯爵夫人:間違えました。別のほうです
〇アン王女:若者と進歩
〇伯爵夫人:さようでございます。11時45分、こちらに戻ってご休憩。いや、間違えました。11時45分、こちらで記者会見
〇アン王女:温厚さと品位
〇伯爵夫人:1時ちょうどには外交官との昼食。お召し物は白のレースに小さな「ピンクのバラの」ブーケ。3時5分に額の贈呈
〇アン王女:有り難うございます
〇伯爵夫人:4時10分に治安警察の閲兵
〇アン王女:辞退いたします
〇伯爵夫人:4時45分…
〇アン王女:はじめまして
〇伯爵夫人:着替えに戻ります…
〇アン王女:お会いできて光栄です
〇伯爵夫人:礼服に…
〇アン王女:嬉しゅうございます
〇伯爵夫人:出席するために、国際…
〇アン王女:やめて! やめて頂戴!
(ちょっとひとこと)
◎朝食について
1:世話役の伯爵夫人はアン王女に翌日のスケジュールを説明している。
「8時30分、大使館のスタッフとこちらで朝食」
昼食はと言うと
「1時ちょうど(ワン・オクロック・シャープ)、外交官と昼食」
つまりアン王女は、朝食も昼食も一人でゆっくりと楽しむことは出来ず、決められた時間に初対面の人たちの視線の中で食べなければならなかったのだ。
ヘプバーンの映画で朝食というと、「ローマの休日」から8年後の1961年公開のブレイク・エドワーズ監督作品「ティファニーで朝食を」が頭に浮かぶ。
出演はヘプバーンの他にジョージ・ペパード、パトリシア・ニール他。
ファーストシーンは早朝のひとけのないニューヨークの繁華街。
タクシーから降りたホリー・ゴライトリー(ヘプバーン)は宝飾店のティファニーのショーウインドーの前に立ち、紙袋から紙コップに入ったコーヒーとクロワッサン―クロワッサンにしてはいささか平べったいのでデニッシュ生地のパンだろうか―を取り出し立ったままで食べる。
タイトルバックに流れるのがヘンリー・マンシーニ作曲の「ムーン・リバー」。
この曲はその後アンディ・ウィリアムスのおはこになったが、1960年代の後半、NHKでも放映された「アンディ・ウィリアムス・ショー」のオープニング曲がムーン・リバーだったと記憶している。
ともあれ「ティファニーで朝食を」における路上での立ち食いで、ヘプバーンは「ローマの休日」の他人の視線の中で食べなければならない、気の張る朝飯のうっぷんを存分に晴らすことが出来たのだ。
ローマでのアン王女を憐れんで私が詠んだ歌がある。
「願わくば街のバールで立ったまま カップチーノにクロワッサン」
2:朝食シーンが印象的な映画と言うと私には二つある。
一つはボクシング映画の「ロッキー」。
目覚まし時計の音で目を覚ましたロッキーが寝ボケ眼をこすりながらコップに卵を割り入れていく。
それも五つも。
それを一気飲みしてロッキーは朝まだきの通りに駆け出して行く。
卵かけご飯を長年溺愛してきた私ではあるが、しょうゆも温飯もない、生卵五個の一気飲みはさすがにオエッと思わざるを得なかった。
今一つは「クレイマー、クレイマー」。
夫に愛想を尽かして妻が出ていった家で、ダスティン・ホフマン演じる夫が登校前の息子にフレンチトーストを作ってやるドタバタシーン。
シンプルな食べ物ほど個々人のこだわりは強く、これは洋の東西を問わないということがこの場面で分かった。
食べ方へのこだわりと言えば納豆などはその代表と言え、添付のたれを使うか、古来の伝統を守って醤油にするか、辛子を入れるか入れないか、はてはかきまぜ方についても時計回りを正統とし途中での逆回転は糸引きに影響するとしてこれを禁じている人もいた。かき混ぜる回数を厳格に守る人もいた。
食べ方も納豆と飯を最初にごちゃ混ぜにする人もいれば、飯の上に均等に広げ端から垂直露天掘り方式で端正に食べる人など、様々なタイプをこれまで様々な場所で見て来た。
3:私が沼津市に住んでいた時、知り合いに美食家で知られる医師がいた。
沼津港では魚市場で働く人たちの為に早朝から食べ物屋が店を開けていた。
その医師は自らミニコミ誌を発行しており、そこに食のエッセイを連載していた。
ある号のエッセイのタイトルは「朝の寿司」だった。
朝、沼津港で競り落とされたばかりの新鮮な魚介を、市場内のすし屋で早朝に、酒と共につまむ醍醐味が綴られていた。
それを読んだ20代だった私はロッキーの生卵ほどではないにせよかなりウエッとなった。
「朝から生魚!」
しかしそれから20年後、沼津を去る頃には朝から寿司、刺身をごく通常の顔つきで食べられる域に達した。港町沼津に暮らし、早朝の魚市場での食事に親しんだおかげで朝から天丼もいけるようになったし、カツ丼も朝から絶好調で胃袋に収まるようになった。午前二時ごろから仕事をしている魚市場の人は一仕事終えた朝食にヘビー級の食べ物をとる人が多く、朱に交わった私は赤く染まったのだ。
胃袋が大きくなった代償としてヘプバーンがティファニーのショーウインドーの前で立ったまま口にしたコーヒーとクロワッサンなどは鶏の餌ぐらいにしか思えなくなった。
「クレイマー、クレイマー」のフレンチトーストも子供たちが成長して家を出た後、我々夫婦二人の食卓からは姿を消した。
「ロッキー」の生卵五個の一気飲みは今だに私には無縁の朝食だ。




