第1話:赤い薬瓶と青い斑点
薄暗い天井、湿った空気、錆びた木の香り。
「……ここは……?」
小路紗夜は目を開けた瞬間、自分の身体が軽くなったことに気づいた。鏡の前に立つと、見知らぬ少女の顔が自分を見返している――十六歳の貴族令嬢の顔。
「え、私……転生?!」
現代の大学で学んだ薬学の知識が、突然、この異世界で役立つとは誰が思っただろう。
王都フロレインでは、ここ数日、貴族も庶民も青い斑点と嘔吐に悩まされていた。原因不明の症状に、王城は表向き「疫病の疑い」と発表したものの、裏では情報を隠蔽。
紗夜は自室にある薬材を取り出し、現代知識を駆使して簡易薬を調合する。
「水銀や硫黄は使えない……まずは解毒と抗炎症から……」
手際よく薬を作る紗夜。手元の小瓶に赤い液体が静かに注がれる。
最初の患者は貧民街の少女。顔に青い斑点が広がり、呼吸も浅い。
「怖がらないで……大丈夫、薬で助けるから」
紗夜は薬を口に含ませると、少女の顔色が徐々に戻っていく。
その光景を見た近くの人々は驚きと恐怖の入り混じった視線を向ける。
「この子……普通じゃない」
調合を進める中、紗夜は共通点に気づく。
「……この症状、香水の成分と一致する……」
青い斑点の患者は全員、ある貴族が嗜んでいた特定の香料を使った香水に触れていたのだ。王都の華やかさの裏に潜む、毒の糸。
「なるほど……これが事件の始まりか」
紗夜の目が鋭く光る。知識と観察眼が、この異世界で初めて活かされる瞬間だった。
その夜、紗夜の元に一通の手紙が届く。
「貴女の薬は、王都の秘密を暴く鍵となる――第二王子より」
未知の世界、未知の毒、未知の陰謀。紗夜は静かに決意する。
「……誰も死なせない。必ず解いてみせる」
赤い薬瓶と青い斑点――最初の謎は、すでに紗夜の手に握られていた。




