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5:商人ギルド

いつもご覧いただきありがとうございます。


 すっかり夜更け、トドルの街の門は人が一人通れるか程度しか開いていない。馬車一台のために門を開くことはなく、明日の朝まで城郭の外で待ちぼうけだ。そうして待機している馬車が他にも二つ、三つ泊まっていた。朝になるまでの間、グリューはワインスともう少し自己紹介をし合った。

 ファンリエッタの【不幸のグリュー】は知られていなかったが、【幸運のグリュー】は聞いたことがあるらしい。やはり、成功者の噂は巡るのだ。


「なんだ、お前さんそれなりに浮き沈みの激しい人生送ってるんだなぁ」


 ワインスの荷物の中、食料として積んでいた青い果実を二人で齧りながら話す。少し酸っぱいが瑞々しくて喉が潤う。水はないが酒はあるというので、お互いに一杯だけ飲むことにした。もらってばかりは居心地が悪いので、早いところ腕を振るいたいと思う。この三年、こんな前向きになったことはなかった。


「そんなわけで【不幸のグリュー】はファンリエッタで居場所を無くして、今は子竜を抱えてるってわけ」

「とんでもない人生だな」


 御者台でランタンの明かりの中、篝火の焚かれた門を眺めながら二人で笑う。


「ワインスは二十年遍歴商人をしてるんだろ? よく今まで無事だったな。遍歴商人なんて盗賊からしたら狙いやすそうなもんなのに」

「わはは! そらぁお前、この見た目さ! 髪があった時は男前過ぎてだめでな、思い切ってこれにしたら、全然絡まれなくなったぞ!」

「あぁ、腕も太いし強そうに見えるもんなぁ」


 乙女のように走って逃げていった姿からすると、本質はまったく別なのだろう。冒険者も商人も、虚勢が大事ということか。


「子竜ちゃんは起きねぇのか?」


 そわそわとグリューの胸元を覗き込むワインスに釣られて顎を引いて覗き込んだ。ランタンの明かりがほんの少し淡い紫の鱗をちらちらさせて綺麗だ。肌に触れる鱗は柔らかい。一度、狩られた竜の素材を見学させてもらったが、剣すら弾く硬いものだった。いつかこいつも硬くなるのだろうか。薄い腹の皮がぷく、ぷく、と膨らみ、くーぷぅ、と変な寝息を零しているのを、ずっと見ていられるような気がした。お互い、奇妙な出会いだったよな、とグリューは独り言ちる。


「起きねぇなぁ」


 ワインスはつまらなそうにランタンを引き戻し、再び御者台の屋根に掛けた。動いたら動いたでワインスは逃げそうな気がするが、こうして眠っている姿は可愛く見えるらしい。無害に見える小さな生きものが可愛く思えるのはきっと、どの生きものでも同じなのだろう。ワインスは酒を舐めながら尋ねてきた。


「わしは良識のある遍歴商人だ、と言ってから言わせてもらうが、グリューよ、お前さん、こいつを売ろうとは思わなかったのか。お前さんの口ぶりじゃぁ、手放す気もないんだろう?」

「あぁ、そうだな。託されたような、縋られたような、なんだろうな、やっぱり責任感なんだと思うんだけどよ」


 こう、全身を預けられると弱いのだ。ここは安全だと言わんばかり、胸元で眠る子竜を摘まみ上げて檻に入れるなどできない。こういう甘いところもまた冒険者としてはうだつが上がらない理由だ。元相棒にはもっと自分の利益を考えた方がいい、と苦言も呈されていた。けれど、グリューは誰かを押し退けてまで何かを得ようとは思っていない。だからこそ、狩り場争いと競争の多いダンジョンに頼らないという方針に変えた。相棒といたダンジョンでは気にもならなかったが、ソロだといろいろきつかった。その選択が正しいかは知らないが、今こうして子竜とワインスに出会えたのでどうにかなるだろう。生来の楽観的思考が勝った。

 ワインスはううむ、と唸った後、髪のない頭を摩った。


「子竜ちゃんが目立たないうちに、移動をした方がいいかもしれんなぁ」

「あんまり早く大きくなられても困るよな。でもよ、それだとワインスがいろいろ見て回りたい、って目的を急かすことになるんじゃないか? 本当にいいのかよ」

「まぁ構わん、構わん、二十年もこの大陸にいりゃ、それなりに『こういんもんだな』と飽きはするもんだ」


 なんとも贅沢な感想だとグリューが思うのは、きっと自分の世界が狭いからだろう。故郷と、相棒と、ダンジョンと、ファンリエッタ。星の薄くなり始めた空を見上げ、呟いた。


「そうだな、いろいろか。こいつに見せてやってもいいかもしんねぇな」

「一端に親父の顔しやがって」


 ワインスが笑い、グリューは苦笑を浮かべた。子竜はただ眠り続けていた。


 翌朝、門が開き荷物の検品を受け、身分証を提示してトドルの街に入った。子竜のいる胸元が目立たないよう、体に掛ける袋状の鞄を胸元に持ってきて誤魔化した。財布を取り出して空っぽの中身を見せれば憐憫を浮かべられ、グリューの荷物検査は簡単に終わった。途中で起きたらどうしようかと心配したものの、子竜はグリューの肌に腹をくっつけてずっと眠っていた。寝相が悪いらしく、尻尾がわき腹に垂れてきてくすぐったく、腕を突っ込んで位置を何度か直した。革の防具のベルトを緩め、みぞおちあたりに上手く収まるようにすれば、どこでもいいらしい、子竜はやはりぴったりとくっついたまま眠っていた。

 トドルの街は交易の街だ。十年前には近くにダンジョンがあったらしいが、攻略が進み、踏破され、消えた。それ以降発生することもなく交易へ切り替えた街だ。かつての熱気に比べれば穏やかなものの、かつてダンジョンのあった都市、というだけであと五年は食えるだろう。その当時の名残で街はかなり堅牢にできている。


「さて、そいじゃぁまずは専属契約の手続きだな」

「おう! 頑張って働いて飯代くらいは稼ぐぜ」

「頼んだぞぉグリュー!」


 ワインスの豪快な笑い方は人目を引く。御者台に乗ったままだったグリューはついていく、と言い、そこを降りた。幌馬車に乗り込む浮浪者や盗みを働こうとする不埒者がいたりするので、この場合、馬車の後ろにつくのが専属の冒険者の正しい位置だ。ワインスのあの豪快な笑い方もまた、人目を引き、第三者を監視の目とする目的だろうと思い、グリューは頬を掻く。商人としてかなり優秀な人に拾われたのではないだろうか。こうなってくるとグリューの方が『なぜあんな冒険者を』と言われかねない。気を引き締めて護衛に立った。

 トドルの街の大通りは石畳が敷かれていて馬車が走りやすい。荷馬車を引く人もいて、様々なやり取りが見える。街の近く、グリューたちが来たのとは別の方角に川があるらしく、新鮮な川魚も売られている。ファンリエッタでは食べられないものだ、久々に食べたくなった。食い扶持を稼いであれも食べよう、こいつも食うかな、と服の上から子竜を撫でた。石造りの家が連なった道を行き、街の中心部まで一直線。そこから波状に道が広がっていてそれぞれが目的の道を行く。初めての街だ、グリューは標識を見ないとわからない。ワインスの指示に従って馬のバーバラが行き先を変え、グリューは通りすがりに標識を確認した。商人街、と書かれた方向だ。目的が専属契約なので当然と言えばそうか。

 ガシャガシャ金属の音を立てて通り過ぎる冒険者たちが目に入る。商人街から戻ってくるのは買い物を終えた証拠だ。冒険者たちの会話に少し耳を傾けた。


「ファンリエッタのあたりはダンジョンがいくつかあるもんな」

「どんなダンジョンなんだろうね」

「便利なものでるかなぁ」


 これからの未来と新しい冒険に目を輝かせる若者が眩しい。グリューとてまだ若い方だが、酸いも甘いも嚙み分けてしまったがために、そっと目を逸らした。自分は、上位者として選ばれる者ではなかった。それだけだ。


「グリュー、着いたぞ! 迷子んなってねぇか!?」


 前の方からワインスの声が聞こえ、ハッとした。


「いるいる! 大丈夫だ! 馬車どうするんだ?」

「お預かりします」


 問えば、ひょこりと商人ギルドの制服を着た男が顔を出した。驚いて変な声を出してしまったが、男は気にせずぺこりとお辞儀をした。貴重品の入った鞄を手にしたワインスがそのグリューの背後に立ち、もう一度変な声を出す。


「わはは、商人ギルドは初めてか? すまんな、頼むぞ!」

「はい、承りました」


 チャリ、とワインスが金を渡す。こうして馬車と馬を責任もって預かってもらうらしい。グリューは呼ばれるままにワインスについていった。商人ギルドは、冒険者ギルドとは違い、掃除が行き届いていて空気まで綺麗な気がした。ピシッとした制服を身に纏うギルド職員はキビキビと働いており、難しい専門用語を扱い、商人相手に契約書の作成や、商人同士の仲介をしたりと忙しそうだった。物珍しさにきょろきょろ見渡すグリューを見て、ワインスは首を傾げた。


「グリュー、お前さん、Cランクで商人ギルドに縁がなかったんか?」

「いつも冒険者ギルドに売ってたからな。それに、こう、商人ギルドって冒険者を下に見るだろ? 馬車馬のように働けって顔でよ」

「ううむ、そらぁ確かに否定できんわな」


 専属護衛兼冒険者は条件がいい。ただし、前述したように雇用主により、良し悪しはある。借金で首の回らなくなった冒険者が安い賃金と劣悪な環境で従事することもあり、要は奴隷のような扱いを受けることもあるのだ。冒険者にとってはそのマイナスのイメージが強く、そのため、実のところ、グリューとワインスのような提案と受諾は珍しい。


「そういう見られ方をさせねぇっつのも、商人の腕でもあるんだがなぁ」

「任せたぜ、おやっさん」


 つるっぱげの頭を摩りながらワインスはぼやき、グリューはその腕を叩く。おう、とワインスは胸を叩き、契約書を作成するカウンターできつそうな顔の女性に声を掛けた。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」

「専属護衛兼冒険者の契約書を作成したいんだが」

「かしこまりました。立ち会いが必要ですか? それとも、お部屋と書類一式でよろしいでしょうか?」

「部屋と書類一式を、もうほぼ話は詰めてあるんでな」


 承知いたしました、と女性は手早く紙を二枚、羽ペンとインク、小箱を取り出してテーブルに置いた。


「一式のお渡しとなります。金貨一枚お願いいたします」


 金貨一枚。グリューはぎょっとした。金貨一枚もあれば五か月分の家賃滞納を支払ってもまだ半分は残り、朝晩、きっと二か月はたらふく飯が食える。今のグリューには大金だ。ワインスはそれをサッと支払い、一式を受け取って部屋へ案内を受けた。その場で固まっているグリューは少し先で呼ばれ、慌ててついていった。


「ワインス、マジで俺馬車馬のように働きます……」

「わはは! 気にすんな! 冒険者が居りゃぁ、安全性も上がるってもんだ。遅すぎたくらいだ」


 そうは言われても後ろめたさはある。グリューは背を丸め、口端が引き攣った。グリューの様子にワインスはそっと肩を組み、囁いた。


「それによ、お前さんには、なかなか見られないもんを見せてもらうしな」


 ちらりと視線が胸元に行く。そうだな、とグリューは調子を取り戻して胸を撫でた。


「ま、そういうことなら」

「わはは! 現金な野郎だぜ!」


 こちらでどうぞ、と背後の喧騒にも表情を変えない職員に促され、二人で部屋に入り、扉を閉めた。



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