薬草
可哀そうに。
「やめておきなさい」
目の前で座り込む少年に、私はそう、言葉をかけた。
少年は地面に横たわる人間の腹に、泣きながら薬草をすりつけている。
「もう遅すぎる」
それを言うのは酷だったろう。よほどその人間に執着があるらしい。その両手はすりつぶした薬草と腹からにじむ肉片でぐちゃぐちゃになっていた。
「でも、でも……」
少年の目はこちらを向いているが、焦点は合っていない。顔は手に劣らず、涙と血と泥で覆われている。
「あんなに元気だったんだ、さっきまで……。大丈夫、まだ大丈夫。この薬草はよく効くんだ。すこし時間が経てばきっと……」
「無駄なことだ」
私は近寄って、横たわっている人間の様子を見てみた。
「全体的に出血過多だ。特に腹部の損傷がひどい。さっきまで元気だったのなら、最後の最後まで気力を振り絞ってたのだろう」
私は控えめに、その人間の瞼を閉じた。
これでようやく、死体は安らかな顔になった。
恐らく少年の治療(と思い込んでいた)行為も、大なり小なり状況を悪くしたには違いないが、それを言うほどの残酷さを私は持ち合わせていなかった。
「さあ行こう、ここにはなにもない」
「いやだ」
嗚咽まじりの声だが、そこには芯の強さが感じられた。
「まだ兄ちゃんと一緒にいたい」
そう言って少年は、その場を動こうとしなかった。
私は少し困って、眉根をひそませた。
「そうさせておきたいのはやまやまだが、もう日も暗い。このままうかうかしていたら、お前、獣に喰われてしまうぞ」
「いいんだ」
血で濡れた手で顔をぬぐう。顔はいっそう汚くなった。
「もう、何もない」
泣いた後の、ひきつるような深呼吸にまぎれて、少年はそう漏らした。その涙には、様々なものが含まれていたのだろう。
こうなってはなんともしようがない。私はしばらく無言で、少年のそばにいた。ただ、周囲に獣の気配がないかということだけは、絶えず気を配っていた。