第二話「トウガラシの火をまとえ」
「発酵鍛冶……だと?」
ヨイチはぽかんと口を開けた。ライラは真剣な表情でうなずく。
「伝説に残る技術。武器に漬物の“発酵力”を宿す異端の鍛冶術。菌と鉄の融合よ。まさか実在するとはね……!」
「そんな、ばあちゃんのぬか床に突っ込んだだけだぞ?」
「でも、それで毒属性の剣ができたんでしょ?偶然でも、それは本物よ」
ライラは毒剣ソラリスを布に包み、大切そうに抱えて工房を去った。ヨイチはその背中を見送りながら、胸の奥に奇妙な熱を感じていた。
(まさか、ぬか床で武器を作るなんて……でも、面白いかもしれない)
その夜、ヨイチは工房の隅にあった古びた鉄の小斧を手に取った。
「今度は……火属性、だな」
彼は戸棚から取り出した乾燥トウガラシを一掴み、ぬか床にぱらりと撒いた。赤い粉がぬかに沈み、異様な香りが広がる。
斧をそっと沈め、念入りに混ぜる。ぬか床は熱を帯びるようにほんのり暖かくなっていた。
「さあ……どうなるか、だな」
一晩が過ぎた。
翌朝、ぬか床のフタを開けた瞬間、もわっとした熱気とともに、鼻を刺す刺激臭が立ち上った。
「うわっ、辛っ! 目が……!」
涙をこすりながら、ヨイチはぬかの中から斧を引き上げた。
鉄の斧は赤黒く変色し、刃の部分から微かに煙が立ち上っている。まるで、炭火の残り香のような、ぬかとトウガラシの混合臭が鼻を突いた。
彼はおそるおそる斧を木の柱に振り下ろした。
ボフッ!
斧が触れた瞬間、柱の表面が焦げ、火花が散った。
「……火だ。マジで火属性になってる……!」
衝撃と興奮がヨイチを包んだ。熱い。胸の奥から込み上げてくるものがある。
「すげぇ……このぬか床、本物だ!」
そのとき、ぬか床の中からぽこっと何かが浮き上がってきた。
それは漬かりすぎて干からびた小さなナスだった――が、突然、ぷるぷると震え、目が開いた。
「……目覚めのときか、ヨイチ殿」
「しゃ、喋った!? ナスが!?」
「拙者、かつてぬか床に漬かりし古き武具の魂“ナス丸”。貴殿のぬか床に、発酵の才を感じ、目を覚ました次第」
「いや、ナスが指南役とか聞いてないぞ!!」
こうしてヨイチと、漬かりすぎた喋るナスのナス丸による、発酵鍛冶の修行が始まった。
ぬか床はすでに、ただの調味料ではない。鉄を育て、属性を与え、命を吹き込む神秘の大地だ。
火をまとう斧を手に、ヨイチの胸は高鳴っていた。
「やってやる。俺がこの世界一の……発酵鍛冶師になってやる!」