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第十一話「菌布の盾、揺らぐ誓い」

染め上がった布は、まるで呼吸をするかのように、わずかにふくらみ、またしぼんだ。菌たちが生きている証拠――クレナはそれを「微命びみょう」と呼んだ。


「この布は、ぬかとあんたの菌の共鳴でできてる。外からの圧に応じて硬さを変える“緩衝布かんしょうふ”なんだ」


 ヨイチはその布を、胴に巻くような形で試着していた。手触りは柔らかいが、動くたびに体に沿ってしっかりと張り付く。


「ぬかって、守ることもできるんだな……」


 しみじみと言うと、クレナはふっと笑う。


「ぬかはそもそも“包むもの”だからね。布と出会うべきだったのよ、きっと」


 そのとき、工房の外で鈍い音が鳴った。


 「……誰か来た?」


 二人が外に出ると、静かな町道の先に、ひときわ異様な姿が立っていた。


 全身を白金色の甲冑で覆い、背には巨大な裁断バサミのような武器。まるで縫製工房の死神のような男が、一歩ずつこちらへと歩いてくる。


「……また、連盟か」


 ヨイチが構えると、男は甲冑の下から低く響く声を漏らした。


「守るぬか防具。なるほど、次は“布”か。だが我々近代鍛冶連盟にとって、軟弱な繊維など無用の長物」


「なんだと……!」


「試させてもらおう。お前の“守り”が、我が《断裁刃だんさいじん》に耐えられるかどうかをな」


 男が構えたその瞬間、裁断バサミのような刃が開き、鋭く空気を裂いた。


 「来るぞ、ヨイチ!」


 クレナが叫んだと同時に、男の攻撃が放たれた。だがヨイチは逃げない――むしろ前に出る。


 布の胸当てに風がぶつかり、裁断刃が接触した瞬間――ふわりと、布が呼吸するように形を変えた。


 「なにっ……」


 衝撃は確かに伝わった。だが、刃は布の層の中に力を吸収され、表面が少し焦げるにとどまった。


「……防いだ? 本当に?」


「この布は、“衝撃を飲み込む”んだよ。ぬかの菌と繊維の共鳴が、力を分散する。切ることなんて、できるわけない!」


 ヨイチが叫ぶと、ナス丸が肩で小さく吠えた。


「これが“守るぬか”の力じゃ!」


 敵は一歩後退するが、すぐに体勢を立て直し、再び刃を構える。


「ならば今度は……連撃だ!」


 バサミの刃が上下左右に素早く動き、まるで布ごと空間を裂くような連撃が襲う。だが、ヨイチはそれを布のしなりとステップで受け流す。切れなかった布は、たしかに「ヨイチと共に」動いていた。


「守るってことは、耐えるだけじゃない。信じて、動いて、菌と一緒に呼吸することなんだ!」


 ヨイチの叫びとともに、防具が光を放った――ぬかの熱が、命を包む力に変わった瞬間だった。


 男は数歩後ずさり、刃を収めた。


「面白い。確かに、これは一考に値する“布”だ……。だが、次はない。次こそは“切れる”防具を持ってこよう」


 そう言い残して、男は静かに闇に溶けていった。


 夜風が吹き、クレナの工房の灯がふたたび温かく揺れる。


 「……怖かったけど、嬉しかった」


 クレナが小さく呟いた。


 「自分の布が、誰かを守ったって……はじめて、そう思えた」


 ヨイチはうなずき、布を大事にたたんだ。


「ありがとう、クレナ。これが俺の“盾”になる。ぬかが、ちゃんと……“守ってくれた”よ」

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