第十話「纏うぬか、守るぬか」
数日後、ヨイチたちは麓の町へと足を運んでいた。目的はひとつ――守るぬか武具の素材を探すこと。
「攻撃の刃はできた。でも、防具ってどうやって作るんだ……?」
市場の通りを歩きながら、ヨイチは考え込んでいた。ぬか床の力を素材に宿すには、長時間の漬け込みや、発酵の深度が重要になる。けれど、金属に染み込ませるのとは違い、防具は全体を“包む”ことが求められる。
そのとき、目の前でふわりと、色鮮やかな布が風に舞った。
「……あれ?」
細かく編まれた織物に、見たことのない模様とほのかな香りが宿っている。近づいてよく見ると、布地がかすかに発酵しているかのような微細なうねりを持っていた。
「それ、気になるの?」
声をかけてきたのは、小柄な女性だった。年の頃はヨイチと同じくらい。くすんだ緑の着物に、手首には布を染める草木の束が巻かれている。
「この布……菌の気配がある。もしかして、ぬかで染めてる?」
「うん。あたし、“発酵染師”って呼ばれてるの。ぬかと草木で布を染めて、身に纏える“守り”に仕立ててるんだ」
「染めるだけで、守れるの?」
「染める“だけ”じゃないよ」
彼女は布を指先で摘み、光にかざした。
「菌の力を借りて、布の中に層を作る。空気も湿気も通すけど、熱や衝撃は吸収する。いわば、生きてる布なんだよ」
「生きてる……!」
その言葉に、ヨイチの胸がざわついた。自分が武器にぬかを込めたとき、たしかに感じた“鼓動”。それは、染められたこの布にも宿っていた。
「なあ、その布……戦闘にも耐えられる?」
「うん、ある程度なら。でもね……本当に強い“守り”を作るには、着る人の菌と“共鳴”させなきゃ意味がないの」
彼女は小さなぬか壺を取り出した。手のひらサイズの、深い藍色の壺だ。
「この中に、あんたのぬか床を少し分けて。染める布をあんたの菌で発酵させる。そうすれば、その人だけに合った守りができるの」
ヨイチは思わずうなった。
「菌との共鳴」――それは彼がずっと探していた、武具と使い手の“つながり”そのものだった。
「……お願いできるかな。この布で、防具を作りたい。守りたい人がいるんだ」
彼女は笑みを浮かべて言った。
「いいよ。あたしの名前はクレナ。あんたは?」
「ヨイチ。ぬか鍛冶師――修行中だ」
握手を交わす二人。ぬか壺の中で、ヨイチの菌がわずかに湧き立った。
その夜、クレナの工房では、静かな発酵音が響いていた。
ぬかで染めた布は、徐々に深い褐色を帯び、ぬか床に呼応するかのようにふわりと立ち上がる。
「見ててね、ナス丸。これがきっと……守りのぬかになる」
「ぬかの可能性は、まだまだ広いのう……。ぬか道、奥深しじゃ」
翌朝、発酵を終えた布は柔らかな光を放っていた。まだ“未完成”だが、それは確かに、「攻撃」ではなく「守り」のために生まれたぬか武具の第一歩だった。