第一話「毒の刃、目覚める」
鍛冶師ヨイチの工房には、異様な存在感を放つ木樽がある。
中身は――ぬか床。祖母の遺品だ。
「何でこんなもん、鍛冶場に持ち込まなきゃなんねぇんだよ……」
そう愚痴りながらも、ヨイチは日課の「ぬか床かきまぜ」を怠らなかった。何となく捨てられなかったのだ。祖母が生前、「このぬか床には、何代もの力がこもっとる」と言っていたのを、ふと思い出す。
ある日、ボロボロの短剣を修理していた彼は、誤ってそれをぬか床に落としてしまった。
「あっ、やべ……」
取り出そうと手を伸ばしかけた瞬間、足元に転がっていたジャガイモがつるりと滑り込み、ぬか床にぽちゃんと飛び込んだ。
「あーあ……もう知らん。明日取り出すわ」
やけくそ気味にフタをして、その日は工房を閉めた。
翌朝。
ヨイチがぬか床のフタを開けた瞬間、鼻をつく刺激臭が立ち上がった。ぬかと鉄と――何か、ヤバいものが化学反応を起こした匂いだ。
「おいおい、腐ってねぇだろうな……」
そっと中を探ると、確かに短剣があった。だが、昨日のボロとは明らかに違う。
刃は黒く光り、微かに紫がかった紋様が浮かんでいる。
そして何より、ぬかの中でも動いていたジャガイモが、干からびていた。
「な、なんだこれ……毒?」
手袋越しに持ち上げた短剣が、ひとりでにじりじりと熱を帯びる。だが、それは炎の熱ではない。何か、命を蝕むような冷たい熱だった。
突然、工房の扉が開いた。
「ヨイチ!昨日の剣、できたか!?」
現れたのは冒険者のライラ。彼女は毒に弱い魔物を狩る任務のため、毒属性の武器を探していたのだ。
「……できたけど、ちょっと見てくれ」
ヨイチが短剣を差し出すと、ライラの手元のペンダントがピリリと音を立てた。毒検知の魔石が、激しく反応している。
「これ……やばいよ。完璧すぎるくらいの毒属性。どうやって……?」
「ぬか床にジャガイモと一緒に、一晩漬けただけなんだが……」
「……ヨイチ、それ、発酵鍛冶だよ」
「……はっこう……?」
その日から、ぬか床とヨイチの奇妙な共闘が始まった。
鉄と菌と素材が織りなす、未知なる武器鍛冶の世界――。
最初の一振り、それが後に伝説となる毒剣『ソラリス』だった。