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気弱なババアが新たな被害者を作る



 高齢者が詐欺の被害に遭った場合、被害の日時や、お金の受け渡し場所、犯人の特徴を覚えていないことが多い。被害から数年が経過していればなおさらだ。

 被害者の銀行取引履歴から、騙された日時や被害額をある程度絞り込むことは可能だが、今回のようにタンス預金からお金を渡した場合は、被害額・日時の特定は困難を極める。

 警察の数カ月に亘る綿密な捜査により、詐欺グループ8名が一斉に逮捕された。

 判明している被害額だけで2億8千万円。

 詐欺グループのような共犯者が複数名いる事件になると、検察官とその立会事務官のペア複数が捜査を担当することも多い。

 被疑者を起訴するまでの勾留日数には限りがあるため、時間との闘いであり、一組の検察官と立会事務官のペアでは、その勾留日数の間に、被疑者全員を取調べて、被害者や参考人から話を聴き、お金の流れや被疑者間のやり取りを精査し、警察との打合せを行う、なんてことは土台無理な話だ。

 だから主任のペアのもとに、他のペアが応援に入って、それぞれ取調べ等を行うことになるのだが、新任検事が詐欺グループの応援に入らせてもらえることはめったにないらしく、僕に経験を積ませてやろうという主任の浦田Pの親心と、横居さんがいればなんとかなるだろうという副部長の思惑が見える。


「そうやからね、色々聞かれても覚えとらんのよ。ごめんね」

 おばあちゃんにそう言われると僕は弱ってしまう。

 被害者の全てが検察・警察に協力的というわけではない。自分が被害に遭ったことを認めたくない被害者もいるし、「官憲」と言って毛嫌いする人もいる。

 物証だけで犯罪の証明ができれば良いのだけど、当然、被害者の供述は犯罪の証明にはとても重要だ。

 いざ裁判になると、被害者がこれまでの供述を引っ繰り返して無罪になるなんてこともある。特に今回のように被疑者連中が否認している場合には、裁判で被害者供述の信用性が問題になると思われるから、被害者が法廷で証言する可能性は高い。

「もう怨んだりしてないしね。憎みとうもないし。穏やかに死んでいきたいんよ」

 おばあちゃんっ子の僕は「だよねえ」と苦笑いした。

 おばあちゃんは両手に茶碗を乗せたまま目を伏せ、静かなため息をついた。本当にそのまま天国へ行ってしまわないかと心配になる。

 沈黙が場を支配する。法廷で、このおばあちゃんが「被害のことは覚えてません。もう怨んでません」なんて言ったらどうなるんだろうか。

「一言物申します!」

 横居さんが唐突にそう言って立ち上がった。

 おばあちゃんも僕も、驚いて横居さんを見上げる。

「私たちは、あなたの怨みを晴らすためにここに来たわけではない!」

 横居さんはいつものように背筋を伸ばし、真っすぐにおばあちゃんを見ていた。

「罪を憎んで人を憎まず。誰かを恨んだりしない。その精神は立派だと思います。でも、それって無責任とちゃいますか?」

 無責任と聞いて僕はぎょっとした。被害者の方にいくらなんでも言い過ぎじゃあ・・・

「ちょっ、横居さん」

と僕は横居さんを止めようとしたが止まらない。

「それを聞いて、あいつらが、犯人たちがどう思うでしょうか? 反省すると思いますか? 違います。また同じことやりますよ。『やった、ラッキー』くらいですよ。『次はもっとうまくやろう』って。それって、あいつらのためにならないどころか、応援してるようなもんですよ」

 やっぱりさすがに言い過ぎだ。僕は横居さんの腕を引く。その僕の腕を振りほどいて、横居さんはしゃべる。

「大事なお金だったんでしょ? 子どもや孫のためのお金だったんでしょ? それを分からせないと。あいつらに、『自分たちは大変なことをしたんだ』って分からせないと、次の被害者が生まれますよ」

 横居さんの強い視線に僕はオドオドした。これはもう監察案件ものじゃないんスか。

 最高検察庁にある監察指導部。その名前のとおり、検察庁の監督部署である。新任の僕は詳しく知らないが、恐ろしく偉い検事たちがいて、検察官や検察事務官の不正や非違行為を取り締まっているとか。

「そうだ」

と言っておばあちゃんは急に席を立った。

 おばあちゃんが奥に行ったままなかなか戻って来ないので、横居さんに言われたことに怒ってしまったのではないかと不安になる。

 沈黙は3分、4分と続き、十分ともなると居ても立っても居られなくなって、横居さんに

「このまま戻って来ないなんてないですよね?」と恐る恐る聞いてみた。

 横居さんはたっぷりと間を取って「その時はその時や」と言った。僕とは器の大きさが違う。

 副部長や浦田Pにどう言い訳しようかと考えてたら、おばあちゃんが手帳を持って帰ってきた。

「この手帳にいついくらお金を渡したか書いてたんよ」

 そう言って指をペロッと舐めると、おばあちゃんは手帳をめくっていく。

「ほら、あったあった」

 開かれた手帳には「平成二十七年十二月三日 シブイ百万 北口」と書いてある。その下には「平成二十七年十二月七日 シブイ百三十万 北口」の文字。

「シブイって確か」

「樋口がダマしの時に使ってた名前やな」

 僕と横居さんの視線が合う。

「この『北口』っていうのは?」

「あぁ、駅の北口まで行ってお金を渡したんよ」

 横居さんが頷く。

「このメモ、すごく重要な証拠ですよ。お預かりしてもいいですか?」

 僕は思わず「是非お預かりしてください!」と興奮気味に言ってしまったが、横居さんは相変わらずの無表情でパソコンをカチャカチャ打ち始めた。

「預かるのって、手続きどうするんですか?」

 僕が素人だとおばあちゃんにバレないように、小声で横居さんに聞く。

「こんなこともあろうかと思って、任提(任意提出)の書式をモバイルパソコンに入れてきた」  

ですって。まぁ仕事のできること。僕は微塵も想定してませんでしたケド?

 横居さんの仕事ぶりに惚れ惚れしていると

「私は私の仕事をするが、検事には検事の仕事があるやろう」

とパソコンの画面から目を離さずに言われた。僕の姿勢がシャンと伸びる。

 これでもう少し優しさがあったらなぁ。

 

 手帳のおかげで聴き取りは割とスムーズだった。

 家を出る時、おばあちゃんは

「ありがとうございました」

と曲がった腰をさらに曲げた。

「忘れよう、仕方ない、自分がバカだったと言い聞かせてきたんよ。でもお嬢さんに言われたとおり、騙されたんは私だけちゃうもんね。もう人を騙すことはしてほしくないしね。検事さんに話を聴いてもらってスッキリしました。」

 僕の色眼鏡かもしれないが、おばあちゃんは会った時よりも晴れ晴れしているように見えた。

 罪を憎んで人を憎まず。

 犯人を許そうと思うことも大事かもしれないが、僕たちはお釈迦様でも仏様でもない。自分に宥恕を強要することは、心に負担を負わせるのかもしれない。

 おばあちゃんは僕らが歩いて行くのをずっと見送ってくれた。

 こんなおばあちゃんを騙した樋口らに対する怒りがふつふつと湧いてくる。と言っても僕に何かできるわけではない。

 天を仰ぐと、思わず「浦田さん頑張れー!」と叫んでいた。横居さんはそんな僕に「気でも狂ったか?」と冷たい視線を送ってきた。

「横居さんは腹が立たないんですか?」

「罪を憎んで人を憎まず。で、腹が立ったから叫んだ?」

「せめて僕の気合だけでも浦田さんに届けようと思って」

「届けるのは気合だけか? 行くぞ」

「行くってどこへ?」

 足早に歩く横居さんに必死についていく。

「地検」

 いつもながらに返答が短い。から合点がいかない。

「地検、ですか?」

「送んねん」

「何を?」

 僕の問いに、横居さんが大きなため息をつく。

「調書に決まってる。さっき取った調書を今から浦田Pに送れば、5時からの樋口の調べに間に合うやろ」

「樋口の調べ? 浦田さんが樋口を取調べるんですか?」

「そう。今日の5時からや。把握してへんのか? Kでの取調べの後やから、そんな遅い時間からなんやろ。」

 いやいやいや、自分の取調べスケジュールすら、きちんと把握してないのに、よそ様のスケジュールなんて土台無理でしょ。リームー、リームー。

「応援に入ってる間はせめて主任検事の予定は把握しとけ」

の言葉に「はい」と言うしかなかった。

 地検に着くと、横居さんは勝手知ったる職場のようにスタスタと進んで行く。

 「トウカツ」という方が対応してくれた。「トウカツ」が「統括捜査官」という肩書だと知ったのは数日後だ。

「先日、電話させていただきました横居です。依頼しましたとおり、調書を送らせていただきます」

 横居さんは手短に挨拶をして手土産を渡す。あ、そのバターサンドって行列ができることで有名な・・・いつの間に用意してたんだ。バッグにお土産入れるスペースあるんなら、下着を持ってきてくださいよ。

 ん? そういや、さっき「先日電話した」って言いましたよね。調書取って送ることも数日前から想定していたのか。す、すげぇぜ、横居さん。どこまで気の回る人なんだ。

 手持ち無沙汰の僕にトウカツが気を遣って、「『長崎は今日も雨だった』って歌がありますけど、本当に雨の日が多いかカレンダーに書いて率を出してるんですよ」などと話しかけてくれる。

 横居さんは調書を送ると、牧さんに電話をした。牧さんは浦田Pの立会事務官だ。

「今、調書送ったで・・・うん、それや。届いたか。おい、牧。ばあさん泣かせるような奴は徹底的に追い込めよ。浦田Pが生ぬるい調べしてたら、ケツの穴締め上げろ」

 横居さん・・・キレイな顔したお姉さんが、ドスを効かせた関西弁で「ケツの穴」とか言うもんだから、周りの皆さんがビビッてますよ。

 電話の向こうから、笑い声とともに「聞こえてますよ、横居さん」という浦田Pの大きな声が聞こえた。

「あ、あほぅ牧! スピーカー設定にすんな」

と言うや、横居さんは顔を真っ赤にして電話を叩き切った。 






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お読みいただき、ありがとうございます。

平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。

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