横居さん
横居さんはいつもツンツンしていて話しかけづらい。
さっきも「あの犬かわいくないですか?」って話しかけたら、一瞥もくれず、低いトーンで「噛まれとけ」って。
ただ、客観的に見れば美人だ。かなりの美人だ。
木村●哉が検事役のドラマがあったが、その時の女性立会事務官役の女優並みの美人だ。もちろん僕はキムタケとは似ても似つかない。
こうして二人で街を歩いていると、横居さんをチラチラ見てくる男や、去り際に振り返る男もいる。芸能スカウトに声をかけられても何の不思議もない。声をかけたら、鋭く睨まれて動けなくなるだろけど。
今日はいつもの庁舎を離れて泊りがけの出張だ。青い空、白い雲、爽やかな風。
隣には美女。普通に考えれば役得なわけだけど、気が重い。気を重くする原因はもちろん仕事だということ。詐欺事件の被害者の供述を聴きに来たのだが、先輩検事が担当している事件であるため、下手はできない。
もう1つの原因は美女が横居さんだということ。
横居さんを横目でチラリと見る。
横居さんは僕の方を見ることなく「なんや」と言った。
「いえ、なんでも」
と姿勢を正すと
「どうせ『せっかく長崎に来たのに。隣が横居さんじゃなかったらなぁ』と思ったんやろ」
と図星を言われた。どうやら横居さんは心が読めるらしい。
横居さんは僕に厳しい。もちろん僕の仕事っぷりがダメダメなので、厳しくされるのは自業自得ではあるのだけど、「そこまで言わなくても」と思うことが何度もある。
副部長の決裁でお灸を据えられた後に、席に帰って横居さんにトドメをさされることが続くと、能天気な僕でもさすがにへこむ。
この前は「修習生からやり直せ」と言われ、その次は「ロースクールに戻れ」だった。一昨日は「高校生以下」だったから、後2週間もすれば僕は胎児に戻るだろう。横居さんなら「おぎゃーって泣いてみろ」とか言いそうだ。きっと僕のことを親の仇だと思っているに違いない。
横居さんはめちゃくちゃ仕事ができる。丁寧でかつ速い。間違いもない。
僕がウンウン悩んでいると、どうやって調べたのか、過去の資料をサッと出してくれる。
本来は僕がやるべき起訴状の起案や、取調べで聴くべき事項の整理、公判部への引継ぎ資料の案まで作ってくれるのだから、はっきり言って僕は横居さんの手の平で踊っていれば仕事は回る。それなのに僕が副部長の決裁でつまずくもんだから、横居さんもトドメをさしたくなるだろう。
横居さんの荷物があまりに少ないので
「横居さん、荷物忘れてないですか?」
って聞くと
「私が忘れるとでも?」
とギロリ。怖いぃ。その黒目だけ動かして睨むのやめてください。
「パソコン、プリンター、文房具。持ってきていない事件記録は頭に叩き込んである。」
とのこと。ん? 自分の着替えとかは? と思うと、また僕の心を読んだかのように
「1泊2日で自分の荷物はいらない」
ときたので
「いやいや、化粧品とか、下着もあるじゃないですか」
と食い下がってみた。「下着」と言うのには勇気がいった。
「乳房隠しは同じ物を5日、股間隠しは表裏で2日穿ける」
と言った。
乳房隠しがブラジャー、股間隠しがパンツだと分かるのに数秒かかった。
無表情なので本気で言っているのかは分からない。分からないが、「だからモテないんですよ」という言葉は飲み込んだ。
前にそれを言った時は、六法全書の上下巻セットが時速150キロメートルくらいで飛んできた。当たり所が悪かったら逝っちゃうよ。
詐欺被害に遭ったおばあちゃんの家へ向かう。
今回の詐欺事件の手口は大まかに言うとこうだ。
詐欺グループは〇△証券を語り、「〇×テクノロジー社はの株は絶対上がる」などと言って、実在しない会社の株を高齢者に売りつける。
しばらくすると、△△ファンドから電話がかかってきて
「〇×テクノロジー社の株主名簿から、あなたの名前を見て連絡しました。実は〇×テクノロジー社を買収するため、株を売ってほしいのです。買値の3割増しで買います。できるだけたくさん売ってください。」
などと言う。
売るかどうか悩んでいると、次は※※証券から連絡があり
「〇×テクノロジー社の株があるので購入しないか。」
と持ち掛けられる。
ここで、人によっては「高値で買い取ってくれる△△ファンドになぜ株を売らずに、自分に売ろうとするのか」と疑問に思う人もいる。そういう人には
「多くの証券会社と同様、弊社でも内規により、外国資本のファンドは直接販売できないんです」
などと言い
「ですので個人のお客様に買っていただき、弊社はその手数料を頂いているんです」
と言って信用させる。
この事件では、〇△証券と※※証券を語ったのは別の詐欺グループだ。
〇△証券を語った詐欺グループは、実在しない〇×テクノロジー社の株式名目でお金を受
け取ったら、騙した人のリストを「名簿屋」に売って逃げてしまう。
別の詐欺グループが、名簿屋からこのリストを購入して、△△ファンドや※※証券を語って再び騙す。一度騙された人は、それだけつけいりやすく、何度でも騙しやすいということだ。
今目の前のおばあちゃんも、その一人ということになる。
それまでの80年近い人生は、株だとか投資だとかとは無縁だった。
よく分からんもんは怖いし、お金はコツコツ貯めるもんだ。働かなくてお金が入るなんて、それだけで怪しい。それが、しつこい勧誘に乗って試しに買ってみることになった。ちょうど、娘からお金の無心があった時だ。
※※証券から電話がかかってきて、ちょっと前に買った〇×テクノロジー社の株のことを思い出す。すぐに値が上がると聞いて、孫の教育資金の足しに貯めていた中から融通したお金だ。テクノロジーだか、のろいジジイだか知らないが、ウェブだとかパンフレットだとかを見せてもらって、なかなか良さそうだし、あまりに熱心に勧めるもんだから、これくらいの金額ならと買ったものだ。
買った途端に、あれだけ熱心だった電話がこなくなり、ホッとしたような、「もしかして騙されたんじゃ」という思いもあったが、ファンドだかランドだかが3割増しで買ってくれるという。「もう少し買っておけば良かった」と思った。東京に嫁いだ娘は、「塾だの教材だの高くって」と言っていたから。そう思っていたら、※※証券から電話があったのだ。
「おばあちゃんなら、〇×テクノロジー社の株がまだ買えるんですけどいかがですか。」
と誘ってもらった。
「絶対儲かるんで、本当は僕が買いたいんですが、僕の会社はもちろん、社員とその家族も直接売買うことができないんですよ。なのでこうして個人のお客様にご案内して、申し訳ないのですが少し高めの手数料を頂くことで、弊社も利益を得ています。」
だって。
「当然取り合いになってる状態なんで、買うなら早い方がいいですよ。明日、明後日には完売してるかもしれません。」
こりゃうかうかしてられんって、自分の老後資金も合わせた1200万円を預けた。株を売った儲けは手数料を引いても、300万円にはなる。ホクホクしていたら、今度は※※証券とも△△ファンドとも連絡が取れなくなった。
娘は「騙されたんだよ」と呆れていたが、電話口の※※証券の青年は、私がちょっと咳払いしただけでも「おばあちゃん大丈夫?」と優しく気遣ってくれたのだ。そんな青年が人を騙せるわけないし、だからこそ私はお金を預けたのだ。
ハッキリと騙されたと分かったのは、警察から電話がかかってきた時だ。お金を預けてから2年以上が経っていて、どんな風に騙されたのか、お金を預けた人の顔だとか、電話の声だとかはあまり覚えていない。騙されたと聞いて腹立たしいとは思ったが、本当に自分は怒っているのか、何に怒っているのか、最近ではよく分からなくなってきた。娘や孫が元気なら、それでいいじゃないか。誰かを憎むなんてまっぴらだ。
「本当は警察もこりごりやと思ったんやけどね。検事さんたちが遠いとこわざわざ来るっていうんでお迎えしたけど、ほんまは思い出すんも嫌なんよ。ずいぶん前の話で、思い出せんことも多いしね。」
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