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窃盗(と)ってんちゃうぞ



 検察庁には実に様々な人がやってくる。大きく分ければ、K(警察官)、A(被疑者)、V(被害者)、W(目撃者)。

 多くの人にとって、人生で一度来るかどうかの役所だろう。しかし中には、短期間のうちに何度も検察庁を訪れる者もいる。田畑やす子もその一人だ。

 近年、高齢者の再犯率が著しく、塀の中は介護施設と化しているとも言われる。

 田畑やす子、82歳は万引きの常習犯だ。前科6犯。全てが窃盗罪。スーパーやコンビニで食料品を盗む。暮らし向きはさぞ貧しいのだろうと思えば、そうでもない。

 夫が残した遺産があり、子供も孫もいない。

 万引きGメンに捕まった時も、財布の中には諭吉が何人かいて、「買うつもりでした」と否認されたら、窃盗の故意の認定が吹っ飛びかねない。

 こういうババアは「生きてる実感が欲しい」とか「日常に刺激が欲しかった」とかほざくのだから、何十円の儲けを積み重ねて一生懸命生きている商売人にとったら、鬼みたいなもんだ。


「田畑さん、前に万引きして捕まった時も、その前の時も、太巻きを取ってるよねぇ。太巻きが好きなの?」

 どんPはさっきから大声を張り上げて取調べをしている。

「うん、好きやな」

 悪びれることなく、田畑が応えた。

 そう、過去の事件記録を見ると、田畑は毎回太巻きを盗んでいる。節分で食べる、海苔で巻かれたあれだ。事件記録を読むと、前回取調べを担当した検察官もその点をツッコんでいるが、「太巻きが好きだから盗んだ」ということしか書かれていなかった。

「太巻きが好きだから盗んだのね?」

「そうや」

「好きなら買えばいいでしょう。お金もあるんだから」

 ごもっともなツッコミを受けて、田畑は聞こえないかのように、明後日の方向を見た。

「太巻きにはお金使いたくないの?」

 黙して語らず。

「好きな物は盗むの?」

 黙して語らず。

「誰が太巻き好きなの?」

 精神はあっちの世界にいってしまったのかと思っていたが、田畑がわずかに反応した。

「旦那さんが太巻き好きだったの?」

 今度は明らかに反応した。あっちの方を向いていた視線が、ゆっくりとどんPの方に向かう。

 視線が合い、十秒、二十秒と経ったところで、田畑がボソッと「ふく」と言った。

「ふく? ふくって着る服?」

 どんPが尋ねる。

「福は内、の福」

「その『福』が太巻き好きなの?」

「そうや」

「福って誰?」

「・・・私の子ども」

 田畑には子どもがいない。念のため、事件記録の中の田畑の戸籍謄本を見てみるが、やはりそんな記載はない。とうとうボケてしまったのか。ため息交じりに戸籍謄本をどんPに渡す。

「田畑さんねぇ、戸籍には『福』なんて名前ないよ」

 どんPが指摘すると

「ふん、そんなもん。産んですぐに取り上げられたんや」

 福男(ふくお)、と名付けた男の子は、生まれたその日に、夫の親戚に連れて行かれたのだという。

 

 夫の親戚から「やす子さんも大変だろうから、しばらくこの子の面倒見ておいてあげる」と言われた。

 三十歳を過ぎた、その親戚夫婦には子どもがいなかった。優しさと思ったが、妙な胸騒ぎがした。         

 かと言って好意を無碍にはできない。ましてや、若かりし当時、その親戚に金銭的援助を受けていて、反対することはできなかった。

 3日経ち、4日経ち、1週間が経ち、さすがに「福男を返してほしい」と言うと、あろうことか「じゃあ借したお金、全部返してもらえますか」と言われた。あの時の女の引きつった顔と、全身の血が一瞬で抜け落ちたような恐怖は今でも覚えている。

 夫の親に泣きついた。しかし、夫の親もその親戚に大きな借金を抱えていた。

「あの子にとっても、裕福な家で育つ方がいいんじゃないか」

とまで言われた。

 役所に行ことしたが、既にその親戚の子として届けが出されているという。手際が良すぎる。きっと、福男を産む前から計画され、準備されていたのだ。


「今から60年以上も前や。今では考えられんくらい貧しくてなぁ。毎日食べるもんがあるかどうかやった。主人と資材を集めて、なんとか売ってな。わしのお腹に子どもがいるのが分かって、暮らしはもっと苦しくなるやろうけど、なんとか頑張っていこうって。ほんで2月3日に生まれたんや。『節分の日に福が来た』言うて福男にしたんや。でも、名前付ける前に取り上げられてもうた。」

 田畑は喜怒哀楽の全てが無くなったような顔をしている。

「福男を返してください、って言うと、『うちにはそんな子いません』『うちの子はそんな名前じゃありません』って。悔しくて悔しくて。」

 田畑が絞るように言葉をつなぐ。

「それから毎年、節分、福男の誕生日になったら、遠くからふくを見に行ってな。『大きなったなぁ』、『良いおべべ着させてもらってるなぁ』、『よぉ食べるようになったなぁ』って一人でふくと会話しとったんよ。ふくは『たかし』って呼ばれてて。『違う、福男やで。お前の名前は福男やで』って何回叫ぼうと思ったか。必死で働いたよ。福男を忘れるためちゃうで。必ず取り戻そうって。借金返して、福男を取り返そうって。ほんで、必死になって働いて、食べるもんも削って2年や。『今日こそ返してもらうで』って乗り込んだら、引っ越ししておらんようになっとった。どこ探しても、誰に聞いても分からなんだ。私はなぁ、この手で1回。1回しか、ふくを抱いてないんや。でも覚えとるよ、あの柔らかい感触と、重さ。幸せなにおい。抱いた時の、仏さんにでもなったみたいな、あったかぁい気持ちをな。」

 田畑は伏せていた目を上げ、どんPに向けた。

「なぁ検事さん。太巻き取ったら捕まるのに、人の子取っても捕まらんのんやな。」

 どんPを見ると・・・な、泣いている。涙はどんどん溢れ出し、嗚咽まで始めたではないか。

「ふ、ふふ、太巻きもだめぇ、こ、こ、子どもはもっとだめぇぇ。おおぉぉぉ」

としゃくり上げた。まさかコイツ、このババアの言うこと信じてるわけちゃうやろな。


 

「えっ、田畑さんの話が作り話?」

 田畑を退室させた後で、私はどんPに説教をした。どんPの頬には、涙の跡が残っている。

「嘘に決まってるやろ。どの親戚が借金のかたに赤ん坊を連れて行くねん。Aの言うことが全部ホンマやったら、PもGもいらんわ。」

「いやいや、田畑さんの話は本当かもしれないじゃないですか。あんなの演技で出来ませんよ。」

 お人好しは仕事ができない、っていうのがP庁での通説だ。

「はぁ? まぁえぇわ。ホンマやと思っとけ。百歩、千歩、万引きだけに万歩譲ってホンマの話としよう。だからなんなん? 万引きと関係ある?」

「ありますよ。万引きの動機です。」

「『欲しかったから取りました』でええやん。これまでの事件でもそうやったんやから。それとも『太巻きを見ると、親戚に連れ去られた息子を思い出すので取りました』って調書作るか? 戸籍にない、60年前に産んだっていう福男の裏付けもするか? 親戚中を探して?

 DNA鑑定もやっとくか? それをして、『60年の時を経て、本当の母子の再会です』って? 感動の再会とかって、お前はテレビ番組でも作りたいんか。アンタが知りたいだけちゃうの? 野次馬根性で突っついて、時間と税金と労力かけて、何になんねん。」

「でも、田畑さん、このままじゃずっと万引き繰り返す人生ですよ。その原因突き止めて、更生させないとこのままずっと・・・」

「それはうちの仕事ちゃうやろがい。悪いことしたやつを裁判にかける。適正な刑罰を与えてもらう。犯罪を犯したやつは何回でもムショに送ったらいいねん。更生は保護や矯正の仕事や。」

「いや・・・」

「それにな、『このままずっと』って年も年や。そのうちポックリ逝きよる」

「そんなぁ。それじゃあ」

とどんPが言い返そうとしてきたところで、隣から浦田Pが入ってきた。

「熱いですね。うらやましい。」

と涼しげに言う。

「横居さん、確かにどこまで追及するのかは訴訟経済的な話もありますけど、動機を深く掘り下げるのは重要ですよ。特に新任の時はね。」

 浦田Pがそう言うなら仕方無い。納得はしないが、どんPへの呪いの言葉を飲み込んで席に着いた。




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お読みいただき、ありがとうございます。

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