美女のコンパの嗜み
「仕事は何されてるんですか?」
と合コンで聞かれたら
「事務職です」
と答えるようにしている。
久しぶりに合コンに誘われた。私は案外、合コンは嫌いではない。
合コンでもないと職場以外で出会いの機会は少ない。マッチングアプリもあるが、どうも胡散臭い。
職場で出会うのは、PかGかKかAだ。アルファベット以外のやつとも出会いたいではないか。
しかし、合コンだからってニコニコもできないし、おべんちゃらも言えない私を合コンに誘う友人も勇気がいるだろう。年齢が上がったこともあって、ここ数年は誘われることはめったと無くなった。気合いを入れて、久しぶりにグロスを塗ってみたら、ナメクジが張り付いているようでティッシュで拭いた。
今日の相手は銀行員だという。
目の前の男は、「事務職ってどんな?」と更問を投げてきた。いきなりタメ口になったのは減点だ。好青年な見てくれだけに残念ではある。
「タメ口にはまだ早いやろ」と思いつつも「パソコン入力したり、書類送ったり、たまに会社の荷物運んだり」といつもより高めのトーンで返す。
供述調書の作成は「パソコン入力」であり、捜査関係事項の照会は「書類送付」であり、段ボール持って会社でガサ(捜索差押え)するのは「荷物運搬」だ。
「へーっ大変そう」
と男は言う。
きっと心根の優しいやつなのだろうが、「人を見たら被疑者と思え」で育ってきた私は、「今の発言のどこが大変そうやねん」と心の中でツッコむ。
もしここで
「私は検察庁で働いています。趣味は尾行と司法解剖の立会です」
なんて言ったら、男はどんな反応をするのだろうかと思うと、ついニヤけてしまう。
男性職員が合コンで「検察庁で働いています」と言うと、「かっこいい」とか「頼りがいがありそう」などとモテるのだという。どう見てもぶっさいくな男性職員が、釣り合わない程の彼女を合コンで見つけた話には事欠かない。
女性職員が合コンで「検察庁で働いています」と言うと、「気が強そう」とか「怖そう」とか、果ては「尻に敷かれそう」などと言われる。合コンにおいて検察事務官という肩書は、女性職員にとってマイナスでしかない。
だから私が合コンで仕事を聞かれたら、「事務職です」と答えるようにしている。
検察庁内での恋愛というのももちろんある。
職場に「いいな」、「ステキだな」と思う人がいないわけではないが、そういう人はまぁ既婚者だったり彼女がいる。
私の同期9人のうち、男6人中5人は既婚者で、女3人は全員彼氏募集中だ。しかも「募集中」の紙が日焼けで黄色くなるくらい、募集期間はずいぶん長くなった。私を含めた女性3名のルックスは世間で言えば、どう客観的に見ても「上」の部類に入っているのだからやるせない。後、1、2年もすれば「上」から陥落し、「中の上」くらいになるのではないか。我々女性同期はこれを自虐を込めて「都落ち問題」と呼んでいる。
「仕事って楽しい?」
無邪気に聞いてくる彼に「しょうもない言い訳をしてた被疑者に、執行猶予が付かなかった時は楽しいな」などとは言わないで
「たまに会社の荷物を運ぶ時は楽しいかな」
と答えた。
「変わってるねー、体動かすのが好きなの? 華奢そうなのに」
驚くこいつに言うべきか。私は、段ボール箱を持って会社に証拠を押さえに行く「ガサ入れ」のことを言っているのだと。
次に目の前に座った男は、席に着くなり
「どーもー。盛り上がってる?」
ときた。いきなりのタメ口、そしておにぎりみたいな顔の形。大幅に減点だ。
「仕事は何してるの?」
こういうやつには、ストレートにいくに限る。
「検察事務官です」
「ケンサツ? ケイサツ?」
「検察です」
「ケンサツジムカンって初めて聞いたけど、どんな仕事なの?」
「パソコン入力とか、書類送ったり」
「ふ~ん、フツウの事務職って感じ?」
こいつの“フツウ”という言い方に少々ムッとする。自分は“特別”みたいな。
「そうやな。殺人犯の供述調書をパソコンで入力したり、銀行への捜査関係事項照会書を送ったり。アンタの銀行にも送ったことあるかもな」
「・・・え? そう、なんですか?」
急に敬語に変わったのが愉快である。
「あの、え、お仕事、大変そうですね」
「たまに重い荷物を運ぶのは大変やけど」
「華奢な体で重い荷物運ぶのは大変ですよね」
「まぁ段ボール箱持って企業に証拠を差し押さえに行くと、現場はピリピリしてるし、怒鳴ってくるやつもいるからな」
「そ、それは大変ですね。お仕事頑張ってください」
よし、これでおにぎり君が私に興味を持つことは無いだろう・・・言い寄ってくる男を撃沈させるのも私の合コンの楽しみ方の一つだ。
そうすると、こうして合コンの場で浮くことになるわけだが、それもまぁいい。一人家で「獺祭」をチビチビやるのもいいが、たまにはこうして合コンに参加するのも社会勉強だ。
今日のお気に入りはソルティドッグ。グラスの縁に付いてる塩がうめぇじゃねぇか。グビグビ飲めるぜ。
しかし、飲みすぎて我を忘れるような私ではない。クラウドファンディングの浸透で、銀行が資金集めに入れず、これからの銀行は大変だという話なんかはしっかり頭に入っている。どこでどう情報が捜査の役に立つか分からない。
ソルティドッグが5杯を超えると我慢ができなくなってきた。オシッコ、オシッコ。
ふぅ、すっきりした。と席に戻ろうとしたら、先ほどの好青年がトイレの方に近付いてきた。狭い道を少し開けてやろうとした途端に、わざとらしいほど足がよろついて、好青年にフラッと寄っかかった。私の肩を掴む好青年。
「大丈夫?」
そう言った好青年が私の肩を離さない。私の顔をじっと見てくる。
な、なんや?
顔が近いやないか。目が合ってしまう。
ちょいちょい、これってもしかしてキス? キスすんの? 目ぇつむんの? いやいや、目ぇつむったら受け入れるってことやん。
や、やばい。さっきニンニクのボイル焼きを丸々食べたから、口臭くないか? なんでニンニク出すねん。合コンで何でニンニク出すねん。ほんで、なんで丸々食べてまうねん。他の女子は食べてなかったやないかい。
それにしても、時間が長くないか?
キスすんのかい、せんのかい。
「口の周りに塩が付いてるよ」
好青年はそう言って笑うと、私の肩から手を離し、男子トイレへ向かった。
キスすんのか思ったらせぇへんのかい!
久しぶりのキスの代わりに、口の周りを舌で舐めると塩の味がした。
しょっぺぇ話だ。
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