ステキな休日にはそぐわない司法解剖の話し
法医学教室に着くと、既に担当の警察官たちがマスクに紙エプロン、長靴姿で準備にかかっていた。我々も検察庁から持ってきたキャップを被り、白衣と、マスク、ゴム製の長靴姿となる。
どんPは長靴の左右を履き間違えたとか、カレーが喉元まで上がってきたとか、白衣を着ると理科の先生みたいだとかうるさい。警察の方々まで苦笑い気味なので、「しっ」と睨んで静かにさせた。
司法解剖が始まった途端
「ぶぅおおえーっ」
という凄まじい叫びとともに、どんPが胃物を吐しゃした。
「何してんだ、テメェ」
と叫んだのは私。手で口をおさえるどんPの襟首を掴む。
「神聖な場所で何してくれてんねん、くおぉらぁ」
と叫んだのも私。
殴りかかりそうな私に向かって、
「まぁまぁ横居くん。そちらの検事は今日が初めての解剖なんでしょ? ちょっと外で休んでもらって」
と声をかけてくれたのは、この法医学教室の亀谷教授。気分を害してしかるべきところを寛大なお言葉。どんPを引きずり出すには今しかない。
「申し訳ございません。教授がそんな優しいお言葉をかけてくださるなら、お言葉に甘えて、外で頭を冷やさせます」
と言って、どんPを外に引きずり出した。
どんPは鼻水と涙とゲロでぐちゃぐちゃな顔で
「あんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ」
と訴えた。
「なにを甘えとんねん。あそこで私が怒鳴ってなかったら、亀谷教授に怒られて、日本中の
法医学教室をデキン(出入り禁止)になってたわ」
「その方が良かったです」
とどんP。
「ったく情けない。取り敢えずここでしばらく休んで、また戻ってくるように。いいか、戻ってくるんやぞ。聞こえたら返事は?」
「ふぇい」
どんPはうなだれながらも返事をした。
私のこれまでの統計上、男の方が解剖に弱い。
ということで、次は牧が心配だ。教室に戻ると、牧は少し後ろで虚空を見つめていた。私は牧の足をギュッと踏んで囁いた。
「牧、しっかりしろ。お前は写真を撮るのが仕事やろ。私が教授に了解もらうから、警察が写真を撮ったタイミングで、お前もウチのカメラで写真を撮れ。大事そうなところは私が合図するから、バンバン写真撮んねんで。」
牧の目に生気が戻る。ボーっとしているよりも、指示を与えて動かせていた方が落ち着くだろう。
私は亀山教授の左横に戻り、「スイマセン」と謝った。
胸部が切り開かれる。牧に写真を撮らせる。
次々に臓器が取り出された。重さが量られ、写真が撮られる。
続いて頭部。固い頭蓋骨は電動の回転刃で切り開かれる。全く機械的な作業だ。
生きているのと死んでいるのとでは本当に微妙で、絶対的な隔絶がある。
どんPがヨロヨロと教室に戻ってきた。途中の机に足をガンとぶつけている。後ろの方にいればいいのに、ホトケさんを囲む警察官たちをかき分けて、最前列にやってきた。
どんPは鼻息荒く、マスクの下で「ふーふー」言っていたと思ったら、「アレッ」と素っ頓狂な声を出した。
「この人、ここの色が違わないですか?」
どんPは肘の内側を指さした。準教授の舌打ちを一向に気にする様子がない。
先生方は解剖に集中している。それをド素人の発言で乱して良いはずがない。
「解剖中に発言するな」と行きの車の中であれ程キツく教えたのに。
「凍り付く」とはよく言ったもので、一瞬にして固められた私たちは動くこともできない。
警察官たちも下を向いたまま、自分に累が及ばないよう気配を消し、ピクリとも動かない。
「ほら、ここの数か所。すこーしだけ」
どんPだけが凍り付いていない。お前は全裸で南極へ行け! 永久凍土から出てくるな!
「見間違いやろ!」
と怒鳴りかけたところ、「ふむ確かに」と亀谷教授が威厳たっぷりにつぶやいた。
その言葉で、どんPが指さす位置を見たが、どうにも同じ色だ。
「亀谷教授。お優しいのは分かりますが、こんなどんP、いや新任検事に気を遣っていただく必要はありません」
「いや、よく見ないと分からないが確かに・・・これは、注射痕かな」
「え? 横居さん、違いが分からないですか? だから男に・・・いえ、すいません」
どんPに「コロスぞ」と言いかけたが、ホトケさんの前でコロスはないだろうと思ってグッと我慢した。代わりに、思いっきり眉間にシワを集めて眼力で焼き殺そうとした。調子に乗りやがって。
「あのニオイが鼻の奥まで染みついて取れない」
「息をずっと止めてたら、息をするのを忘れて死にかけました」
「骨を切る音とか・・・夢に出てきそう」
どんPも牧も、人が殺されたかもしれないって言うのに不謹慎な。
午後3時から始まった司法解剖の帰り道。9時を回っていて、外はもう真っ暗だ。
「今夜は何も喉を通らないですね」
「ですね」
などと眠たいこと言っている、どんPと牧の間に割って入る。
「軟弱者めが。焼肉行くぞ。検事のおごりで」
「げっ、焼肉? 無理無理、見たくもないです!」
「ほんと横居さんって男心分かってないなぁ。しかも僕のおごり?」
と罵る二人に
「うっさい。昔から、初めての解剖立会の日は焼肉って決まってんの。おら、行くぞ」
と二人の腕を掴む。
そうしてどんPと牧を焼肉屋へ連れて行ったが、肉を前に青白い顔をする二人を前に、ホルモン盛り合わせ3人前は、私が一人で食べることになった。
後日、死んだジイさんの前科を調べてみると、覚醒剤取締法違反の前科があった。
ただ、ジイさんは死んでしまっている。ジイさんとご遺体との関係はなお捜査中だ。
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