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どんP

 検察庁での捜査は、検察官と検察事務官のペアで行うのが基本だ。検察官とペアを組んでいる検察事務官を特に「立会事務官」と呼ぶ。

 検察官は法律のプロとして、検察事務官は事務のプロとして、互いに助け合って捜査を行う。例えば、殺人現場へ行くとなったら、私たち立会事務官は担当の警察に連絡をして諸々のお願いをし、検察庁内での出張の手続きをとって、検察官と一緒に現場へ行く。検察官は、被疑者や参考人の供述と現場の状況の矛盾点や疑問点を洗い出したり、新たな証拠、特に裁判で有用な証拠がないか捜査する。

 検察官と検察事務官を社長と秘書、医師と看護師に例える人もいるが、私は少し違うと思っている。秘書が社長に代わって取締役会に出ることもなければ、看護師が医師に代わって手術をすることもないが、我々検察事務官が検察官に代わって捜査をすることはよくある。ただ、検察事務官はあくまで検察官を補助するのが役目だ。新任検事でも、検察事務官にとっては上司となる。

 ちなみに検察官には検事と副検事があり、大雑把に言えば、検事は司法試験合格者、副検事は内部試験を合格した元検察事務官や元警察官などだ。副検事は検事よりも権限に制限がある。これまた大雑把に言えば、検事は殺人や放火など地方裁判所が扱う、刑罰が重い事件を扱うことが多く、副検事は交通事件や窃盗など簡易裁判所が扱う、比較的に刑罰が軽い事件を扱うことが多い。

 検察庁内では検事をP(Prosecutor)、副検事をSP(Sub Prosecutor)と呼ぶ。警察(官)はK(Keisatsu)、裁判所・裁判官はJ(Judge)、弁護士はB(Bengoshi)、被疑者・被告人はA(Accused)、被害者はV(Victim)と呼ばれる。我々検察事務官はGだ。JimukanでJだとJudgeのJとかぶるため、GimukanのGだと言われている。

 捜査担当のPやSPには、基本的に「立会たちあい」と呼ばれるGがそれぞれつき、ペアで捜査にあたる。

 仕事のできるGともなると、PやSPの指示を受ける前にKへの補充捜査のお願いや、証拠の整理、取調べでAに聴くべき事項の洗い出しや、起訴状の起案までやってしまう。ただ、思い上がってはいけない。いくら優秀なGでも、PはPであり、難関試験を突破したPはGの上司だ。一方で、P・SPの指示にヘイヘイ従っているのが良いGとされているわけではなく、P・SPに物申したり、反論したりすることも時には必要だ。

 そして、任官間もない新任Pとペアを組んで捜査をするのが、私のような新任Pの立会Gだ。

 検察庁でのキャリアは、私たち立会Gの方がはるかに長いので、捜査のやり方や、Kを始めとする他機関との折衝の仕方、さらには社会人としてのルールや礼儀作法までをも、私たち立会Gが新任Pに実践で叩き込むことになる。大袈裟のように聞こえるかもしれないが、新任Pの中には「検事になった」というだけで偉くなったと勘違いしてしまう者もいる。そんな新任Pの鼻を叩き折るのも立会Gの役目だ。偉そうにしている者に、誰が腹を割って話をしたいと思うだろうか。新任Pたちに嫌われようが、怨まれようが、まだ可塑性のある、いわば「可愛げ」のある時期、検事として固まっていない新任時代に厳しく教育しなければならない。甘やかして後々大変な思いをするのは、検事たち自身なのだ。


 トイレを出て部屋に戻ると、同室で執務しているシニアPの浦田Pが私を見て相好を崩した。

「横居さん、今日も張り切ってますね」

 四十歳を過ぎたばかりの浦田Pは、ダンディーを絵に描いたような、大人の魅力あふれるPだ。仕事はできるし、Gへの気遣いも忘れない。

 浦田Pに話しかけられて、思わず頬が熱くなる。シワの入ったエクボがステキ。乙女のように恥じらいながら、自席へ向かう。


 新任Pは大体、先輩Pと同じ部屋で執務をする。

 私の執務する大部屋では3組のPとGのペアがいて、ペアごとに簡易な衝立で区切られている。共同執務室というやつで、困ったらすぐに周囲のPやGに相談できるのが良いところ

だ。取調べも筒抜けとなってしまうが、先輩Pの取調べ方法を間近で見聞きできるのは、特に新任Pにとって有用だ。

 最近ではこの共同執務室が多くなっているが、ちょっと前までは検察官とその立会Gの個室が多かった。二人だけなので気楽で良い面もあるが、取り調べ中に何か問題が発生したり、ちょっとした質問や、急なお願いをしたいといった場合に困る。

 浦田Pの立会の牧は、入庁してまだ2年目のひよっこGで、分からないことがあるとすぐに私に聞いてくる。疑問をすぐに質問・相談できるのはGにとってもありがたい。

 浦田Pのエクボの余韻に浸りながら自席に座ると、私とペアを組んでいる多田野Pがニヤニヤしながら私を見てきた。今年任官したばかりの新任Pで、世間知らずのお坊ちゃん。どんくさいので「どんP」と呼ばれている。

「横居さん、イライラしてると思ったら、オシッコ行きたかったんですね。あっ、もしかして大きい方ですか?」

「そんなこと言ってるから、どんPって言われんねん!」

と張り上げる代わりに、机をバンッと叩いて睨んでやった。衝立の向こうで、浦田Pと牧が笑っているのが伝わってくる。





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