クソ喰らえ
シャブ使用の滝口の取調べ。
勾留期間が十日近くなり、体内のシャブが抜けた頃だ。弁解録取の時と比べ、やつれたような印象を受ける。ただ、覚醒剤使用者の取調べでは、いきなり暴れたりしないか気を付けなければならない。
もちろん取調べの前には、机上に余計な物を置かないのが鉄則だ。
取調べ中、被疑者の座る後方には、少し離れて戒護の警察官が座る。腰縄はされたままだが、被疑者の手錠は外される。カッターナイフや千枚通しはもちろん、鉛筆の一本だって、被疑者が持つことで凶器となり得る。
十日間の1回目の勾留の後に、勾留期間の延長を求めることもあるが、シャブの使用で認めの事件なら、十日間の勾留できっちり起訴してやるのが親心ってもんだ。
取調べの最後、どんPが
「滝口さん、あなたを覚醒剤取締法違反で起訴します。何か言っておきたいことはありますか?」
と告げたが、滝口はうなだれたままだ。
沈黙が続く。
「お子さん、まだ小さいですよね。会いたくないですか?」
どんPの問いかけに、滝口がピクリと動いた。「チッ、余計なこと聞きやがって」と思わず心の中で毒づく。そんなこと聞いてどうすんねん。
「お子さんに会いたいですよね」
滝口が顔を上げた。
「・・・会いたいです」
なんとか声を絞り出している感じだ。
「50過ぎてできた子なんで、かわいくて・・・」
疲れ切った顔で続ける。
私は「ほな、シャブなんてやんなや」とツッコミを入れるが、これも心の中での話。
キーボードを叩いて、検察官にだけ見ることができるスクリーンに「子どもの話はもういい」と映す。子どものことは塀の中でしっかり考えたらいい。さぁ片づけ片付け、と思ったその時。
「シャブのせいやぁ」
叫んだ滝口はいきなり立ち上がると、座っていたパイプ椅子に手をかけた。
「出ていけぇ、お、俺の体から出ていけぇぇぇ」
滝口は絶叫とともにパイプ椅子を振り回し始めた。
「落ち着け!」
という戒護の警察官の怒号。
「うおぉ、出ていけ! 出ていけ!」
パイプ椅子に加えて、手や足を振り回し始めた。
「滝口ぃ!」
これは私の怒号。
滝口の首根っこを掴んでやりたいところだが、うかつに近づけない。
どんPに目をやると、椅子から転げ落ちてしまったようだ。余計なことをされるよりはいい。
「どうしたんですか!」
隣の部屋から牧が駆け付ける。
「牧、危ない!」
滝口は狂気を帯びた目で牧を捉える。振り上げたパイプ椅子を下ろそうとしたまさにその時に、滝口は自分の足に引っかかって、すっ転んだ。
「確保ぉ!」
滝口に一斉に飛び掛かる。
「けんたぁあ、けんたー」
滝口は泣きながら息子の名を叫んだ。
「てんめぇ、余計なこと聞いてんちゃうぞ!」
どんPと一緒にこってりと副部長にしぼられた後、部屋でどんPを叱り飛ばす。
「せっかくシュンとなって、大人しくムショ入ろうとしてる奴に、子どもの話なんてしたら変な気起こしてまうやろが!」
「いや、でも」
「またあれか、自分がやったことと向き合わせるとか、更生のためにとか言いたいんか」
「そ、そうです。二度と覚醒剤を使わないために、罪を犯さないために・・・」
「お前のせいで、滝口は椅子振り回す罪を犯したんちゃうんか!」
「それは・・・でも更生」
「更生はうちの仕事ちゃう言うたやろ!」
「直接的な仕事ではないですけど、再犯率は社会的な問題で・・・」
「お前は政治家か? 再犯率を下げる手っ取り早い方法分かるか? ムショにぶち込んどくことや。」
「そんな・・・社会復帰を促進・・・」
「ええか、理想は理想、現実は現実。理想がアカンて言うてんのちゃうで。でも検察庁は現実を見る所や。『すいません、もうしません』て泣いてた奴が、猶予付いた途端にまた捕まってくる。そういう所や。それで泣く被害者はどうなる? 『なんで刑務所に入れといてくれなかったんですか?』っていう被害者にどう答える? 『裁判では面倒見るって言ったけど、家族でももう面倒見られません。どうか刑務所に入れといてください』っていうAの家族には? その人らの前で、お前は『更生のためには社会内での復帰が必要です』って言えるんか!」
私の怒りは一向に収まらない。
被疑者の人権、被告人の社会復帰。
んなことは分かってるよ! その裏で泣いてる被害者、家族。どんPは知らないのだ。軽々に保釈を認めるJと同じだ。再犯を犯すことで、また泣く被害者、家族が生まれる。その顔が浮かばないのだ。
「クソ喰らえや」
どんPはうなだれたままだ。
外では梅雨の雨が今日も続いている。
「横居さん、もう1回、僕にチャンスもらえませんか?」
絞り出すようにどんPが言った。
チャンスだぁ? 喉仏を引きちぎってやろうと思ったら、浦田Pが私を制するように微笑んだ。そのエクボはズルイ。
「僕が正しいなんて思いません。検事としては間違っているのかもしれません。でもやっぱり、このままじゃ刑務所を出て入っての繰り返しです。それに僕は気づいたんです。滝口さんには・・・」
止まない雨はない、と言う。
んなことは分かってるよ、と私は思う。当たり前の言葉にどんな意味を持たせるか、だろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
お読みいただき、ありがとうございます。
平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。