ツンデレラ
「おい、そろそろ時間やろ」
横居さんが時計を顎でさす。間もなく19時。いつもなら、ここからが仕事という時間だが、今日は同期会がある。「お先に失礼します」って言いづらかったところで、横居さんが声をかけてくれたので助かった。
「す、すいません。お先に失礼・・・・」
「ええからはよ行け。仕事も遅い、飲み会も遅いじゃ、検察官バッチ取り上げや。おい、財布忘れてる」
横居さんに追いやられるようにして庁舎を出る。
お馴染みの店に着くと、既に入っていた同期の田部が「こっちこっち」と手を挙げた。
歩くと、靴底がねちゃっと床にくっつく中華料理屋。店は古いが、うまくて、ボリュームがあって、庁舎から近く、何より安い。つまり、新任検事が集まりやすい。と言ってもなかなか予定が合わず、今夜は久しぶりの同期会だ。
「はいはい、駆け付け3杯」
と言ってコップを渡してくる。
「え、いきなり紹興酒? まずは生ビールで・・・」
「生ビールは1杯480円、紹興酒はこの1瓶で580円。お前に生ビールは十年早いよ。はい、かんぱーい」
チーンと杯をぶつけて一気にあおると、「ぷはーぁっ」と声が出た。
「立会に鍛えられてるらしいな」
と嶋。司法試験に2位で合格したという天才だ。いつもながらの単刀直入です。
「まぁ」
と答えをにごす。
「多田野くんの立会って、あの美人の、えーと横居さんよね?」
と言うのは立花。およそ検事のイメージとかけ離れたほんわか系の少女。
「美人なのか?」
と嶋。
「美人も美人。モデルでも女優でもおかしくない。キムタケの検事ドラマに出てた、あの女優そっくりだ」
と田部。
「そんな美人に鍛えられてるわけだ」
「怒られて興奮してるらしい」
「しかも関西弁で」
「ドМじゃん」
と口々に言うのでツッコもうと思ったら、「お待ち」と餃子が出てきた。
「そんなに怒られてんの? なんで?」
と立花。
「横居さんは美人なだけじゃなく、めちゃめちゃ仕事できんだよ。新任検事なんか敵わないくらいに。『新任検事三人より、横居さん一人の方が仕事が回る』なんて言われてる」
「それはすごいな。で、どうなんだ。多田野は好きなのか? 横居さんのことが」
嶋がぶっこんで来たので、喉を通っていた餃子が逆流して、ブフッと噴き出してしまった。
「うぉーい、きたねぇな!」
「もったいない、出た具を包み直せ」
「私の一張羅に何すんのよ」
などの怒号が浴びせられる。
「図星だな」
なおもゴホゴホ言っている僕に、嶋がおしぼりでスーツを拭きながら追い打ちをかける。
僕が反論しようとしたら、「エビチリお待ち」と店員さんに遮られた。
「横居さん、美人なだけじゃなく、一斉考試で全国一位だったらしいわよ」
「一斉考試って?」
「事務官が受けないといけない試験よ。入庁してから10年間くらいは毎年一回受けないといけないんだって。確か憲法、刑法、刑訴に民法も試験に含まれてたかな」
「働いてからも試験あるのかよー、辛いぜ事務官」
「ってか検事なんだからそれくらい知ってなさいよ」
「で、横居さんはその一斉考試で全国一位だったわけだ」
「●●大法学部出身なんでしょ?」
「げ、俺より断然高学歴じゃん。なんで事務官やってんだ」
「美人で、仕事ができて、頭も良いときた。どうする、多田野?」
三人の視線が僕に集まる。
この「どうする?」が恋愛対象としてアプローチするのか聞いているということは、鈍感な僕でも分かる。
検事とその立会事務官の恋愛というのは、多くはないが、稀にあると聞く。結婚に至ったカップルもあるらしい。
何カ月、ペアによっては年単位で“相棒”として、共に激務に立ち向かうのだ。
家族よりも一緒にいる時間は長く、恋愛感情が沸いたっておかしくはない。おかしくはないが、僕と横居さん・・・あり得ない。
確かに、横居さんは美人で仕事もできて頭もいい。
しかし、忘れてはだめだ。横居さんのアイデンティティーには更に「ドS」が加わる。そして僕はMじゃない。
さらに丸刈り。あの夜以来、丸刈りの話はしていない。もしかして夢ではなかったかとも思うが、どうしてもあの丸刈り頭が離れない。
三人は僕が横居さんを狙っている設定にしたいらしいが、何度だって断言しよう。僕が横居さんを好きになるなんて絶対にない。横居さんが僕を好きになることは絶対の絶対にない。
「でもツンデレラって聞いたぞ」
「なんだよ、ツンデレラって」
「ツンデレが激しくて、ごくごく一部の人にはデレってするけど、後は相手が検事正だろうが、部長だろうが、警察だろうが、ツンツンしまくってるって。だからツンデレラ」
「検事正にも? ひょえ~」
「ツンデレの域超えてないか?」
「逆に誰に対してはデレになんだよ」
「浦田Pにはデレらしいぞ」
「浦田さんって、あの浦田さん? ダンディーを地で行くような人よねぇ」
「男の帝って書いて、男帝・浦田って言われるくらいだからな」
「男も憧れるよな。多田野じゃ相手にならない」
「でも多田野くんはドМなんでしょ? ちょうどいいじゃない」
「ゲーホッ、ゲホゲホッ」
エビチリのチリが喉に引っかかって咳が出た。
「きたねぇ、また噴き出したぞ!」
「中距離弾道ミサイルか!」
「ちょっと! 染みになるじゃない!」
の怒号をかいくぐりながら、「ドМじゃない」とツッコもうとしたら、「紹興酒、お代わりね」と店員さんが新しい瓶を持ってきた。
「まぁ飲め」
と阿部に勧められ、クイっと空けた杯を差し出す。
「そうやって、勧められるままに杯を差し出す。ドМだねぇ」
僕はどうやらドМらしい。
頭が痛い・・・昨夜の紹興酒が悔やまれる。
起きて鏡を見ると、まだ顔が赤い気がする。こんな顔で出勤したら、横居さんになんと言われるか分らない。
顔をざばざば洗って、水道水をがぶ飲みする。背広のポケットにマスクが入っていた。ラッキー。顔を隠せる。
ダッシュで出勤してぎりぎりセーフ、と思ったら
「新任風情が社長出勤とは、いい御身分だな」
と横居さんから嫌味を喰らった。遅刻してないから「社長出勤」ではないのだが、「スイマセン」と謝る。こんなところがМなのかな。
「それに、なんだそのマスクは。私が笑って許すとでも思ったのか? まさかそれで仕事する気か?」
マスクを取って見ると、ただの白いマスクと思っていたそこには太字で「ドМ」と書かれていた。
あいつら。
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