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白のパンダ


 スナックの前で刑事さんと会って、捜査の進捗を受けた後、スナックの周りを回ってみた。

 街灯もまばらな町のスナックは、昼に撮影された事件記録の写真とは雰囲気が全く異なる。意外と静かな町では、ピンク色の電飾と、カラオケの音は異世界を感じさせた。店内から音程を外した歌声と手拍子が聞こえてくる。

「ママには今日行くことを言ってますので」

 刑事さんにそう促されて、スナックに入る。

「はーい、いらっしゃいませ」

 ママとおぼしき女性が、他の客の目もあってだろう、我々に愛想を振りまく。

 歌っていた初老の男性がチラッとこちらを見た。どんPも私もスーツ姿だったから、さぞかし場違いだったはずだ。

 店内はこれぞスナックという造りで、五名ほどのカウンターと、4、5名用のテーブル席が二つあった。一度席に着くと、二時間、三時間はゆっくりしてしまいそうな落ち着いた雰囲気がある。

 中岸たちのグループが座った席に着いた。

「はい、どうぞ」

 ママがおしぼりを持ってきてくれた。ママは小声で

「他のお客さんがいるから、目立つことしないでね」

と刑事さんに告げた。50歳を超えたくらいだろうか。ぽっちゃり系でガハハハッと笑う豪快なママを想像していたが、美魔女と言ってもいいような凛としたママだ。このママなら、少し町外れたスナックも人気になるだろう。

「じゃあ、僕はハイボールで」

とどんPがママに言った。こいつまさか飲む気か? 私と刑事さんの視線が合う。

「じゃ、じゃあ、ハイボールをもう2つ」

と私がママに言う。さすがに私たちが水では目立つ。

「今日は朱美の出勤日ではないそうです」

 刑事さんの情報を聞いていると、ハイボールとお通しのナッツが運ばれてきた。

「ではカンパーイ」

と言ってどんPがハイボールに口を付けそうになるところを、大きく咳払いをして止めた。今は仕事中だ。私だって吸い込みたいのを我慢している。

 客が引いたらママに少し話でも聴こうと思っていたが、客足はなかなか引かない。

 途中、どんPはパフィーの『アジアの純真』を歌い、ママと他の客に盛り上げてもらって良い気分になっていた。

 白のパンダをどれでも全部並べて~♪

 ・・・お前の頭の中は一体どうなってるんや。

 客は引くどころか、常連客が一人と、三人組が入ってきて店内は賑わい始めた。ママは甲斐甲斐しく働いていて、話を聴けるような雰囲気ではない。今日話を聴くのは断念して、帰ることにした。

 帰り際、どうにも気になって、刑事さんとどんPに先に出てもらい、中岸が小早川を殴ったという場所に立ってもらった。

 えっと、確か、ママは店内のここから殴る瞬間を見て・・・って。ん? ここで合ってるよな。あれ? 見えない。ここからだと、看板がジャマしてどうにも二人の姿が見えない。

 もしかして、殴る瞬間を見たっていうママの証言は・・・そう、被害者や目撃者が必ず正しいことを言っているとは限らない。ウソをつくつもりがなかったとしても、人の記憶は曖昧だ。記憶とは異なる、別の場所で目撃していた可能性もある。


「検事、これでは起訴できません」

 店内からの視認状況をどんPに伝える。もちろん、その隣には担当の刑事さんがいるので、警察の手前、「お前」や「どんP」とは呼ばず「検事」と呼んだのだ。

 防犯カメラ映像は証拠として弱く、目撃者の供述に裏付けがないとなると、一転して起訴は難しくなる。

 ここで、不起訴の判断をするのも一つではあるが、起訴するための証拠を収集するのも一つ。そしてその前に、なぜこのように供述とその裏付けが齟齬しているのかを究明する必要がある。ここは検事の腕の見せ所だ。

 しかし、私に言われたどんPは

「えっとー、そ、そうですよね。難しいですよね。なるほどねーなるほど、難しいかぁ」

と明らかに動揺して、メモ書く手が震え始めた。

 そして動揺のあまり、メモ帳に「今アクセスラブ」と書いていた。


 刑事さんにお願いして、被疑者と被害者の小早川、朱美、被疑者の中岸の友人たち、そしてスナックのママの関係性を調べるとともに、付近の防犯カメラをもう一度捜索してもらった。

 すると、警察の地道な捜査のおかげで新たな事実が分かった。

 まず、朱美こと小暮(こぐれ)咲希(さき)は、被害者小早川の孫であること。

 そして、現場から離れた、マンション3階に設置されていた防犯カメラが奇跡的な角度で現場を捉えていたこと。この防犯カメラの映像を拡大し、コマ割りで見ると、店を出た中岸と小早川が立ち話をした後、小早川がうずくまるまでに、やはり中岸の腕は動いていないように見えた。

 これらの情報を基に、再度、スナックのママや、小早川、朱美の供述を聴取してもらったところ、事実は以下のようになる。


 小早川とママは中学校の同級生だ。

 小早川はママから「スナックをオープンした」とは聞いていたが、仕事が忙しくてなかなか行く機会がなかった。

 小早川は5、6年前に初めて店を訪れ、以降は、年に数回顔を出すようになった。

 小早川が顔を出すのは、他に客のいない開店直後頃が多かったので、他の客と会うことはほぼなく、中岸と会ったのもおそらく今回が初めてである。

 小早川はある時、店で「女性募集」の貼り紙を見る。ママに聞けば、ホステスが辞めてしまったということであり、おかげさまで店が忙しいので、良い子がいれば紹介してほしいとのこと。「もちろん時給は弾む」と。

 この時小早川は、孫の咲希が、一年間海外で留学したいと言っていたことを思い出した。

 ただ、大学の講義やゼミに真面目に取り組んでいる咲希は、なかなか昼にバイトするのが難しく、どうしてもバイトの時間が短くなってしまい、お金が貯まらないと嘆いていた。孫への小遣いは奮発していたが、それでも留学費用には及ばない。

 さすがに夜の水商売を二十歳そこそこの孫に勧めるのはどうかとも思ったが、接客商売で得た経験は社会に出て必ず役に立つし、同級生のママの店なら安心だろうということで、咲希を一度スナックへ連れて行った。

 愛らしい見た目と優しい物腰の咲希は、すぐにママに気に入られ、咲希も高い時給に惹かれ、「朱美」として働くことになった。

 咲希が働くようになり、ますます店は繁盛しだした。ママはホクホク顔、といきたいところだが、困ったこともあった。

 中岸である。開店当初の閑散期から店に来てくれる常連客であり、有難い存在ではあるが、「自分がこの店を支えている」と思っている節があり、それが言動の端々に出ている。ママに対してだけの態度なら聞き流すだけだが、酔うと他の客に絡むこともあって、それで離れていった客もいる。

 水商売では客質が大事だ。スナックに来た客は、ママやホステスとの会話だけを楽しむのではない。お酒やおつまみはもちろん、店の雰囲気や、時には客同士の会話も楽しみの一つとなる。

 ママやホステスが客を連れてくるというのではなく、客が客を呼ぶというのが理想だ。いわゆる口コミというやつで、「あのスナックは雰囲気がいいよ」と広まれば、客は来る。

 ジャージ姿で息巻くジジイが居る店に、だれが憩いを求めてやってくるだろう。

 ただ、咲希が働くようになってから、咲希見たさにスーツ姿の客層も増え、近所のおじいちゃんのたまり場から、働く男の癒しの場となりつつあった。

 さらに中岸の悪いところは、金払いである。毎回ツケで払い、回収できても2、3カ月後。「そんなに飲んでない」だの「あれはまずかったから払わない」だの文句を言うこともしばしばである。ママにとってはこんな常連なら来ないでほしいくらいだが、さすがに「来るな」と言うのは気が引ける。

 客層の変化で、中岸が自然と店を離れていってくれればとママは願っていたが、中岸はいたく咲希が気にいって、週に2回、3回とスナックを訪れるようになった。

 その背景事情があっての本件当日である。

 小早川は友人と飲んだ帰り道、ふと咲希が働いている様子を見に行こうと思いたった。

 小早川が店に入ると、小綺麗とは言い難い、ジャージ姿のジイサンたちが大声でどなるように話していたので少し驚いたが、孫の元気そうな様子を見て安心した。

「ネオンの下で薄化粧の咲希を見ると、我が孫ながら、女優かアイドルのタマゴに見えた」

のだそうだ。

 小早川が孫との久しぶりの会話を楽しんでいると、中岸が小早川に絡んだ。

 中岸は既に出来上がっており、小早川に大声で「朱美ちゃんは俺たちと飲んでんだよ」というようなことを言った。

 中岸はカラオケバトルでもしたいのか、小早川が歌うと、すぐに同じ曲を選曲して歌うのだが、酔っぱらっていて音程も歌詞もめちゃくちゃだった。

 小早川は、ママや咲希の様子から、中岸に相当迷惑をかけられていることが分かった。

「自分も若い時に散々酒で失敗してますが、あれはひどい。営業妨害ですよ。実際、私が一見の客なら、あの店には二度と行かないでしょうね」

と小早川。

 中岸が小早川に近付いて、酒臭い息でなんだかんだと言ってきたので、小早川が思わず「迷惑な客だな」と言うと、中岸は激高した。

 さすがにイカンということで、中岸の友人たちが中岸を連れて帰った。

 中岸が帰った店内で、小早川はママと咲希から、これまでの中岸の傍若無人な振舞いを聞いた。

 小早川にとってママは、可愛い孫の雇い主であるだけでなく、初恋の相手だった。小早川は中岸に対する怒りがふつふつと沸くとともに、「どうにかしてやりたい」と思った。

 すると、中岸が店に戻ってきた。中岸は、千鳥足で、呂律もうまく回っていないが、小早川に「朱美を取った」などと言いがかりをつけ

「殴らせろ」

と言った。

 ここで小早川は思いついた。中岸が自分を殴れば、中岸は傷害罪となる。うまくいけば中岸を刑務所に送ることができるし、少なくとも、この店には近寄れなくなるだろう。どうせこの千鳥足だ。殴られたって大したことにはならない。どうせなら証拠を残すために、ママが店の入り口に設置したと言っていた防犯カメラに映ってやろう。

 ここまで考えて、小早川は中岸に

「殴れるもんなら、外に出ろ」

と挑発した。ママと咲希には

「大丈夫だから任せろ」

と言った。

 小早川は中岸を連れ出し、殴られるのを待っていた。しかし、一向に殴る気配はない。挑発してみても、ブツブツと何かを言うばかり。しまいには中岸は立ったまま、ヨダレを垂らして寝はじめた。

 ここでも小早川は思いつく。本当に殴られなくても、殴られたことにすればいい。防犯カメラの映像は、ママに見せてもらったことがある。「今のはこんなにキレイに映るのよ」って、確かこの辺りがギリギリ映る範囲だったはすだ。他に防犯カメラがあったとしても、中岸の腕を隠すように立って、自分がうずくまれば、腹を殴られたように見えるに違いない。

 こうして傷害事件の映像が出来た。

 小早川は迷惑をかけまいと、ママと咲希に傷害事件を捏造したことは言わず、中岸に腹を殴られたとだけ告げた。

 また、小早川は二人に、警察が話を聴きに来た際には、小早川は一見の客であること、二人が店を出た後は見ていないことなどを言うように伝えた。

 ママが「中岸さんが殴るところを見ました」と述べたと聞き、小早川は驚いた。義理堅いママは、自分を救おうとしてそんな嘘をついたのだろう。


「いやぁ、今回もほんっとに横居さんに助けられました」

 どんPが白々しく私に言う。

「中岸さんの傷害は容疑が晴れましたけど、でも、これで良かったんですかね。中岸さんは『殴らせろ』なんて言ってたわけですし、他のお客さんの供述からしても、スナックでの態度はほんとに酷いですよね。だからって、犯罪を捏造していいって話ではないですけど」

 犯罪はあってはならない。

 しかし、犯罪の捏造はもっとあってはならない。

「ほんとあのスナック、雰囲気良かったなぁ。北京、ラブリン、ダブリン、リベリア~♪」

 こいつ、今回の事件で仕事したのか? お気楽同心め。




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お読みいただき、ありがとうございます。

平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。

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