女の急所
そしてこの夜、横居さんとの間でもう1つ衝撃的な出来事があった。
いや、容易に想像されるような、男女の甘酸っぱい出来事なんかでは決してない。
むしろ思い出したくもない、激辛で、鼻がツーーンとなるものだ。
飲み屋の帰り道、横居さんは
「もーぉ1軒行くぞーぅ」
と言いながら、千鳥足で僕に寄っかかってきた。
先ほど胸ぐらを掴まれたのが脳裏をよぎる。「ダメだ、これ以上この人を酔わせたら、明日の朝を無事に迎えられない」と僕の本能は告げる。
「今日はこの辺で・・・」
と恐る恐る言うと、横居さんは
「あぁん? アタシの酒がぁ飲めないってかぁ?」
とメンチを切るが、明後日の方向を向いている。
僕が苦笑いをすると
「俺らが相手しましょうかー?」
という声が聞こえた。
声をかけてきたのは25,26歳と思われる男性で、その後ろに同じ年ごろの男性が4名いた。
「大丈夫です、すいません」
と言って、僕は通り過ぎようとしたが
「いやいや、お前には聞いてないから」
とその男は横居さんを見る。後ろにいる男たちが止めるでもなく、にやにやと笑っているのを見て、脂汗が出てきた。ヤバイのに絡まれてしまった。
「俺たちとなら楽しいよ~」
と男は横居さんをのぞき込む。
横居さんは顔を上げて「ガキはお断りや」と言って、またフラフラと歩き始めた。仲間の男たちはそれを聞いて手を叩いて笑う。
声をかけた男は「ガキ」と言われたことに腹が立ったのか、仲間の笑いものにされて腹が立ったのか、その両方なのか、怒気をはらんだ声で「おい待て」と言って横居さんの肩に手をかけた。
前に進もうとする横居さん。振り返らせようとする男。
男のかけた手の指が横居さんの髪に当たったのだと思うが、横居さんの髪の毛がずるむけた。そう、「ずるむけた」のだ。
「ひいぃぃぃぃぃ」
道にボトリと落ちた髪の毛を見て、僕は思わず絶叫した。叫ぶが早いか、廻し蹴りが男の顔面スレスレの所でビターっと止まった。
男は反射的に大きくつぶった目を、ゆっくり開ける。
男の鼻の1センチ前にヒールがあり、その脚を繰り出している女性は丸刈りだ。
青っぽい丸刈り頭が街灯に照らされて、とても美しかった。
可愛いとか、きれいとかではなく、一つの美術品、一幅の絵画のような美しさだった。
男の足元には髪の毛、いや、カツラが落ちている。
廻し蹴りの女性は、無言でカツラを拾うと自分の頭に乗せた。それはまさしく横居さんだった。
「行くで」
横居さんが言う。男も僕も、何が起きたのか分からず茫然としていると
「おい、行くで」
と横居さんは振り返って再び僕に言った。
「ハイッッ!」
僕は今日一番の返事をして横居さんの後を追う。
僕が追いつくと横居さんが口を開いた。先ほどまでの酔っ払いの雰囲気とは違う。
「男は股間、女は髪の毛が急所って言われるからな。カツラにして急所を無くしたんや。丸刈りなら急所にはならんし、相手の隙を作れるし、ドライヤーも不要。一石三鳥とはこのことや。クックック」
と僕を見た。目が鈍く光る。怖い、怖すぎる。
「このことは誰にも言うなよ。バレたら敵の隙をつくことができなくなるからなぁ」
敵? 仇討ちでもするつもりですか? 横居さんに敵視されたら、それはもう終わりでしょう。
「それにしても、酔いが醒めてもうたな。次の店行くで」
「ハイッッ! お伴いたします!!」
僕は背筋を伸ばし、人生一番の返事をして横居さんの後を追った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
お読みいただき、ありがとうございます。
平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。