ツンがデレする破壊力
「お疲れ様でーす!」
ビールジョッキをぶつけ、泡と液体を体に流し込んでいく。
僕が「ぷはーっ」とジョッキを置いても、横居さんは流し込み続ける。
んぐんぐんぐ
と横居さんの喉は鳴り続け、ドンと置いたジョッキは空になっていた。
調書を送った後、バタバタと挨拶をすませ、別の検事から依頼されていた件も終わらせると、午後7時を過ぎた。宿泊先への道すがら、勇気を出して「1杯どうですか?」と横居さんを誘ってみた。
が、即座に「ダメだ」と断られた。せっかく清水の舞台から3回飛び降りるほどの勇気を振り絞ったのに。しょぼくれていたら
「鞄の中に調書が入っている。飲んで我を失うような私ではないが、万が一にも気を抜くようなことがあってはならない。まずはホテルに荷物を置いてからだ。行くぞ」
だって。
「あーっ、うまい。スイマセーン、もう1杯。いや2杯」
すぐに出された2杯も、横居さんはあっという間に吸い込んだ。
僕があっけにとられていると、隣のおじさんが「姉ちゃん、飲みっぷりがいいねぇ。よし、おじさんが1杯おごってやるけん」
と言って、横居さんに生中1杯が届いた。
「遠慮なく」
と言うが早いか、ものの十秒程で吸い込んだ。
店内から「おおっ」と野太い歓声が上がる。
「よし、俺も1杯おごる」
とどこからか聞こえ、「俺もだ」と続いた。
横居さんと僕のテーブルには瞬く間に6杯の生中が届けられた。
横居さんは顔色ひとつ変えず、杯を軽く上げたかと思うと、一気呵成に吸い込んだ。
「兄ちゃんも頑張れ」
という声につられ、僕は立ち上がって応援に応えた。つもりだったが、横居さんが淡々と3杯飲む間に、1杯飲むのがやっとだった。
「兄ちゃん、無理するなー」
と誰かが言うと、店内は笑いで包まれる。
横居さんが、テーブルに届けられた最後の生中を、まるで1杯目かのように吸い込んでジョッキを置くと、店内から拍手喝采が起こった。
「横居さんってアルコール依存症ですか?」
と僕が聞くと、枝豆の殻を投げつけられた。
「あほぅ」
と言うが、怒ってはなさそうだ。
その後、更にハイボールを2杯吸い込み、「ウイスキーのカステラサイダー割り」なる飲み物を飲んだところで、横居さんの様子が変わってきた。
「カステラちゃん、うんまい。長崎はやっぱりカステラちゃんね。黄色い黄色いカステラちゃん、うんまいうんまいカステラちゃん。アハハ」
と一人で笑って、箸でジョッキをカンカン鳴らしている。
「カステラサイダー割り、もう1杯くださーーい。大ジョッキで! ねぇ、多田野ちゃんは飲んでるの? 多田野ちゃんだけど、タダじゃないんですよ。しっかり飲んで、しっかり払ってくださいよ。アハハ」
あの横居さんがかなりのご機嫌だ。こんな機会はなかなかないだろうから、色々聞いてみよう、と自分の中の好奇心が頭を上げる。
「横居さんって、なんで事務官になったんですか?」
「んもぅ、やだ。そんなこと聞いちゃヤダ。仕事の話はシーッよ」
と唇の前に人差し指を立てる。な、なんだこの仕草は・・・か、かわいいぞ。
「じゃあ、横居さんは彼氏とかいるんですか?」
とぶっこんでみる。頭のどこかで「セクハラ発言」の赤ランプが光ったが、僕もビールと焼酎で鈍っていた・・・こんな言い訳、まるで否認する被疑者のようだ。
「え、聞いちゃう? それ聞いちゃう? どうしよっかなぁ」
「じゃあ、やめときます」
「えーっ聞いてよ」
「・・・めんどくさくなってきた」
「ヤダヤダ、めんどくさくなったらヤダ。じゃあ彼氏はいるかいなかどちらでしょーかっ。シンキングターイム!」
と横居さんは言って、ふんふ~ん♪と鼻歌を歌い始めた。
「はい、時間で~す。では答えをどうじょ!」
「えーっと、彼氏は・・・いない!」
と僕が応えると
「貴様、そこはウソでも『いる』と答えるところであろう。無礼者!」
と言って、横居さんは刀で斬るふりをした。
酔っぱらってきた僕が「ぐわぁ」と言って斬られたふりをすると、横居さんが手を叩いて笑った。笑うとこんなにかわいいのかとドキリとする。
「正解わぁ・・・いましぇーーん」
「やっぱりいないんかーい」
「おい、『やっぱり』とはどういうことだ。成敗いたす」
と横居さんは言って、再び刀で斬るふりをした。
「お代官様ぁ、お許しをぉ」
と僕が大袈裟に言うと、また横居さんが大喜びした。楽しいなぁ。
「横居さんの求めるハードルが高すぎるんじゃないですかー?」
と僕が言うと、横居さんはジョッキを片手に手を横に振り、「そんなことない」とジェスチャーした。
「なんでかなぁ。美人すぎるから近寄りがたいってか? なんでモテないんやろ。ねぇ、なんでなん?」
とぽってりした唇を突き出しながら、潤んだ瞳で見上げてくる。
うーーーーーん、僕は今、何を目にしているんだ?
そしてこの感覚は何なんだ?
めっっっちゃくちゃ、かわいい。
なんだこれは? えげつないかわいさだ。
「可愛げがないねんなぁ。かわいくなりたいなぁ」
オラオラ系の横居さんが、軽くため息をつきながら、大きな瞳をくりくりさせて僕を見てくる。同一人物なのか?
僕はいつの間にか、別のテーブルに座ってしまったのか??
はっ、もしかして、横居さんは酔っぱらうと「デレ」になるのか? そうだ、そうに違いない。いつもツンに抑えられている分、酔ってデレが出てきたに違いない!
し、しかも、めちゃくちゃかわいいぞ!
ただでさえ美人なのに、デレになられると最強じゃあないですか! スターを取ったマリオだよ。
「どうしたらかわいくなれるんやろ?」
と僕をチラッと見てくる。
将来、横居さんの彼氏になる人はラッキーだ。
「あ、方言とかどうですか? 方言しゃべる子は可愛いっていうし。長崎弁とか」
「長崎弁かぁ。ほんじゃあこんなんどう?・・・あんたのこと好いとっと」
「とっとーーーっ! か、可愛すぎますよ、横居さん!」
「えっ、そう? じゃあ次は・・・一緒にいてほしか」
「ほしかーーーっ! 破壊力ハンパないっすね」
「なんか恥ずかしか」
「かしかーーーっ! 横居さんに言われたら、男は全員鼻血もんですよ」
「ほんまに? 私、本当は寂しがり屋やねん。でもどうしていいんか分からんくて、ついツンツンしてしまう。方言に頼らなくても、かわいくなりたい」
ここまで聞いた僕の顔はどんなだったのだろう。鼻の下は床に着くまで伸びていたに違いない。
「どうしたらいいんやろ」
そう言って横居さんが困った顔をする。
「ねぇえ、どうしたらいい?」
と僕の袖を引っ張ってきた。
「ねぇ、教えてよ~」
つれなくしている僕に甘えてくる美女。ここは天国か?
だめだ、本当に鼻血が出てきた。
「ねぇ、ねぇぇ」
ち、近い。横居さんからなんかいい匂いがする・・・まずい、正気を保つんだ。
「ねぇ・・・なぁ・・・」
あぁしばらくこの天国に浸っていたい。
「なぁって・・・おい、なんで何も言わへんねん」
と言うが早いか、横居さんは僕の襟をギュッと掴んだ。思わず「ひっ」と声が出る。
「ワシが聞いとんねん! 何か言わんかい、ワレぇ!」
ギャーーーッ、「ツン」のお出ましだーーーっ!!!
「鼓膜引っ張り出して、直接問いかけたろかい!!」
この日の飲み会が、僕の新たなトラウマになったのは間違いない。
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