表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/17

ツンがデレする破壊力


「お疲れ様でーす!」 

 ビールジョッキをぶつけ、泡と液体を体に流し込んでいく。

 僕が「ぷはーっ」とジョッキを置いても、横居さんは流し込み続ける。

 んぐんぐんぐ

と横居さんの喉は鳴り続け、ドンと置いたジョッキは空になっていた。


 調書を送った後、バタバタと挨拶をすませ、別の検事から依頼されていた件も終わらせると、午後7時を過ぎた。宿泊先への道すがら、勇気を出して「1杯どうですか?」と横居さんを誘ってみた。

 が、即座に「ダメだ」と断られた。せっかく清水の舞台から3回飛び降りるほどの勇気を振り絞ったのに。しょぼくれていたら

「鞄の中に調書が入っている。飲んで我を失うような私ではないが、万が一にも気を抜くようなことがあってはならない。まずはホテルに荷物を置いてからだ。行くぞ」

だって。


「あーっ、うまい。スイマセーン、もう1杯。いや2杯」

 すぐに出された2杯も、横居さんはあっという間に吸い込んだ。

 僕があっけにとられていると、隣のおじさんが「姉ちゃん、飲みっぷりがいいねぇ。よし、おじさんが1杯おごってやるけん」

と言って、横居さんに生中1杯が届いた。

「遠慮なく」

と言うが早いか、ものの十秒程で吸い込んだ。

 店内から「おおっ」と野太い歓声が上がる。

「よし、俺も1杯おごる」

とどこからか聞こえ、「俺もだ」と続いた。

 横居さんと僕のテーブルには瞬く間に6杯の生中が届けられた。

 横居さんは顔色ひとつ変えず、杯を軽く上げたかと思うと、一気呵成に吸い込んだ。

「兄ちゃんも頑張れ」

という声につられ、僕は立ち上がって応援に応えた。つもりだったが、横居さんが淡々と3杯飲む間に、1杯飲むのがやっとだった。

「兄ちゃん、無理するなー」

と誰かが言うと、店内は笑いで包まれる。

 横居さんが、テーブルに届けられた最後の生中を、まるで1杯目かのように吸い込んでジョッキを置くと、店内から拍手喝采が起こった。

「横居さんってアルコール依存症ですか?」

と僕が聞くと、枝豆の殻を投げつけられた。

「あほぅ」

と言うが、怒ってはなさそうだ。


 その後、更にハイボールを2杯吸い込み、「ウイスキーのカステラサイダー割り」なる飲み物を飲んだところで、横居さんの様子が変わってきた。

「カステラちゃん、うんまい。長崎はやっぱりカステラちゃんね。黄色い黄色いカステラちゃん、うんまいうんまいカステラちゃん。アハハ」

と一人で笑って、箸でジョッキをカンカン鳴らしている。

「カステラサイダー割り、もう1杯くださーーい。大ジョッキで! ねぇ、多田野ちゃんは飲んでるの? 多田野ちゃんだけど、タダじゃないんですよ。しっかり飲んで、しっかり払ってくださいよ。アハハ」

 あの横居さんがかなりのご機嫌だ。こんな機会はなかなかないだろうから、色々聞いてみよう、と自分の中の好奇心が頭を上げる。

「横居さんって、なんで事務官になったんですか?」

「んもぅ、やだ。そんなこと聞いちゃヤダ。仕事の話はシーッよ」

と唇の前に人差し指を立てる。な、なんだこの仕草は・・・か、かわいいぞ。

「じゃあ、横居さんは彼氏とかいるんですか?」

とぶっこんでみる。頭のどこかで「セクハラ発言」の赤ランプが光ったが、僕もビールと焼酎で鈍っていた・・・こんな言い訳、まるで否認する被疑者のようだ。

「え、聞いちゃう? それ聞いちゃう? どうしよっかなぁ」

「じゃあ、やめときます」

「えーっ聞いてよ」

「・・・めんどくさくなってきた」

「ヤダヤダ、めんどくさくなったらヤダ。じゃあ彼氏はいるかいなかどちらでしょーかっ。シンキングターイム!」

と横居さんは言って、ふんふ~ん♪と鼻歌を歌い始めた。

「はい、時間で~す。では答えをどうじょ!」

「えーっと、彼氏は・・・いない!」

と僕が応えると

「貴様、そこはウソでも『いる』と答えるところであろう。無礼者!」

と言って、横居さんは刀で斬るふりをした。

 酔っぱらってきた僕が「ぐわぁ」と言って斬られたふりをすると、横居さんが手を叩いて笑った。笑うとこんなにかわいいのかとドキリとする。

「正解わぁ・・・いましぇーーん」

「やっぱりいないんかーい」

「おい、『やっぱり』とはどういうことだ。成敗いたす」

と横居さんは言って、再び刀で斬るふりをした。

「お代官様ぁ、お許しをぉ」

と僕が大袈裟に言うと、また横居さんが大喜びした。楽しいなぁ。

「横居さんの求めるハードルが高すぎるんじゃないですかー?」

と僕が言うと、横居さんはジョッキを片手に手を横に振り、「そんなことない」とジェスチャーした。

「なんでかなぁ。美人すぎるから近寄りがたいってか? なんでモテないんやろ。ねぇ、なんでなん?」

とぽってりした唇を突き出しながら、潤んだ瞳で見上げてくる。

 うーーーーーん、僕は今、何を目にしているんだ?

 そしてこの感覚は何なんだ?

 めっっっちゃくちゃ、かわいい。

 なんだこれは? えげつないかわいさだ。

「可愛げがないねんなぁ。かわいくなりたいなぁ」

 オラオラ系の横居さんが、軽くため息をつきながら、大きな瞳をくりくりさせて僕を見てくる。同一人物なのか?

 僕はいつの間にか、別のテーブルに座ってしまったのか??

 はっ、もしかして、横居さんは酔っぱらうと「デレ」になるのか? そうだ、そうに違いない。いつもツンに抑えられている分、酔ってデレが出てきたに違いない!

 し、しかも、めちゃくちゃかわいいぞ!

 ただでさえ美人なのに、デレになられると最強じゃあないですか! スターを取ったマリオだよ。

「どうしたらかわいくなれるんやろ?」

と僕をチラッと見てくる。

 将来、横居さんの彼氏になる人はラッキーだ。

「あ、方言とかどうですか? 方言しゃべる子は可愛いっていうし。長崎弁とか」

「長崎弁かぁ。ほんじゃあこんなんどう?・・・あんたのこと好いとっと」

「とっとーーーっ! か、可愛すぎますよ、横居さん!」

「えっ、そう? じゃあ次は・・・一緒にいてほしか」

「ほしかーーーっ! 破壊力ハンパないっすね」

「なんか恥ずかしか」

「かしかーーーっ! 横居さんに言われたら、男は全員鼻血もんですよ」

「ほんまに? 私、本当は寂しがり屋やねん。でもどうしていいんか分からんくて、ついツンツンしてしまう。方言に頼らなくても、かわいくなりたい」

 ここまで聞いた僕の顔はどんなだったのだろう。鼻の下は床に着くまで伸びていたに違いない。

「どうしたらいいんやろ」

 そう言って横居さんが困った顔をする。

「ねぇえ、どうしたらいい?」

と僕の袖を引っ張ってきた。

「ねぇ、教えてよ~」

 つれなくしている僕に甘えてくる美女。ここは天国か?

 だめだ、本当に鼻血が出てきた。

「ねぇ、ねぇぇ」

 ち、近い。横居さんからなんかいい匂いがする・・・まずい、正気を保つんだ。

「ねぇ・・・なぁ・・・」

 あぁしばらくこの天国に浸っていたい。

「なぁって・・・おい、なんで何も言わへんねん」

と言うが早いか、横居さんは僕の襟をギュッと掴んだ。思わず「ひっ」と声が出る。

「ワシが聞いとんねん! 何か言わんかい、ワレぇ!」

 ギャーーーッ、「ツン」のお出ましだーーーっ!!!

「鼓膜引っ張り出して、直接問いかけたろかい!!」

 この日の飲み会が、僕の新たなトラウマになったのは間違いない。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

お読みいただき、ありがとうございます。

平和や治安を守ってくださっている方々にスポットを当てた作品を作っています。よろしければリアクションや感想等をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ