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ぶっちゃけ


「うだうだ言い訳こいてんちゃうぞ」

 心の中で言ったつもりが、声に出てしまっていた。

 被疑者がポカンとした顔で私を見る。被疑者の前に座っている検事は、顔が青ざめているように見える。

「よ、横居さん、落ち着いて」

と言う検事は慌てていた。その様子を見て、検事に対する怒りも込み上げてきた。

「検事もなぁ、ここは人生相談所ちゃうねん。いつまでも話聴いてんと、はよせぇや」

 私の言葉に検事は「ハイッ」と背筋を伸ばした。

 しかし被疑者はまだ事態がのみ込めていないらしい。もう一発ガツンと言うてやらんと。

 被疑者の方を見やり、ロックオンする。

「おい、グチャグチャウジウジ言い訳こかんと、反省せぇや」

 今度は被疑者が背筋を伸ばし、「ハイッ」と返事した。よし、それでいい。

 思えば、検察庁はいつから被疑者にも優しい組織となったのだろうか。

 被疑者に人権があるのはその通りであるし、高圧的な取調べや人格を無視するような取調べを許してはならないのは全くその通りだ。

 ただし。

 ここは検察庁だ。悪いことをした輩は反省すべき場所なのだ。

 裁判を受けて有罪が確定するまでは「犯罪者」ではない? 分かってるよ、んなことは。

 でも、そうじゃない場合もあるでしょうよ。この覚醒剤の常習使用者のように。

 尿からシャブが出てんねん。

 3年前の公判で、「生まれてくる子のために、治療プログラムを受けます」って言っておきながら、プログラムの受講は1回だけ。

 出所したその足で売人の所へ行き、公衆トイレで使用してすぐに逮捕されている。

 それをムショでのストレスだの、フラッシュバックだの、これを最後にシャブはやめようと決意しただの、ぐっちゃぐちゃぐっちゃぐちゃ・・・反省するのが先ちゃいますのん?

 ちいちゃい子が、人の子ども殴ったらどうしますの?

 腹が立っただの、1回しか殴ってないだの言い始めたら、何て言いますの?

 まずは「ごめんなさい」でしょ。

 子どもでも分かることが、なんで大人が分からへんかなぁ。

 ビシッと言って、それを分からさなアカンのに、検察官もいつからか被疑者に厳しく言えない風潮になった。

 被疑者に敬意を持って接する。分かります、はい。大事なことです。でも、厳しくしたらダメってことじゃないでしょう。厳しいことを言われて、自分で反省しないと、また同じことやりまっせ。

「分かりますよ、あなたの気持ち」って、分かるなよ!

 そこは「アホか、お前の帰りを待ってる子どもがいるやろ!」や。

 近頃の被疑者ときたら、検察官が厳しく言えないことに甘えてへんか?

 ここをウンウンとうなずきながら話を聞いてくれる人生相談所やと思っている。そんな輩を見ると、ストローを鼻の穴に差し込んで、寝起きのくっさい息を思いっきり吹き込んでやりたくなる。っと、言葉が過ぎた。

 ここは検察庁、私の職場だ。

 私は検察事務官。

 私の前に座っているのは、左が検事で、右が被疑者。

 今はこの被疑者、滝口貴嗣の取調べ中だ。滝口は覚せい剤取締法違反の罪で警察に逮捕され、事件が検察庁に送られた。警察は逮捕から四十八時間以内に事件を検察庁に送る手続きを取らなければならない。世間では送検と言われるやつだ。

 今日は滝口の検察庁での第1回目の取調べとなる。この第1回目の取調べは「弁解録取」と言われ、被疑者の言い分を聴く機会になる。被疑者の言い分を聴いた上で、検察官は身柄拘束を行うための勾留請求を行うのか判断する。もちろん被疑者には黙秘権がある。

 滝口は覚醒剤の使用を認めた上で、いけしゃあしゃあと言い訳を繰り広げた。しまいには

「私は病気なんです。やめたいと思っても、自分では止められないんです」

と涙を流す演技も忘れない。

「ほんなら病院行けや。アホなんかお前は。」

と言いたいのを抑えて抑えて1時間以上が経過した。

 目の前の新任検事は、被疑者の言葉に「お気の毒に」「それは大変ですね」「本当はやりたくなかったんですよね」など、まさかの同情の言葉を発した。

「それ、いる? その同情いる? 雑誌のおまけのランチョンマットくらい、いらへんわ」

と言いたいのも我慢していたら、私の昼飯の時間が過ぎてしまった。昼飯はまぁいい。

 この見え透いた言い訳と、それに対する無駄な同情はいつまで続くの? えっ今日はスペシャルなん? 弁解録取の拡大スペシャル版? ドラマの初回拡大版みたいな? シャブ使用の認め事件の弁録なんて10分で終いやろ。

 いや、もうぶっちゃけます。オシッコ行きたいねん。もう限界近いねん。女子トイレに駆け込みたいねん。すぐに終わる、もう終わると思ってトイレ我慢してたけど、今や全身尿意です。このままやったら、全身の穴という穴から黄色い汁が出てまうよ。

 いかんいかん、トイレのことは忘れて集中集中。被疑者の何気ない一言に、何かが隠されていることもある。って、まだ言い訳続いてるやん!

 というところで、冒頭の言葉が思わず口から出てしまった。

 まぁ、取調べ中に小便が出るよりは、罵詈雑言が出る方が良いだろう。

 滝口は平謝りし、その後の弁解録取手続きはスッと終わった。私はトイレにダッシュ。トイレでシャーッとしながら、検事への説教を考える。




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