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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4章_夢の跡地

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4.??_水曜のリリウム

――空間座標、不明。

紅い夜の街。


動く死体と、蠢く肉塊が跋扈する街の中心にそびえる大きな城。


その城の玉座に、1人の女性が座っていた。

銀髪灰瞳の女性、常に不機嫌そうな顔をしている女性。


彼女の姉妹に、リリィと呼ばれている女性だ。

紅い月が、ガラス張りの壁面から入って来て、彼女の肌や髪を赤く見せている。


腰を掛けている玉座は、背格好の高い偉丈夫のために拵えられた物であり、女性としては長身の彼女であっても作りが大きい。


華奢な体躯であるのも手伝って、彼女が座ると、両端の肘掛けまでに少しばかり不格好なスペースが出来てしまっている。

椅子が、体型に合っていない。


そんな、自分が座るには一回り大きな椅子に、リリィは胡坐をかいて、片方の肘掛けに肘を預けて座っている。


肘をついて、頭を乗せて座る姿は、彼女の傲慢な性格を如何様に語るまでも無く表している。


玉座の上で寛ぎながら、退屈そうな視線を前に向けている。

視線の先には、何やら映像が流れている。


映像には、戦いの様子が映されている。

3人と1人の戦い。3人と2人の戦い。


リリィは、セツナたちと吸血鬼の戦いを、紅い居城の中で眺めていた。


吸血鬼の方は、ついさっきまでこの城の主だった個体だ。

今はもう、この城も、この街も、この世界すらリリィの物になった。


この城で起きた戦い、リリィと吸血鬼との戦いは、彼女からすれば退屈なものだった。


死の街を統べる首魁(しゅかい)なのだから、どんな残忍な性格をしているのかと思っていたら、ただの加虐趣味を気取る常人だった。


リリィが、ちょっと不死性と狂気を覗かせるだけで、萎えて手が止まるような男に用は無い。

あそこで、壊しても壊れない玩具に歓喜するような姿のひとつでも見せれば、退屈凌ぎに慰み物になってやるのも吝か(やぶさか)では無かったのだが、所詮は蝙蝠畜生と言ったところか。


鳥とも獣ともつかぬ者は、その信念さえフラフラしているらしい。

そんなフラフラしていては、女性を満足させることなんて無理な話だ。


ただ、余興としてはまずまずだった。

まずまずだったので、ご褒美に、彼が一番気持ち良くなれるところを撫でてやった。


結果、彼は青い空の下で死んだ。

太陽に()かれて死んだ。


満足であろう。

本望であろう。


勝負の行方を映像で見届けたのち、リリィは姿勢を正す。

胡坐を解き、脚を閉じて揃えて少しだけ横に流し、両手を膝の上に置く。


目を閉じて、まじないのように唱える。


「晴天に焦がれた赤錆よ、よく戦いました。

 あなたの業も、魂も、私はその全てを愛しましょう。」


言い淀むことも無く、感情的でもなく、それなのに温かい。

先ほどまでの不機嫌な女性とは似ても似つかぬほどに、穏やかで博愛に満ちた声色で、吸血鬼に語り掛けるように言葉を紡ぐ。


「今は眠りなさい、女神の膝元で。

 運命の輪廻が、銀色の月が、再びあなたを夜明けへと導くまで。


 あなたのこれまでを、あなたのこれからを、私はその全てを愛しましょう。」


これは本心。

紛れも無い、偽りざらぬリリィの本心。


‥‥あくまでも、彼女基準の本心ではあるが。


言葉を紡ぎ、終えた。

目を開くと、玉座の間の扉が開く。


扉の前には、かつては吸血鬼の従者であったリビングアーマーの部隊が立っている。

先頭に立っている、中身の入っていない鎧が、開いた扉の前で彼女に跪いた。


彼の後ろには、いくつもの宝箱が並んでいる。


1人では抱えられないほどに大きな宝箱。

分厚い棺桶くらいの大きさのある宝箱。


パァー、リリィの表情が明るくなる。

今まで見せたことの無い、明るくて幼くて無邪気な表情。


玉座から立ちあがり、リビングアーマーたちに駆け寄る。


鎧の部隊たちは、宝箱を玉座に運び入れようとするのだが、リリィはそれさえ無視して宝箱のひとつに飛びついた。

宝箱を運ぼうとする鎧を押しのけて、蓋の閉められた箱を迷わずに開ける。


宝箱の中には――、金銀財宝が、ざっくざくと収められていた。

紅い月の光を浴びて、それでも美しく輝く財宝を前に、リリィはヒマワリのように笑う。


両手に財宝を手に取ったあと、それらを後ろに投げ出す。

犬が地面を掘るように、財宝の山を掻き分ける。


掘り返された財宝が、床に転がっていく。

リビングアーマーたちは、それをただただ、傍に控えて傍観している。


リリィは、穴掘りに飽きたのか、次の宝箱を開ける。

その表情は、財宝の輝きに心を奪われている。


先ほどの、祈りにも似た言葉を紡いだことなど、すっかり忘れてしまったらしい。

貴金属と宝石の山に集るハエになる。


その姿は、死肉を貪るグールと大差などあろうはずもない。

集る先が違うだけだ。


財宝の山に集り、掘り返し、その中から指輪をひとつ見つけた。

右手で摘まみ上げて、箱から取り出す。


銀色の、煌びやかな指輪。

ウェーブ型という、緩やかな曲線を描いた形をしている指輪。


指輪の上部が、緩やかなV字となっており、水の雫に似た形をしている。

その雫の中に、小さな宝石があしらわれている。


宝石の正体は、月長石。

ムーンストーンと呼ばれる石は、透明であるほど希少価値が高い。


指輪にあしらわれるムーンストーンは透明で、透明なこれの特徴である青い光を石の中に湛え(たたえ)ている。

これは、私が持つのに相応しい。


摘まみ上げて、上に掲げて眺めて、品定めしたそれを自分の指に運ぶ。

左手の人差し指に、指輪をはめる。


指輪には、はめる指によって意味が違っている。


例えば、エンゲージリングは左手の薬指に身に着ける。

このように、つける位置によって意味合いが変わってくるのだ。


だが、そんなことをリリィは気にしない。

所詮、人が作ったルール。彼女が従う謂われは無い。


私が左手の人差し指と決めたら、これはそこに収まらなければならない。


右手で、指輪を人差し指に導く。

‥‥‥‥。


‥‥サイズが合わなかった。

指輪は、リリィの人差し指の中で、ぶかぶかと動き回っている。


「‥‥‥‥。」


えい! と、力を込めた。


右手の指で、指輪を握る。

大きさが整形されて、指にピッタリとフィットする。


左手を上に伸ばして、自分の物になった指輪を、無邪気な笑顔で見上げる。

指輪は、ムーンストーンは、彼女の手の中で青く輝いている。


上機嫌のまま、次の宝箱を開けた。

ハエのように集り、イヌのように掘り起こす。


山を掘っていると、木箱を見つけた。

丁度、ペンダントを入れて保管するくらいの大きさの、木箱。


封を開けて、中を見る。


中を見て、リリィの笑顔がますます輝く。

迷わず、中身のペンダントを取り出して、その輝きを堪能する。


リリィは、自分を傍観しているリビングアーマーの影に移動。

紅い月の光が当たらないようにする。


そして、手元に銀色の光を作り出した。

この光は、月の光。


銀の光で、暗くなった手元を確認する。

ペンダントの宝石は、赤く輝いた。


光の強さや、光の当たる角度を変える。

それに応じて、宝石は色を変える。


ルビーのように深い赤色になったかと思えば、アメジストのような紫色に姿を変える。

間違いない、これは――!


手元を照らす月が燃え始めた。

この光は、太陽と同じ性質を持つ。


太陽の光を浴びた宝石は、今度は緑色に輝き始めた。

光の強さや、光の当たる角度を変えと、先ほどと同じく宝石は色を変える。


エメラルドのような緑色だったり、サファイヤのような青色だったり。


この宝石は、アレキサンドライト。

皇帝の宝石と呼ばれることもある宝石。


宝石の王様はダイヤモンドだが、その対となる宝石が、皇帝の宝石と呼ばれるアレキサンドライト。


――いや、むしろ、マニアから言わせればアレキサンドライトの方が、格が上だ。

ジュエルマニアよるコレクション、その最後に行きつく先が、このアレキサンドライト。


市場での流通量をコントロールして王座を維持していたダイヤモンドとは異なり、これの天然石は非常に希少価値が高い。


宝石を形作る、金属元素の鉄やクロムが絶妙な比率で混ざり合うことによって、今リリィが手元で見せたように色を変える性質を生み出すのだ。

そのため、宝石の性質上、同じ輝きを持つアレキは自然界には存在しない。


また、綺麗に輝きを変えるアレキサンドライトは少なく、ダイヤモンド以上に、大きさによって価値が跳ね上がる。


リリィは、手元で輝く直径5cmはあろうアレキに、心を奪われる。


永遠の輝きなんて言う、いかにも人間が好きそうな虚言を吐くダイヤモンドはキライ。


神とて、不滅では無いのだ、永遠では無いのだ。

同じ夜は二つと無いのに、どうして月がひとつだけと言えようか?


ペンダントを首に通して身に着ける。


さすがに、これは大きすぎる。

私には似合わない。


――だが、良い気分だ。


リリィは、ひらひらくるくると廊下で踊り出す。

足元に散らばる宝石を、気にも留めずに踏み潰して踊り出す。


ひらひらくるくると、廊下を歩いて行って、玉座の前から消えていった――。


紅い月が、踊りに狂う女性を照らす。

自分は飽き性な人間だ。


心を奪うこの宝石にさえも、いずれは興味を失うのでしょう。

ならば、そうなる前に、少しでもたくさん、心を奪われることとする。


上機嫌に踊りながら、城の外に出た。

紅い月を避ける窓も壁も無くなって、リリィをいっそう紅く照らす。


城門へと至る帰り道の中頃で、ふと立ち止まった。

そのまま、真っ赤な夜空を見上げる。


自分は飽き性な人間だ。

ならば、そうなる前に、少しでもたくさん、人を愛することとする。


そうだ、あの3人を愛さなければ。

私が、それを忘れてしまう前に。


「‥‥あは!」


美しい双眸の下で、歪んだ三日月が吊り上がっていく。


「あはははははははははははははは――――ッ!!!!」


狂った嗤い声が、紅い街に広がっていく。

口は吊り上がり、瞳は淀み、深海の暗さで月明かりを吸い込んでいく。


月の光が、濃くなった気がした。

それさえも、この街に住む者にとっては関係も意味も無い。


そこら中に響く狂った嗤い声も、そこら中で響く呻き(うめき)声も、主を失った城も、明るく光る月でさえ――。


全てが狂った世界では、さして殊更(ことさら)に意味を成さない。



魔法界には、忘れ去られた女神がいる。

かつて世界を生み出したと呼ばれた、女神がいる。


彼女は、全知全能であった。

ゆえに、世界には彼女だけがあった。


しかし、そこにある時、悪魔が生まれた。

原初の悪魔と呼ばれる、一番最初の悪魔。


女神と悪魔は戦った。

世界には、全能の自分さへあれば良い。


戦いの末、悪魔は銀の剣に倒れ、女神は勝利した。


銀の剣が悪魔を貫いた時、悪魔からは夥しい(おびただしい)血が流れた。

剣を深く突き立てた女神は、悪魔の血を浴びた。


女神は、血の涙を流した。

涙の混じった血は、女神の全能を注ぎ、女神は全能を失った。


倒れた悪魔の上に、血と涙が流れ、地と雨となった。

悪魔の亡骸は大地に、大地と雨から生命が生まれた。


魔法界の民は皆、女神と悪魔の子どもである。


女神の全能は悪魔によって注がれ、彼女は七つに分かれた。

七つは姉妹となり、今も我が子が眠る揺りかごを揺らす。




銀髪灰瞳のリリィ。

彼女は、その3番目。

月の女神の3番目。


水曜の女神、狂気と芸術の女神、深海の女神。


三番目の柱の名を、暗い月のリーリィス。

暗い月の奇跡――、時代によっては "夕暮れの禁忌" と呼ばれる術を人に与えた女神。


‥‥狂気の狂い月の名を、人は決して口にしてはならない。


湖に映る月にすら嫉妬する彼女に、決して触れてはならない。

湖畔に生える白いユリに、決して触れてはならない。


白百合(リリウム)には、毒があるのだから。

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