4.20_両手に日輪を。
セツナたちと吸血鬼の戦いは、影ダイナの出現により激化する。
数的な優位が薄れた盤面において、3人は少しづつ、追い詰めれていたのであった。
◆
「――――。」
影ダイナが無表情のまま、夕暮れの槍を携え、セツナに突進をする。
咄嗟に、左手に持ったショートソードを前に出し、受ける姿勢を取る。
赤錆に侵された左腕は、やはり動きが鈍い。
筋肉がサビついたように、思うように動かせない。
槍が目前に迫る。
脚に力を込め、後ろに飛ぶ。
自分を吹き飛ばす力に逆らわず、少しでも影ダイナから距離を取ろうとする。
それでも、夕暮れの訪れを拒むことはできない。
槍と剣が激突し、剣が悲鳴を上げた。
槍が纏う魔力と、それを握る両手の力。
剣を握る、錆び付いた片手の力。
鍔迫り合いの結果は、火を見るよりも明らか。
槍の軌道を逸らすことさけできず、槍は剣の刃先ごとセツナを穿たんとする。
赤錆の毒が回り切り、二の腕が裂ける。
左腕の力が、完全に抜けてしまう。
どだい、鍔迫り合いで受けるなど、不可能だったのだ。
‥‥だが、ほんの少し、ほんの少しだけの時間は稼げた。
セツナの右手に太陽が昇る。
AG版スキル、 ≪炎撃掌≫ 。
ショートソードの刀身を殴りつけるように掌底を放つ。
燃え盛る熱で、刀身に添え手をしつつ、槍の矛先を握り込んだ。
左腕の毒が抜けきり、筋力が戻る。
同時に、地上に足を着き、押し付けられる夕暮れに抵抗する。
地上で、夕暮れと太陽がぶつかる。
黄昏の深い紫色をした、ほぼ黒色と言っていい矛先と、大気の焦げつきさえも焼き切るほどに、熱く白く燃える拳。
互いの魔力が衝突し、互いを相殺し合う。
黒い矛先の魔力が、紫色と茜色のとなって霧散していく。
白く燃える拳の魔力が、青い光となって霧散していく。
せめぎ合うまま、2人は道路を見下ろすビルに突っ込んだ。
セツナの背中がガラス壁を破り、ビルの1階に侵入する。
ガラスの破片で頬に傷がついた。
右手の太陽が膨張する。
AG版の炎撃掌は、掌底と同時に爆風を起こすスキル。
掌に握られていた太陽が、夕暮れを押しのけて爆発する。
ガラスの割れる音に混じって、禁忌の術が破れる音がした。
禁忌の持続時間が切れたのだ。
影ダイナは、相殺の影響で突進が止まり、1歩2歩と後ろにバランスを崩した。
セツナも、相殺の影響で後ろに吹き飛ぶ。
影ダイナよりも遠くまで吹き飛び、石造のロビーに背中を打ち付けて転がる。
身を起こし、左手に握っていた剣を見る。
案の定、使い物にならなくなってしまっていた。
刀身に亀裂が入ったまま、熱に当てられて溶けて変形している。
そして、砂になって手の中から消えて無くなってしまった。
(やっぱり、ダイナは手強い。)
左の手首で額の汗を拭う素振りをする。
スポーツをする時の、リストバンドで汗を拭う動きが無意識に出た。
ダイナと手合わせをしたことは何度もある。
1対1で戦ったことは何度もある。
だが、多対多で彼女と戦った経験は無い。
今こうして、影の姿と相対して分かる、自分の仲間の真骨頂。
強いクラスを、強いプレイヤーが動かし、強い味方を支援する。
小回りの利く近接スキルに、一発で形勢がひっくり返る遠距離スキル。
彼女の広い視野と、脳内シミュレートの精度が、遠近万能なメイジのクラスパワーを更に引き上げている。
ダイナから学びを得るように、ダイナもまた、セツナとJJから刺激を受けていた。
前線で大立回りをする、奇抜で個性的な2人の戦い方が、ダイナの視野の盲点を埋め、シミュレート能力の確度を高めていたのだ。
この影は、最新の彼女の投影。
セツナたちと出会う前よりも、一段階強くなったメイジの姿。
仲間であるならば、互いに影響を与え合うのは必然。
彼女は、セツナからワイヤーやフロアを駆使したクレバーな戦い方を、JJから堅実で手堅い近接戦闘の仕方を、自分なりの技術として落とし込んでいた。
影ダイナが前に歩き出し、ビルのロビーに侵入する。
ビルの屋内と屋外を区切る壁が破壊され、開け放たれ開放的な入り口を歩く。
入り口の足元は、雨でも降ったかのように濡れている。
セツナが掌に握っていた熱の爆発が、窓を溶かして床を濡らしているのだ。
セツナは立ち上がり、ゆっくりと歩くダイナに対して構える。
――その瞬間。
彼の背後で、大きな音が響いた。
石が砕ける音が響き、背中を風圧が押して、前へと逃げて行った。
影ダイナの髪が揺れて、開け放たれた入り口が、溜め息をつく。
スマートデバイスが鳴動する。
ディビジョナーの存在を知らせるアラート。
目の前の影に細心の注意を払いつつ、少しだけ振り返る。
‥‥‥‥。
陽の光が入るようになった壁の向こうには、ロボットが立っている。
高さは2メートル以上はあるだろうか? そのシルエットは、どことなく女性的だ。
そして、先ほどのセツナと同じく、ビルの壁を突き破って屋内に飛び込んで来たのは、男性だった。
スーツを着て、筋肉質な体格で、――スキンヘッドの男。
(ボルドマン!?)
自分がかつて戦い、打ち破った敵。
ロボットと対峙しているであろう男性の後ろ姿は、セントラルの裏組織の幹部であったボルドマンに似ていた。
男性は、セツナたちの気配に気づいたのか、少しだけ振り返る。
セツナと男性の目が合う。
間違いなく、彼はボルドマンだ。
少々自分の知っている顔つきとは差があるが、ボルドマンで間違いない。
反射的に戦闘態勢になる。
足を振り上げて、床を踏み鳴らす。
それを合図に、場に流れるの時間が加速する。
床に敷き詰められた石のパネルが浮き上がり、岩の塊を形成する。
ボルドマンは、セツナに向かって走り出す。
同時に、影ダイナと女性型のロボットも走り始めた。
駆け寄るボルドマンを前に、セツナは岩に手を伸ばし‥‥、跳躍した。
岩に手をついて、跳び箱を飛ぶようにして跳躍を行う。
宙でくるりと半回転。
それから、ムーンサルトキック。
銀色の魔力が引き延ばされて三日月となり、女性型ロボットに命中した。
ボルドマンは、セツナが浮き上がらせた岩に正拳突き。
拳の重みが、岩の核を砕く。
岩は、複数の石となりながら、散弾のように影ダイナを襲った。
彼女は、咄嗟に盾を構えて散弾を受ける。
盾をバイタルエリア(頭・胸)を守るように構えて石の散弾から身を守った。
目元から下をカバーして防御すると、盾から露出している右腿に、石がひとつ直撃した。
セツナが着地する。
ボルドマンが、セツナの方へと振り返る。
石の床に、霹靂と雷鳴が轟いた。
闘志を脚力に込め、意思の力が身体の限界を凌駕した。
雷の爪が、影ダイナを捉えた。
高速接近から身を屈め、タックルがロボットを捉えた。
その場に居た4人は、ビルの中から姿を消した。
屋内に渦巻いていた剣呑な空気は掻き消えて、加速していた時間の流れが穏やかになる。
数が増えて広くなった入り口から、ビルは外の喧騒を吸い込んでいる。
◆
「太陽ォォォォォォォォォッ!!」
青白い両手の中に熱を持つ球体が生まれ、JJの胸に叩きつけられた。
「――ぐあッ!?」
熱が身体を焦がし、皮膚を焼いていく。
肺の中の空気が一瞬で沸騰し、肺を焼く。
同時に、胸が袈裟斬りをされたように、裂ける。
熱の中に蓄えられていた赤錆が、焼けた皮膚から体内に一気に侵入し、身を裂いたのだ。
右上から左下へ、左上から右下へ。
両の袈裟を切られたように、深々と赤い傷が刻まれる。
身体から力が抜けた。
膝を着いてしまう。
倒れ込むJJを、吸血鬼は愉快そうに見下ろす。
見下ろしてから、膝をつくJJの顎に前蹴りを見舞った。
そんな彼の後頭部を、木製の杖が殴る。
それでも、吸血鬼は止まらない。
遠心力を得た杖の一撃はしかし、右脚の運動能力が低下したダイナの力では、吸血鬼の行動を咎めることができない。
有効な打撃となっていないのか、リゲインも発動しない。
蹴り上げられた足の甲が、顎を砕き、仰向けに倒れた。
吸血鬼は、ダイナの方へと振り返る。
振り返る吸血鬼に対して、ダイナは杖の石突を使って突きを放つ。
それを半身になりつつ躱し、躱しつつ踏み込む。
踏み込み合わせてダイナも一歩後退。
力が入らず、上体が左右にふらついている。
魔法を発動する。≪魔導書マジックサイクロン≫ 。
踏み込んで来る吸血鬼を追い払うように、自分の周囲に竜巻を起こす。
足元で風が起こり、風が竜巻になろうと空に向けて吹き上がる。
そうなる、それが起きる寸でのところで、蒼白の手が杖に触れた。
手は杖を握る込むことなく、そっと触れてから杖から離れていく。
それだけなのに、たったそれだけなのに、収束していた魔力が錆びていく、魔法が失せていく。
マジックサイクロンの発動は、失敗に終わった。
魔法であれば、運動能力の低下の影響を受けないが‥‥、やはり近接戦闘で通じる相手では無い。
――杖の先端を使って、上段打ち。
逆手上段打ちといって、刀で言う袈裟斬りの同じ軌道で杖を振り下ろす。
右上から左下へ振り下ろされる杖は、吸血鬼の赤錆を纏う左腕に阻まれた。
重さの乗っていない、軽い一撃。
赤錆の毒が、機動力も
そのまま、吸血鬼は右手の人差し指と中指を、ダイナの胸に伸ばした。
ダイナの身体から、力が抜ける。
糸の切れた人形のように、ガクリと身体が倒れ込んでいく。
なんとか、杖を頼りに踏ん張る。
ふらつくダイナの姿を認めた吸血鬼は、彼女に背を向けて数歩ほど歩く。
ゆっくりと、自分の足取りを味わうように悠然と歩く。
その背中に向けて、苦し紛れの、弱弱しい杖が振られる。
――届かない、一歩前に出て腕を伸ばせは届く距離なのに、杖が遠い。
追いかける杖は、遠ざかる背中に追いつけない。
パチン――。乾いた音が不気味に響いた。
吸血鬼が指を鳴らしたのだ。
赤錆が毒が身体を蝕み、血と共に外へと抜け出る。
「がは‥‥‥‥ッ!」
右脚と胸から、赤いエフェクトと赤黒いエフェクトが同時に発生する。
杖に体重を預けて、抜け出る生命力がもたらす前後不覚に何とか耐える。
杖に縋りながら立っている無防備なダイナに、吸血鬼の回し蹴りが突き刺さった。
ワルツのステップ。
伸びやかに、スローなステップでターンをして、それとは釣り合わない鋭い後ろ蹴りがダイナの側頭部を穿った。
杖を頼りにしていた彼女が避けることは不可能、抵抗も出来ずに地面に叩きつけられる。
立ち尽くしていた位置に、赤いエフェクトを置いたまま、地に伏した。
胸から流れる、液体のようなエフェクトが地面に水たまりを作って、うつぶせに倒れた顔を濡らす。
数秒ののち。エフェクトが消えて、顔が乾く。
毒が抜けきり、身体に力が戻る。
2人とも立ち上がる。
闘志がなおも萎えぬ2人に、吸血鬼は口の端を吊り上げる。
2対1で睨み合う。
――そこに、影ダイナとセツナが合流する。
影ダイナが地面を転がり、睨み合っていた3人の前に倒れる。
吸血鬼は、それを感知するや否や、蝙蝠に化けて彼女の元へと移動する。
手を差し出し、彼女を立ち上がらせた。
少し遅れて、セツナが、JJとダイナと合流する。
2人のダイナが、手に回復石を取った。
石が砕かれる。
この場による5人の体力が回復した。
吸血鬼は、自分の両手を見つめて、感慨に耽る。
「これが癒しの力! 素晴らしい! かつてこの身を焼いた力が、我が身を癒すとは――ッ!!」
吸血鬼に限らず、ゾンビやゴーストなどの、一般的に闇の住人とされる者たちにとって、癒しの力は有害とされている。
生命力の血潮は、死と灰を血脈にとっての大敵なのだ。
しかし、吸血鬼は癒しの力で、その身を癒した。
やはり、この敵はまともでは無い。
彼にも、何やら事情と秘密があるのだろう。
感慨に耽り、感情で肩を震わせている。
――深呼吸。
「失敬。此の死合いに、今の私情は無粋であったね。」
吸血鬼の両手に、熱が灯る。
色の無い炎が、陽炎を生み出す。
「さあ、仕切り直しだ。この素晴らしい舞踏に‥‥、女神に感謝を――ッ!!」
宙に錆びたナイフが幾つも現れる。
ナイフは、陽炎に当てられて、刃先が熱を帯びる。
ナイフは、セツナを狙い飛来する。
それを、前に走り、足に炎を宿しつつスライディングすることで回避する。
斜め上から飛来するナイフは、セツナを捉えることなく地面に刺さり、その場で発火して爆発した。
セツナは、しゃがんだまま吸血鬼に回し蹴り。
右手と右足を地面につき、右手をつく時の身体の捻りを使って、吸血鬼の脛を横から狙う。
影ダイナがそれに反応したが、JJによって彼女の行動は阻まれる。
火薬刀が抜刀されると同時に、黒い火薬が影ダイナと吸血鬼の間に割って入り、動きを咎めた。
スキル ≪飛燕衝≫ 。
時間差で爆発する火薬を散布するスキル。
残弾、籠手に3発。武器に1発。
「リロード。」
鞘のコッキングレバーを2回引くと、シリンダーがイジェクトされる。
ダイナが、影の自分と相対するように距離を詰めていく。
影ダイナを分断した横では、吸血鬼がセツナの回し蹴りを回避していた。
慣性の乗った攻撃であるため、それを跳躍して躱すことにする。
跳躍し、セツナの背後に回り込むように、空中で半回転して振り向く。
足を空に見せた姿勢で、フロアに手をつくセツナと眼があった。
セツナは左腕を吸血鬼に向けている。
角度を調整するため、寝転ぶような姿勢になりながら、マジックワイヤーを射出した。
下段の攻撃は、相手に飛ばせるための布石。
回し蹴りを受けるならばそれで良し、拳の距離で戦える。
回し蹴りを避けるならばそれも良し、避けた所をワイヤーで捕まえる。
例えワイヤーを避けられても、こちらが次の攻撃に移る時間を稼げるため、自分の攻勢を維持できる。
動と虚のファイトスタイルが、ビートを上げていく。
小手調べを終えたからこそ、自分の手札を公開したからこそ、伏せてある手札が威力を持ち始める。
――サビのパートだ。
空中で腕を組んでいた吸血鬼の胸に、ワイヤーが刺さる。
セツナが立ちがり、吸血鬼は彼の手元に引き寄せられる。
吸血鬼がワイヤーを左手で握る。
赤錆が発火して、ワイヤーが焼き切れた。
彼我の距離が、拳の距離となる。
吸血鬼は、足を上に向けたままの姿勢で、拳を打ち合う。
セツナの右ストレートを、右手で払う。
右手で触れられた魔導ガントレットの表面が発火し、チリチリと焼ける。
微ダメージ。
吸血鬼の左ジャブ。
ジャブに対してスウェー、身体を左方向へと捌きつつ上体を後ろに引く。
「――――ッ!」
顔を、錆と熱が焼いた。
この吸血鬼、熱で自傷することによって能動的に錆びを撒いている。
セツナは、上体を引いた力を活かし反撃。
吸血鬼の追撃の左ジャブと、セツナの左ストレートが交差。
互いのボディを捉えないが、錆と熱でセツナが一方的に打ち負ける。
追撃が止まない。
3度、左のジャブ。
拳の重みは関係ない。
拳が掠めるだけで、体力が奪われていく。
執拗なジャブを、スライディングで躱す。
フロアスタンス。
吸血鬼の背後を取り、左手を軸に、右足でキックを打つ。
吸血鬼は、宙に足をつけたまま、そこを歩いて避ける。
くるり振り返りつつ、セツナと距離を取った。
蹴り上げた右足を地面につける。
今度は、右手を軸に、左足でキック。
キックを打つ時のバネの動きを使って、歩かずに吸血鬼との距離を詰める。
左足のキックは、胸の前で両手をクロスしたガードに阻まれた。
頭を下にしたまま、吸血鬼の身体が少し後ろに下がる。
セツナは足を振り下ろす勢いで、上体を浮かせて立ち上がる。
立ち上がり、身体を右方向へと旋回させて回し蹴り。
キックのタイミングで飛び上がり、右足で回し蹴りを放つ。
吸血鬼は、それを腕を組んだまま、身を反らすことで回避する。
飛び回し蹴りのあと、背中を向けるようにして着地。
バックフリップ、からのムーンサルトキック。
銀色の三日月が、空に留まる蝙蝠を撃ち落とした。
2人とも、足から地面に着地する。
影ダイナが、2人の戦いの横合いから、ショットガンの引き金を引く。
盾でJJとダイナの攻撃を凌ぎつつ、セツナに照準して引き金が引かれた。
無理な態勢で射撃したため、銃の反動を制御しきれずに、銃を抱える左腕を中心に身体が開いて、盾の守りを押し切られる。
ふらつく影ダイナに追撃をしようとした瞬間、彼女は銃を引っ込めて杖を握る。
氷の魔力を纏い、氷の魔力が無敵を付与し、ふらついた隙をフォローする。
AG版 ≪魔導書アイスランス≫ 。
周辺の敵を自動でサーチして、地面から伸びる鋭い氷柱で攻撃する魔法。
アイスランスが巻き起こす冷たい空気に反応して、ダイナもAG版のアイスランスを発動。
同じ性質の、相反する魔力が地中で衝突。
氷が砕ける音がして、地面にヒビが入って盛り上がり、互いの魔法は消滅した。
セツナは、影ダイナの放ったショットガンの弾を、テレポートで避ける。
音速に迫る弾丸は、その場で一瞬だけ姿を消すだけで、容易に回避ができた。
だが、その隙を見逃してくれるほど、吸血鬼は甘くない。
宙空に浮かぶナイフが、セツナを襲う。
心臓の鼓動を高鳴らせる闘志を、脚に送り込む。
意思がの力が、身体の限界を凌駕する。
アサルトダッシュ。
遠距離攻撃を無効にしつつ、直線的な高速機動。
目の前に魔法のバリアが生まれ、ナイフを弾きながら、吸血鬼に迫る。
ダッシュの勢いを使い飛び膝蹴り。
吸血鬼の顔を狙ったそれは、両腕を顔と胸の前に構えたガードに凌がれる。
ボクサーのように両腕を立てたガードに阻まれた。
セツナの高速機動が見えていたわけではない。
勘でガードして、それがたまたま成功しただけだ。
運まで、彼の味方をしている。
――素晴らしい。
慣性の力で空中に留まるセツナに、吸血鬼は反撃。
腕のガードを解き、そのまま、手の爪でセツナの脚を引っ掻こうとする。
空中で静止するセツナは、爪の攻撃を――、後ろに引くことで躱した。
空中ジャンプをするでもなく、スキルを発動するでもなく、勝手にセツナの身体が後ろに下がっていく。
それは何故か?
彼は、アサルトダッシュが発動する瞬間に、地面にワイヤーを撃ち込んでいた。
これにより、慣性で身体が硬直している間のフォローを考えていたのだ。
思惑は成功し、爪を紙一重で身体が避ける。
爪を避けても、熱と錆が容赦なく、脚を伝ってセツナの生命力を奪っていく。
脚の力が抜ける感覚に苛まれる。
ワイヤーを切り離す。
両手を上に挙げて‥‥、振り下ろす!
モンゴリアンチョップ。
引っ掻き攻撃によって腕が下にいった吸血鬼の両鎖骨に、チョップを食い込ませた。
脚が赤錆に侵されたおかげで、上から下に振り下ろすモンゴリアンチョップが、クリティカルヒットする。
強制的な脱力により、チョップに普段以上に体重が乗る。
それを放った瞬間、それが帯びる威力に、確信めいた手応えを感じた。
この感覚には覚えがある。
バスケでシュートを打つ前、極まれに感じる手応え。
良いシュートとは、シュートを打つ前に、シュートモーションに入る前に結果が分かる。
セツナの感覚では上手く表現できないが、こう、降りてくる感覚がする。
このタイミングなら必ず入るという、確信めいた、預言にも等しい全能感が身体を支配する。
チョップの威力に負け、吸血鬼が片膝をつく。
リゲインにより、赤錆の毒が抜ける。
片膝立ちとなった吸血鬼の膝に、セツナは片足を乗せる。
片膝立ちの左膝に、右足を乗せて――、吸血鬼の側頭部に、飛び膝蹴りを叩き込む!
意識が動くより先、身体が先に動いていた。
勝手に身体が脚を伸ばして、勝手に身体が跳んでいた。
――これは偶然、狙ったわけではない。
偶然で、行き当たりばったりな‥‥、確信の一撃ッ!!
「シャイニングウィザード!」
――いわゆる、ゾーンと呼ばれる集中状態は、意識が肉体を超越するのではない。
肉体が意識を置き去りにする。それがゾーン。
何の脈絡も無く湧いて出てきて、突拍子も無く、身体の主導権を乗っ取る。
主導権を奪い、意識が判断をするよりも速く、肉体が答えに到達する。
その答えは、脳や理性を介する判断だと、滑稽に見えるかも知れない。
意識と肉体は同じ自己でありつつ、驚くほどに別人格。価値観が異なるのだ。
だから反応できない。だから止められない。だから追いつけない。
ゾーンとは、入った本人さえも置き去りにして、再現できない自己という領域へと、プレイヤーを引きずり込む。
入るという表現では生温い。肉体が意識を引き摺り回す、意識が肉体に乗っ取られる。
この自己破壊こそが、この暴力的な全能感こそがゾーンなのだ――。
モンゴリアンチョップからの、シャイニングウィザード。
プロレス技のコンボが、吸血鬼を捉えた。
当初は3人で太刀打ちしていた吸血鬼を、1人で圧倒した。
吸血鬼が吹き飛び、地面を転がる。
素早く蝙蝠に化けて、影ダイナと合流した。
セツナの手元で、赤い炎が燃え盛る。
空気が震え、熱を帯びていく。
炎撃掌のチャージ。
次のスキルは強化される。
JJとダイナは目配せをする。
セツナの雰囲気が変わったのを、肌で感じ取る。
これで決める。
JJが、火薬刀で ≪飛燕衝≫ を発動。
黒い火薬が散布される。
火薬は弧を描き、吸血鬼と影ダイナを囲むように散布された。
――ブレイブゲージを消費。
勇気が、身体に全能感を与え、攻撃後の隙をキャンセルする。
ブレイブキャンセル。
鞘に刀を収めて、コッキングレバーを操作。
さらに、アサルゲージを消費。
アサルトダッシュ。
アサルトダッシュと共に、抜刀。
闘志を得た脚力は、火薬の発火速度を超越する。
撃鉄が雷管を叩くよりも速く身体が動き、一瞬にして、吸血鬼たちの前に到達する。
そして、手には火薬を宿した刀が抜き身の状態で、ギラギラと鈍く煤けている。
「飛燕刃!」
AG版の ≪飛燕刃≫ が発動。
威力の落ちた連続攻撃をするこのスキルは、AG版では威力の低下が起こらなくなる。
影ダイナが盾を構える。
瞬きよりも速い二連撃が盾を切り裂いた。
爆炎の力に負けて、影ダイナの身体が浮く。
背後で守る吸血鬼と共に、身体が1歩後ろに下がった。
瞬間――、空気中に撒かれていた火薬が発火して爆発を起こす。
吸血鬼の背中が焼けた。
火薬刀を、その場に捨てる。
ブースターオン、 ≪飛燕刃≫ 。
火薬籠手の飛燕刃は、ロケットシェルの力を前方へと噴き出し、炎の刃を生み出す。
この刃は、パイルバンカーのように撃ち出すことが可能。
「ブースター‥‥、ファイヤー。」
簡易パイルバンカーが、影ダイナの盾に突き刺さった。
簡易と言えども、それはパイルバンカー。
盾の厚さなど、無意味に等しい。
影ダイナの腕を、蒼い杭が貫いた。
彼女の姿に、一瞬だけノイズが走り、存在がブレる。
姿を保てなくなって、影と血が溶け始めている。
火薬の匂いも消えぬうちに、次の攻撃が来る。
吸血鬼と影ダイナの周囲を、黒い星空が覆った。
AG版 ≪魔導異書ダークボール≫ 。
空の光を覆って通さぬほどに、大量の黒星が場を支配する。
吸血鬼は、影ダイナの後ろから手を伸ばしつつ、蝙蝠へと化ける。
黒星の隙間を抜けるように、蝙蝠が飛ぶ。
そんな羽虫を嘲笑うかのように、黒星は爆ぜて空を覆いつくす。
蝙蝠は、暗い重力に圧し潰される。
圧し潰されながら、黒い夕暮れから逃れた。
蝙蝠の群れの中から、吸血鬼と影ダイナが姿を見せる。
そして――、影ダイナが吸血鬼をフレアボールで突き飛ばした。
右手を吸血鬼に押し付けるようにして、魔法の力で彼を吹き飛ばす。
一瞬、思考が停止する吸血鬼。
遠くなっていく視界の中で、彼が見たものは――、双子の太陽。
セツナの装備しているパッシブ「安定的な超新星」は、チャージ後の炎撃掌を、AG版と同等の性能に引き上げる。
‥‥ならば、この状態でアサルゲージを消費すれば、どうなるのか?
答えは、至極簡単。
炎撃掌は、限界を超えた威力を発揮する。
アドバンス・アサルトゲージスキル。
AGスキルを超える、AAGスキル。
小さな太陽が、セツナの手を離れ、吸血鬼の前に立ち塞がる影に触れる前に、それを焼いた。
影ダイナは消滅する。
吸血鬼が態勢を整える。
彼の目の前には、セツナの手元にはまだひとつ、太陽が残っている。
パッシブ「安定的な超新星」と「双子の火星」。
そのAAG版は、高熱の火球を二発、放つ技。
魔導拳士の基本技である、スキル ≪ファイヤーボール≫ 。
それを、奥義の領域にまで高めた魔法。
チャージで隙を晒すだけでなく、AAGスキルを発動するのにも隙を晒すという――。
奥義を名乗るには、あまりに粗削りで、不完全極まりない魔法。
地上の太陽を前に、吸血鬼も両手を胸の前に近づける。
手の中に陽炎が立ち込めて、彼の手元に太陽が生まれる。
ここで引くという選択肢は無い。
最後まで、愉快に気高く踊るのだ。
「あぁ――。太陽‥‥、なんと美しい。」
吸血鬼の太陽に、赤錆が混ざる。
赤錆は太陽の熱で蒸発し、空気に霧散していく。
一帯に赤い霧が立ち込める。
瞬く間に、場が光の届かぬ紅い夜となる。
セツナと吸血鬼が互いに走り出す。
セツナの抱えた太陽は、自身の魔力と圧力に耐えきれず、溶解を始めている。
火球は、目に見えて不安定になり、水でできた球のように表面を揺らしている。
その核はどす黒く、黒いインクを垂らしたよう。
2人が拳の距離となり、互いの太陽が衝突する。
「双星――、炎撃掌。」
「太ィ陽オォォォォォォォォォッッッ!!!!」
熱く、そして両極端な太陽が衝突した。
腹に力を込めるセツナの声と、天に轟かせる吸血鬼の咆哮。
赤錆た霧が一層と濃くなっていく。
紅い夜が、ますます深くなっていく。
紅い夜が、容赦なくセツナの体力を奪っていく。
それを、手元の太陽が、辛うじて打ち払い、彼らの身体を守っている。
ぶつけた太陽が混ざり合い、互いの距離がますます近づく。
そして――、セツナの太陽が弾けた。
魔力が錆び、熱が焼かれ、その球体が小さく分裂してしまう。
太陽を失った腕は錆び、裂け、焼かれ、爛れた。
受け身も取ることなく、地面を転がり横たわる。
吸血鬼の表情が緩んだ。
‥‥確信がある。‥‥この勝負に対する確信が。
弾けた太陽の中から、黒いインクが滲み出てくる。
インクは、小さな火球からは想像もできないほど大量に、濁流のごとく火球から零れ落ちる。
紅い夜を、溶けた太陽が覆った。
大地も、空も、音も、風も――。
霧も、錆びも、夜も、太陽も――。
溶けた太陽は、そこに影さえ許さずに、全てを照らす。
――音も無く、熱波が渦潮となって、周囲を濁流と共に押し流した。
◆
勝負あった。
腕から焦げた煙を上げているセツナに、JJが自分の回復アイテムを使用する。
回復アイテム「サバイバルキット」を使用。
体力が空になり、瀕死状態になっていたセツナの体力が回復する。
マルチプレイでは、体力が空になると瀕死状態になる。
この間に、味方に手当てをしてもらうか、回復アイテムを使用してもらうと復活ができる。
セツナの体力が、5%だけ回復して瀕死状態が解除される。
ダイナの手を借りて、立ち上がる。
3人は、吸血鬼の方へと視線を移す。
彼は両手を広げ、空を仰いでいた。
「ふふふ‥‥。ふふふ――――。」
力無く笑いながら、彼は両手を空に伸ばす。
伸ばした手の、青白い指先の先端から、彼の身体は灰になっている。
「素晴らしい――。」
カッチリと着込んだ燕尾服の袖が、風に揺れる。
腕も灰になり、着せるところが無くなった。
「ただ――。」
ズボンの袖からは、灰が止めどなく溢れて、足元に山をこさえている。
灰の山に、磨き上げられた靴が埋もれた。
「ただ――。もし‥‥、もし叶うなら‥‥‥‥、あと‥‥少し‥‥。」
最期まで、空を見上げたまま吸血鬼は姿を消した。
すると、彼の残した燕尾服と灰に火が付いて、燃え殻も残さずに完全に消滅した。
青空に焦がれ愛した吸血鬼、「晴天を焼く赤錆」との戦い、勝利である。




