4.19_偽られた太陽
夕暮れがくる。
瞳を開けば、すぐそこに。
吸血鬼の影より生まれた、影ダイナの呪いの前に、3人は夕日の中へと消えていった。
呪いの余波が、黄昏色の魔力が、景色を飲み込む。
そこには、目まぐるしい戦闘にとっては長すぎる静寂が流れた。
地上に広がった黄昏が沈んでいくのを、吸血鬼はそのまま見ている。
‥‥‥‥。
――――ッ!
影ダイナが動いた。
吸血鬼の前に立ち、左手にカイトシールドを召喚する。
空気が熱を持つ。
熱せられた空気が大気の流れを作る。
黄昏の空気を切り裂いて、巨大な火球が吸血鬼の身を焼かんとする。
スキル ≪魔導書フレアボール≫ 。
ダイナの放った魔法は、自身の影と血の存在、瓜二つの容姿を持つ影ダイナの握る盾によって阻まれる。
――夕暮れの呪いは、3人を間違いなく飲み込んだ。
しかし、彼らに傷を負わすことは無かった。
呪いが爆ぜる瞬間に、テレポートを発動して躱したのだ。
この亜空間では、テレポートは不発に終わる。
だが、不発になるだけで、発動しない訳では無い。
あくまでも、瞬間移動が制限されているだけなのだ。
なので、その場で姿を消すことはできる。
夢の跡地に来る前、前線基地での会話によって、セツナとJJは夕暮れの禁忌の特性を把握していた。
そして、この亜空間に迷い込んだ時に、この空間でのテレポートの挙動を確認していた。
戦いは、準備が8割。
戦う前に得ていた情報が、一見すると不可避に思える夕暮れの呪いを攻略せしめたのだ。
即時起爆の呪いは、テレポートに弱い。
逆に、命中起爆の呪いは、攻撃が命中してダメージリアクションが起こる都合上、テレポートに強い。
AG版が、上位互換であるという訳では無いのだ。
黄昏の向こうから、JJが飛び出す。
ブースターオン、左手から蒼い炎を噴き上げ、影ダイナとの距離を詰める。
彼の右手には、すでに撃鉄を持ち上げた火薬鎚。
火薬鎚を、火球を受けて衝撃を受け流している影ダイナに振るった。
盾で守られていない側頭部を狙い、鎚を横から振るう。
影ダイナから見て、左方向から振るわれた鎚を、左手の盾で受ける。
鎚の質量が生み出す威力が、火薬の爆炎により何倍にも増幅され、盾を穿ち、腕の骨を痺れさせる。
火薬の一撃に晒されて、影ダイナの身体は横に吹き飛ぶ。
残弾は3発。籠手にも3発。
ダイナとJJの狙いは、戦力の分断。
吸血鬼というボス格の敵と、影ダイナを連携させる訳にはいかない。
オーストラリア大陸に渡る最中に遭遇した、歪んだ三日月の件もある。
彼女は、こちらの戦い方を真似る戦闘スタイルを有していた。
影ダイナが、ダイナと同等の戦闘スペックを有していても何ら不思議では無い。
ダイナの腕前は、仲間である自分たちの良く知るところである。
ゆえに、この盤面においては、吸血鬼よりも脅威となり得る。
そう判断し、影ダイナを吸血鬼から引きかがそうとする。
思惑は成功。火薬鎚の攻撃を受け、影ダイナの足が地面を離れ、身体が吹き飛ばされる。
――しかし。
影ダイナは右手からマジックワイヤーを射出。
手首に身に着けた腕時計からワイヤーが伸びて、JJを捕らえた。
「なにっ!?」
影ダイナに引っ張られ、JJも彼女と同じ方向に吹き飛んでしまう。
それどころか、JJを牽引したことで横方向へ吹き飛ぶ慣性が消費されて、影ダイナは制御を失っていた身体のバランスを取り戻す。
火薬鎚を収納、胸に刺さったワイヤーを右手で握り、ワイヤーの巻き取りを止めさせる。
それならばと、影ダイナは自分からJJへと駆けだす。
それを迎え撃とうと、JJは火薬籠手の撃鉄を起こそうとする。
だが‥‥。
状態異常:拘束。
JJの身体がピタリと止まる。
彼の背後で、吸血鬼が足元に伸びる影を踏んでいた。
そこに、セツナが割り込む。
足元に稲妻を霹靂と弾けさせて、吸血鬼に膝蹴りをかます。
吸血鬼は、膝蹴りを腕を交差させることで受ける。
JJの拘束が解除された。
自由になった彼の目前には、すでに影ダイナが近接距離。
拳が届く距離。
影ダイナは、カイトシールド地面と水平に構えている。
盾による殴打を繰り出すつもりのようだ。
ワイヤーで捕らえられ、先ほどまで吸血鬼に影を踏まれていたJJにこれを躱す術は無い。
火薬籠手で覆われた左腕を前に構える。
影ダイナのシールドスマイトが、火薬籠手を殴る。
さすがに、装甲の厚さが違い過ぎた。
殴打の衝撃が、籠手を貫いて骨に響く。
削りダメージを受けている。
影ダイナは、盾による連撃を、火薬籠手に叩きつける。
2度、3度と、反撃の隙を与えないように、滅多打ちにする。
JJは、籠手に頼ったガードを続ける。
彼我の距離は、拳の距離。
これでは、火薬武器を振るう事ができない。
火薬武器は、火薬の力で振るうため、小回りが絶望的に利かないのだ。
だがしかし、JJの持つ武器は火薬武器だけにあらず。
彼の練り上げた武功。それこそが彼本来の武器。
拳の距離は、彼の距離。
JJは、影ダイナの足を踏む。
それを、影ダイナは見越していたかのように、足を一歩退いて捌く。
ワイヤーを切り離し、ワイヤーを悪用されることを防ぎつつ、彼が詰めた距離だけ身を退いた。
その様子を見たJJは、先ほど足を踏もうと伸ばした左足でローキック。
影ダイナの右足を内側から蹴るように、軽く素早く振り出す。
影ダイナは前に出る。JJの蹴りがスピードを得る前に、出かかりを前に出ることで潰す。
蹴りを潰すために前に出つつ、胸の前に盾を構えて踏み込む。
そして、胸に構えた盾の死角で、ペンダントを右手で握る。
ペンダントがナイフの形になった。
JJの胸に盾を押し付けるように距離を詰める。
盾の影に忍ばせたナイフを、標的の横腹に目掛けて滑らせる。
盾の死角に忍ばされた殺意は、JJを狙い、脇腹を抉ることは叶わなかった。
影ダイナの目の前から、JJが消えた。
彼女の知覚では、そのように感じた。
姿どころか、彼の力まで消え失せて、押し込んでいた盾が空を切る。
合気の歩法。
相手の前に出ようとする力を利用する歩法。
JJは、影ダイナがシールバッシュを押し付けてくる瞬間、胸の肋骨をコントロールし、上体をわずかに前に出していた。
身体を割る技術、日本武術に見られる独特な操身術。
この、服の下に隠された操身術が、相対する相手の間合い感覚を僅かに狂わせる。
シールバッシュが命中し、押し込もうとした瞬間に、前にせりだした状態を今度は後ろに下げる。
盾と身体に、数センチの空白が生まれる。
合気の基本にて、武術の基本、接触していない対象には、力を加えることはできない。
シールバッシュによる重心奪いから解放されたJJは、くるりと身を翻して、空を切る盾の表面を撫でるように影ダイナの背後を取る。
大柄な男が、木の葉でも舞うかのように攻撃を捌く。
それから、左手で鳥の爪のような形を作る。
人指し指と中指を揃え、やや曲げる。
影ダイナの背後から、左手で目潰し。
彼女の左目を後ろから狙う。
後ろから引っ掻くように、力を込めずに脱力して素早く目を潰す。
影ダイナは、それを首を傾けることで避けた。
恐ろしく勘が良い。
しかし、目を狙われるという攻撃に対して、反射的に身体と足が後ろに下がってしまう。
敵に背を向けている状況で、その行動はあまりも拙い。
ブースターオン。
蒼い火薬が、影ダイナの腰を穿ち、吹き飛ばした。
籠手の残弾2発。武器に3発。
火薬の暴力の前に、小柄な身体はなす術も無く、地面を転がる。
そこに、吸血鬼が蝙蝠の姿となって現れて、彼女を受け止めた。
吸血鬼と交戦していたセツナとダイナが、吸血鬼と影ダイナに追撃を仕掛ける。
2人とも、足に炎を纏って、敵に一気に接近する。
JJは、その僅かな隙に、火薬籠手のリロード。
スーツの裏からロケットシェルを取り出して、2発装填した。
籠手の残弾4発。武器に3発。
吸血鬼が自分の血を使い、宙に短剣を何本も浮かべる。
間髪入れずに射出。
セツナが、ダイナの前に出て、スキルを発動 ≪グランドスマッシュ≫ 。
地面をめくり上げて岩塊をつくり、短剣を受け止めた。
ナイフが刺さった岩塊は、錆に浸食されて、風化していく。
セツナが岩に右腕で肘打ちをするも、錆びて風化した岩は砂となって消えてしまった。
セツナの後ろからダイナが飛び出す。
彼を飛び越えるように跳躍して、左手に召喚したジャベリンを投擲する。
吸血鬼を狙った投擲は、彼に握りつぶされて、錆となって消える。
着地したダイナは、ショートソードを召喚し、それをセツナに手渡す。
上手く使えという事だろう。
2人してまた駆け出す。
‥‥ブースターオン。
飛び道具による攻防を繰り広げる4人に、JJが割って入る。
吸血鬼と影ダイナに目掛けて、ロケットシェルを使って突っ込む。
右手には、納刀された火薬刀を握っている
目的は、2人の分断。
格闘術に優れるJJが、最前線で身体を張ってタンク役を務める。
火薬の一撃を受けるのは得策でないと判断したのか、2人とも半身になってJJの突進をやり過ごす。
凌ぐことが容易でない火薬の一撃をちらつかせて、注意を引きつける。
敵からすれば、無視したくても無視できない存在。
しかも、ロケットシェルのおかげで機動力があり、機動力と破壊力を併せ持った攻撃は、相手を無理やり動かせる。
なるほど、厄介な代物である。
吸血鬼と影ダイナの間に割って入り、火薬刀を左手に握り、鯉口を切った。
煤けたハバキが、鞘から覗く。
火薬の一撃が来る――!
(‥‥なんてな。)
抜刀はブラフ。
吸血鬼の顔面に、納刀されたままの刀の柄頭で攻撃。
回避に意識を取られていた影ダイナは、JJのフェイントに対する対応が遅れる。
だが、吸血鬼はその攻撃を手で受ける。
防がれた。素早く刀を引き、抜刀の構えに入る。
後ろに下がりつつ、左手で鞘に取り付けられた引き金を引いた。
「それを待っていたぞ!」
抜刀攻撃を確信したのか、吸血鬼が前に突っ込む。
火薬の攻撃を警戒して、下がるのは下策。
それを、これまでの戦いで理解した。
吸血鬼は、影ダイナとJJの戦闘を魔力で追っていた。
その時、JJは密着距離で火薬武器を使っていなかった。
つまり、火薬武器は拳の届く距離では強みを発揮できない。
ならば前に出れば良い。実に簡単なことだ。
幸い、この身体は不死性を持ち、その他のそれよりも丈夫だ。
刀を引き抜こうとするJJの右腕を、自分の右手で無理やり止めた。
止めると同時に爪を立て、赤錆の魔力が肌から滲み出て、火薬を一撃を萎えさせる。
攻撃が不発に終わり、リゲインが発動しない。
その状態で赤錆に触れてしまったことにより、JJの腕が錆びに侵される。
右腕に満足な力が入らなくなる。
それでも怯まずに、屈みながら蹴りを放って攻撃する。
屈んだのは、セツナとダイナが戦うためのスペースを確保するため。
蹴りは躱されたが、目論見通り2人がすぐさま援護に駆け付ける。
ダイナが吸血鬼に杖を振るい、セツナが影ダイナに剣を振るう。
1対1となるように、敵を分断する。
しかし――。
影ダイナは、セツナの剣を受けた盾の影から、ショットガンを取り出す。
そして、距離を開けながら、その引き金を引いた。
それを半身になって、銃口の射線上から逸れることで躱す。
「――――ッ!?」
躱すと同時、剣を握る左腕に痛みが走る。
二の腕に、赤錆のナイフが刺さっていた。
吸血鬼が、ダイナの振るった杖に被弾上等で、セツナにナイフを投げたのだ。
人の身ならざる体力を有しているがゆえの一手。
そして、彼の能力は、この一手を通すことと非常に相性が良い。
赤錆の魔力に侵されて、腕の力が抜けていく。
影ダイナが、弱ったセツナに襲い掛かる。
彼の背後に竜巻を呼び寄せる。退路を断つ。
それどころか、風に煽られて、身体が一歩前へと意図せずに出てしまう。
ナイフの一撃。
予想外の攻撃に、僅かに判断が鈍った。
影ダイナのシールドバッシュを右手のガントレット越しに受ける。
シールドバッシュを受けられるのは想定通りと言わんばかりに、彼女はショットガンを鈍器として振るう。
ショットガンの銃口付近を握り、右手のそれを盾の影の中で這わせて、セツナの左膝を殴った。
徒手空拳の弱みが、もろに表出した。
退路を断たれ、押し合いになっているセツナに、影ダイナの攻撃は防げない。
守りの要のテレポートも使えない。
ショットガンで膝を殴打され、バランスを崩す。
そこに、シールドスマイト。盾の側面で鼻っ柱を殴られた。
後ずさる身体を、背中の竜巻がそれを許さない。
影ダイナは、身体を一回転、鈍器と化したショットガンに遠心力を溜める。
一回転し、力を溜め、セツナの側頭部を殴打。
セツナの身体は、横方向に吹っ飛ばされた。
ショットガンをしまい、魔法の杖を取り出す。
杖に自分の血を吸わせる。
杖に赤い葉脈が走り、杖の先端に昏い矛先が出現する。
スキル ≪魔導異書ブラックパイル≫ 。
吹き飛ばされつつも何とか受け身を取って、片膝立ちで地面を滑るセツナに、夕暮れの深槍が迫る。
太陽は、夜から逃げられない。
夕暮れの訪れを、何人とも拒めない。
夕暮れが、セツナを捉えた。
夕暮れは、セツナを逃がさない。
宵の地上に、一線の流星が流れた。
◆
「君は目が良いな。」
ダイナが、脚に刺されたナイフを抜く。
右脚に、力が入らない。
「――だが、見え過ぎるのも良くない。」
セツナへのナイフ攻撃が放たれたあと、吸血鬼はJJを狙うナイフ攻撃を仕掛けた。
ダイナはそれに反応し、ナイフを防ごうとしたのが、これがブラフだった。
目が良く、機転も充分に利く判断力が裏目に出た。
同じ失敗はするまいとする意識を、吸血鬼に逆手に取られ、自分の身の守りが疎かになってしまった。
JJが、彼女のフォローのために吸血鬼に、左腕で拳を放つ。
しかし、彼を片腕だけで相手をするのは、役が重い。
とりあえず一撃だけ攻撃をしてから、あとは片手で吸血鬼の攻撃を払うことに意識する。
その最中――。
JJの右腕が裂けた。
赤錆の毒が右腕に回り、赤いダメージエフェクトが零れる。
――にやり。
吸血鬼は笑った。
丁度、太陽の魔力が身体に馴染んできた。
肌を照らす爛々白々とした光、肺を満たす新深緑々とした息吹。
彼のあれを真似してみよう。
蒼白な両手を近づける。
灼けるような熱が、両の手のひらの中で発生する。
熱が指の隙間を伝って漏れようとするのを、魔力の力で押し込む。
押し込むと、それに呼応して熱の温度が増していく。
手の中に光が――、白く、赤い光が――。
青空の下で燦々と照り付けるそれは――。
「太陽ォォォォォォォォォッ!!」
手の中で昇る太陽を、JJの胸に捻じ込んだ。
‥‥‥‥。
‥‥。




