4.17_ディビジョナー ~side ダイナ~
初めて、エージェントの前に姿を現したディビジョナー。
恐るべき侵略者の正体は、変異した生命体。
死体は動き、停止した機械は立ち上がり、いずれもその姿を変えて、命持つ者に襲い掛かる。
ダイナもまた、動力も無しに立ち上がった機械との、戦闘を繰り広げるのであった。
‥‥‥‥。
‥‥。
セツナとトロルの戦闘が始まった同時刻。
場面は、ダイナがロボットに向けてジャベリンを投擲したところ。
彼女が投擲したジャベリンは、立ち尽くすロボット目掛けて直進していく。
非利き手での投擲は、しかし充分な殺傷能力をジャベリンに与えて、飛来する。
それをロボットは、左手を出すことで、受け止めようとする。
槍の矛先に、左手が伸びて、金属の手のひらを紙のように貫いて、矛先は胸部に刺さった。
深手を負うロボットに、追い打ち。
拳銃のトリガーを引く。
狙いを違わずに、銃弾はロボットの体に命中する。
それでも‥‥、ロボットは倒れない。
ジャベリンを受け、銃弾の連撃を受けても、倒れない。
拳銃に装填された弾を全て撃ち尽くす。
素早く、銃のマガジンキャッチのボタンを押す。
マガジンが自重で落下して、空になったピストルグリップの中に、新たなマガジンを差し込む。
それから、弾切れの影響で後退したままのスライドを引いて、チャンバー内に弾を送り込みリロードを終える。
この3秒ほどの間に、ロボットの体にも変化が起きていた。
体の内部を何かが走り回っているような、虫やネズミでも這いまわっているかのように、金属の身体が隆起していく。
ロボットは、頭を右手で抑えて苦しむ素振りを見せている。
その抑えている右手が、抱え込んでいる頭が、みるみる変形していく。
手のひらの指が異様に伸びていき、手からは鋭利な爪が生える。
人間を模していた5本の指は、獣のように長くなり、凶器となる。
頭は縦に裂け、そこから角が伸びた。
金属の角は、顔を縦断するほどに大きく、人間の身体を易々と貫けるほどに長い。
槍が貫通していた左にも変化が起き、刺さっていた槍をそのまま取り込んで、自分の身体の一部にした。
左腕の前腕が溶けて、溶けた部分が触手のように蠢いて、槍を取り込み、新たな肉体を形成していく。
ドロドロに溶けた左腕からは槍が生え、その下には太い鞭の形状をした、溶けた腕が地面にまで伸びている。
機械が変化して生まれた異形。
その姿を形容するならば、リーパーとでも呼称できようか。
縦に裂けた無貌が、こちらを見ている‥‥。
ダイナは走り出す。
状況は読めないが、ここで手こずっている訳にはいかないと、そのことだけは理解した。
彼我の距離は、10メートルそこそこ。
リーパーは自分から前に進むようなことはせず、金属の肉体をギクシャクと動かして、左腕を上に挙げる。
溶けて伸びた腕が、肩の旋回に追従した。
腕を振り上げて、振り下ろす。
しなる左腕が、しなりながら伸びてきて、鞭となってダイナに襲い掛かる。
それを横にステップを踏んで回避。
安全を優先して、余裕を持って躱す。
スキル発動 ≪魔女の七つ道具≫ 。
片手でも扱えるショートソードを右手に召喚する。
魔女の七つ道具で呼び出せる武器は、ひとつだけ。
投げ槍をリーパーに取り込まれはしたが、スキルは問題なく発動した。
走り詰め寄るダイナ。
剣の間合いより先に、相手の槍が間合いとなる。
鞭として振るった腕を操り、腕にへばりついた槍で突きを放つ。
――しかし遅い。
伸びた腕が邪魔となり、充分な攻撃速度を得ることが出来ていない。
無理な改造が祟っている。
へろへろな突き攻撃を、ダイナはショートソードで弾いた。
下から上へ逆袈裟斬り。左斜め下方向から、右斜め上方向へと切りつける攻撃で、槍を弾く。
リーパーの左腕は、大きく外側へ投げ出された。
突きもへろへろならば、重心もまともに取れていないらしい。
逆袈裟で槍を弾いたら、攻守交替。次はダイナのターン。
逆袈裟で振り上げた腕をそのままに、今度は袈裟斬りの攻撃。
先ほど描いた軌道を帰っていくように、上から下に振り下ろす。
リーパーの頭からは角が伸びている。
角というよりは、刃と呼んだ方が適切な凶器の刃渡りは、およそ60cmほど。
これに刺し貫かれぬように、無策で踏み込むことは控える。
そして、頭の刃でこちらの剣を受けられぬように、コンパクトに剣を操る。
リーパーの胸を切り裂くように放った袈裟斬りは、彼奴の爪に弾かれた。
リーパーは、右足を一歩後退させ、右手の爪を振り上げてダイナの袈裟斬りを受けたのだ。
敵の反撃。
リーパーが一歩退いていた右足を、今度は前に一歩踏み出す。
同時に、刃が伸びた頭部を、ダイナに押し付けるように振り出す。
(まだ、こっちのターンなんだよね!)
左手に持ったピストルの引き金を、2回引いた。
至近距離で放たれた弾丸は、外れることなく命中する。
リーパーは胸に弾丸を受け、その影響で、頭部に生えた刃を使った攻撃は失敗に終わる。
その隙を見逃さず、ダイナはリーパーの足元に潜り込む。
小柄な身体の活かしどころ。
屈みこみながら前に少しだけ進み、リーパーの右足に、ショートソードを突き立てた。
頭部の刃で攻撃するために踏み込んだ右足、その甲に、自分の体重を乗せて剣の切っ先を突き立てる。
ショートソードは足の甲を貫通し、舗装された路面も貫通しつつ、刀身を地面に半分ほど沈めた。
リーパーが、ダメージに苦しむ。
右手の爪を尖らせて、足元のダイナを追い払おうと攻撃する。
ダイナは、それに自分の攻撃を合わせる。
屈みこんだ状態から、上体を後ろに退いて、爪の加害範囲から逃れる。
それから、両手を地面に付けて、スキル ≪ブレイズキック≫ を発動。
左脚を上に蹴り上げて、自分を狙っていた爪にカウンターを入れた。
両手と右足を支点して、変則的に放たれた蹴り上げは、魔力を燃料に燃え盛る炎の力も手伝って、爪を蹴り飛ばす。
青白い炎が、爪の伸びた右腕を上方向に弾いた。
リーパーの頭部は、蹴飛ばされた腕の勢いにつられて、後ろに逸れる。
マジックワイヤーを射出。
右手首の腕時計から、ワイヤーが伸びる。
ワイヤーはリーパーの腹部に命中。
ワイヤーを巻き取る。身体がワイヤーの力で起こされていく。
その勢いを使って、リーパーのみぞおちを、ピストルで殴りつけた。
ピストルの銃口部分に装備された、ストライクプレートが、リーパーに殴打のダメージを与える。
そのまま、射撃。
銃口を押し付けたまま引き金を引いた。
みぞおちに3発、弾丸が外れる訳も無く命中する。
とくに、リーパーは今、右足をショートソードで縫い付けられている。
動きたくても、動けない。
ダイナは、一歩後ろに下がり、ピストルをしまい、左手に魔法の杖を取り出す。
普段は杖を右手に持つのだが、リーパーの爪を警戒して、それに対応できるように左手で持つ。
その間に、周囲の状況を確認。
リーパーから一瞬だけ視線を外して、背後の状況を確認した。
よそ見をするダイナに、リーパーの伸縮自在な左腕が、横薙ぎに払われる。
屈んで躱す。
彼女は、サッカーの経験者。
わずかな隙を使って、周辺の状況を確認する能力に長けている。
自分へのパスをトラップする一瞬、自分が敵をマークする前の一瞬、自分がゴールへと切り込む一瞬。
その一瞬で集めた情報が、自分のプレーの精度を左右する。
一瞬で得た情報を頼りに、脳内で味方の動きと敵の動きをシミュレートし、その一手先のビジョンを組み上げる。
この経験は、電脳世界の戦いにも存分に活かされている。
ダイナは、リーパーの攻撃が分かっていたかのように、するりと左腕の死角に潜り込んだ。
鞭と槍を持つ左腕は、ほぼ密着距離の戦闘において、あまり意味を成していない。
本来は、頭に生えた刃を駆使して、密着されることに対してけん制を入れながら立ち回るつもりだったのだろうが、小柄なダイナとの相性が良くなかった。
足元に潜り込まれると、攻め手を欠いている。
(セツナがダメージを受けてる。回復しよう。)
リーパーの横薙ぎが来る前に得た状況から判断するに、どうやらセツナがピンチらしい。
拘束され、滅多打ちにされているようだ。
ダイナは右手で、左眼を隠す。
指を開き、中指と薬指の間から、瞳が覗く。
スキル ≪魔導異書カースマイン≫ が発動。
赤い涙を流す紫色の瞳が、リーパーに呪いを植え付けた。
屈んだダイナに、リーパーの不意打ち。
横方向に振るわれたリーパーの左腕が、彼の体を伝って再びダイナに襲い掛かる。
鞭の腕を、外から内側方向に薙いで、それを体に巻き付かせながら再びダイナを襲う。
それを、ダイナはバク転で回避。
屈んだ状態から地面を蹴って鞭をやり過ごし、地面に杖を握っていない右手を着けて一回転。
足で着地してから、さらに2回、3回、4回とバク転をしてリーパーと距離を取る。
リーパーは、遠ざかるダイナを追いかける。
右足を縫い付けるショートソードなど気にせずに、殺意に身を任せて右足を無理やり動かし、刀身をへし折り前進し始めた。
前進するリーパーに対して、ダイナは動かない。
魔法発動の準備をしている。
ダイナが動く必要は、もう無くなった。
リーパーが何をしようが、彼はもう詰んでいる。
猛進するリーパーの横合いから、蒼い火薬が、リーパーを奇襲した。
JJだ。火薬籠手で飛燕衝を発動し、蒼い衝撃波でリーパーを攻撃したのだ。
ダイナは、バク転の最中、JJがこちらのフォローに来ていることを見ていた。
だから、JJのフォローが間に合う位置にポジショニングをした。
本来なら、バク転をそんなに多くする必要は無かったのだ。
しかし、連携を取るために、あえてバク転で距離を多くとることにした。
ここはもう、メイジの間合い。
リーパーが走ろうが、鞭を振るおうが、結末は変わらない。
リーパーの周りを、黒い星が覆った。
JJの遠距離攻撃を受けて怯むリーパーに、この範囲攻撃は躱せない。
スキル ≪魔導異書ダークボール≫ 。
そのスキルは、発動時にコストとして、他の魔導異書2枚を消費することができる。
消費した魔導異書は、発動扱いとして消費される。
スキル ≪魔導異書ブラックパイル≫
スキル ≪魔導書アイスランス≫ をコストとして消費。
パッシブ「法の抜け道」によって、ダイナは魔法書を魔導異書扱いとして、魔導異書を魔法書扱いとして使用ができる。
よって、ダークボールのコストとして、魔導書であるアイスランスを選択することができるのだ。
そしてさらに、魔導異書を消費することによって、本来は魔導書を消費することによって発動する「クロウリーの大辞典」が持つ、体力の回復効果を発動させることができる。
ダークボールの発動によって、味方全員の体力が30ポイント回復する。
ダイナの、夕暮れの禁忌を使用することで消耗した体力が、セツナの、敵の攻撃によって負った傷が癒えていく。
黒い星は、味方に癒しを与え、敵に禁忌が孕む夕暮れを見せた。
黒い星が膨張し、リーパーを飲み込む。
リーパーの体内に埋め込まれた呪いが爆ぜて、体内を食い破り蝕む。
左眼を黄色に変えたダイナは、杖を構える。
スキル ≪魔導書フレアボール≫
スキル ≪魔導書マジックサイクロン≫ を発動。
マジックサイクロンは、座標を指定して発動するタイプの魔法。
空間を指定して発動もできるが、味方や敵を座標指定することによって、確実にその効果を発動させることが可能。
だが、座標指定できるのは、味方や敵だけでは無い。
マジックサイクロンは、自分の魔法を対象に、座標を指定することだってできるのだ。
――風の魔法は、魔力を閉じ込め圧縮し、その性質を変質させる。
杖の先から、ダイナの身の丈を超える火球が放たれる。
火球は地面に体を埋めながら、路面を焦がし削りながら直進する。
そんな火球を、魔法の竜巻が包み込む。
直進する軌道上に、中が空洞になっている魔法陣が現れて、火球はそこを通過する。
火球の魔力と、魔法陣の魔力が衝突し、火球の速度が一瞬だけ低下し、魔法陣の前に留まる。
そして次の瞬間――、風と炎は混ざり合い、火の球は炎の槍に変質する。
熱の拡散を風が抑え、風が熱を圧縮し、火炎の渦となってリーパーの身体を貫いた。
風の力を纏った火球は、その攻撃範囲と爆発範囲を失う。
代わりに、驚異的な貫通力と速度を得る。
魔法の融合にタイムラグがあるため、使い勝手は良く無いが、弾幕によって足を止めている敵には効果的な攻撃。
離れた距離は、メイジの間合い。
近距離で肉薄していたリーパーを、魔法の波状攻撃で、反撃の機会を与えることなく圧倒した。
リーパーの胸に風穴が開き、そこを中心に全身へと火炎が燃え広がっていく。
瞬く間に、リーパーは火だるまとなり、金属の体が溶けていき、体を維持できなくなり、消滅していった。
倒れるリーパーを視界に捉えながら、ダイナはスキル ≪魔法書サルベージドロー≫ を発動。
体力をコストに、スキルを再使用できるようにする。
右手に赤い本が現れて、ペラペラとページがめくられていく。
魔導異書の発動コスト、サルベージドローの発動コスト。
これだけで、体力の25%を消耗した。
最大体力が1,000。
魔導異書1回のコストが50で、これを3回で、150の消耗。(※)
それに、サルベージドローのコストで100の消耗だ。
※
ダークボールのコストと裁定について
ダークボールは、魔導異書を発動扱いとして消費する。
発動扱いなので、パッシブによる回復効果を発動できる反面、魔導異書の持つ使用コストも払わなければならないデメリットも存在する。
※
しかし、パッシブによる回復やリゲインのおかげで、全体の体力損失としては15%ほどに留まっている。
パッシブでの回復量は合計で60。
‥‥あるに越したことは無いが、少々心もとないか?
とはいえ、装備欄もカッツカツなので、どうにもならない。
器用万能であるがゆえのメイジの悩み。
ビルドの構成には、延々と悩むことになる。
ともあれ、サルベージドローを体力コストで発動したおかげで、AGが温存できているのは、とても大きい。
ダークボールで魔導異書や魔法書をコストにした場合、追加でAGを得ることができるため、AGに余裕がある。
魔法を連発してからサルベージドローのコストに回すも良し、AGスキルに回しても良し。
今後の動きに幅が出る。
――敵は片付けた。
サルベージドローでのスキル回復も終わり、右手の本がパタリと閉じた。
JJとセツナの方を見て、軽くサムズアップをする。
JJとセツナも、それに答える。
それぞれ、集合するために歩きながら、戦いで消費した弾丸の装填を行う。
セツナはリボルバーに弾を込め、JJは籠手と武器に装填をし、ダイナはピストルのマガジンを交換した。
――戦闘状態は、まだ解除されていない。
新手が来る。
それぞれのリロードが終わったタイミングで、都市の空間が歪む。
彼らの目の前で、赤く燃える都市の空間が大きく裂けて、暗い暗い闇夜がこちらを覗いている。
都市の空から、光が失われていく。
白昼の日中にあって、青い空の真っ只中にあって、なのに空が暗くなっていく。
青い空に浮かぶ太陽の光が、使い古された蛍光灯のように、その光が失せてしまった。
暗い空間の裂け目から、靴の音が聞こえる。
革靴の、革の靴底が路面を叩く、コツコツとした軽快な音。
都市の暴動の中にあって、その音が、3人の腹に重く不気味にのしかかる。
異様な魔力が、顔の肌を撫でる。
ザラザラとした、まるで錆を素手で触るような、生理的な嫌悪を覚える感触。
魔力の濃度が濃いのか、口の中にも錆の味と匂いが広がる。
セツナのスマートデバイスから、ディビジョナーの存在を告げるアラートが鳴り響いた。
スマートデバイスを押さえて、アラートを止める。
警告されるまでもなく、異常な存在への臨戦態勢を取る。
コツコツ――、コツコツと――。
革靴の音が徐々に大きくなり、足音の主が姿を現す。
歪んだ暗闇の中から‥‥、青白い肌をした偉丈夫が現れた。
蒼白な肌に、紅い瞳、口から伸びた牙に、紅く長い爪。
黒い燕尾服に身を包むその姿は、ドラキュラ――、吸血鬼そのものだ。
吸血鬼は、3人を前にして、西洋風のお辞儀をする。
ボウ・アンド・スクレープ、貴族階級のお辞儀。
右足を軽く引き、上体を軽く前かがみにして頭を下げ、右手を胸に添えて、左手を横に流す。
恭しくお辞儀をして、戦闘の構えをしている3人に、歪んだ笑みを見せた。
彼はお辞儀のあと、空を見上げて、息を深く吸い込む。
「これが青空‥‥、これが太陽‥‥、これが陽の香り‥‥。素晴らしい。」
うっとりと、まるで酒の品評でもしているのかという雰囲気で、彼は陽の光と昼の香りを楽しむ。
「森が呼吸をしている。生命が起きている。――なんと美しい。」
吸血鬼は、芝居がかった調子で、一人悦に浸っている。
天を仰ぎ、誰にでもなく語り掛けている。
ひとしきり、感銘に身を震わせてから、天を仰ぐ蒼白な顔が、3人に向き直った。
「さあ――。この青天の陽だまり、白昼の日和の中、存分に殺し合おうじゃないか。」
吸血鬼の背後にある暗闇から、大量の蝙蝠が飛び立つ。
蝙蝠は、セツナたちの視界を覆い、何をするでもなく、ただ通り過ぎて行く。
吸血鬼の姿をしたディビジョナー、「晴天を焼く赤錆」との戦闘が始まる!
 




