4.16_ディビジョナー
物語が錯綜している。
ダイナはそう思った。
赤龍の謎を追って夢の跡地にまで来たのに、紆余曲折あってディビジョナー退治をすることになった。
しかも、退治に赴いたかと思えば、今度は人間と機械の闘争の真っ只中に放り出された。
‥‥この地は、あらゆる運命が絡み合い、交差している。
思案に耽る彼女の視界の遠く、セツナの背後に、ダイナは動く死体を見た。
声が出るよりも先、表情が驚愕へと変わり、口が開く。
「2人とも、後ろだ!」
ダイナよりも先に声を上げたのはJJだった。
周囲を警戒した彼の反応が一番早かった。
ダイナは素早く振り返り、腰のホルスターから拳銃を抜く。
セツナの背後で動かないはずの死体が動いたのであれば、自分の背後でもそうなっていても不思議では無い。
JJが注意を言い終える前に、ダイナとセツナは迎撃の態勢に入っていた。
ダイナは拳銃を抜き、構える。
そこには、横たわっていたはずのロボットが、立ち上がっていた。
素早く引き金を引き射撃。
胸に3発、弾丸を撃ち込んだ。
弾丸のストッピングパワーによって、ロボットは仰け反るが、仕留めきるには至らない。
追撃、スキル発動 ≪魔女の七つ道具≫ 。
右手に槍を召喚する。
魔女の七つ道具に数えられるこの槍は、槍は槍でも、投擲用の槍。
つまるところ、ジャベリンである。
長さ1メートルほどで、槍の中では短め。
それを右手で握りしめ、肩よりも上に掲げて投擲の姿勢を取る。
右手で槍を上に構え、左脚を踏み込み、腕を振って槍を投擲した。
利き手とは反対の手を使った投擲。
これは、銃を非利き手で扱うよりも難しい。
ダーツのように、小手先だけの感覚で投げられるのであれば話は別だが、全身の筋肉を連動させての投擲は、非常に難易度が高い。
さしものダイナも、非利き手での投擲は、やや手投げ気味での投擲になってしまっている。
足と肩の連動が上手くいっておらず、踏み込んだ力を肩に伝えるタイミングがズレ、槍に体重と勢いが乗り切っていない。
だが、魔力で強化されている運動能力であれば、多少不格好な投擲となっても、充分な貫通力と殺傷能力がある。
ジャベリンは、怯むロボットの胸を狙い、迷わずに突き進んでいく。
‥‥‥‥。
‥‥。
ダイナが、拳銃に手を伸ばしたのと同時、セツナも振り向いてリボルバーに手を伸ばしていた。
ホルスターからリボルバーを引き抜きつつ振り返り、銃を腰にあてて、左手でハンマーを上げて引き金を引く。
振り返った先には、仰向けで事切れていたはずの死体が立ち上がり、こちらに虚ろな瞳を向けていた。
その動く死体の腹部に1発、ダイナが射撃を開始するよりも早く、弾丸が命中した。
死体の右足が一歩、後ろに下がる。
倒れないことを確認したセツナは、更に射撃。
銃を腰に当てたまま、左手でハンマーを操作して、引き金を引く。
ファニングショット。
リボルバーの引き金を引いたまま、ハンマーを起こすことで連続射撃。
2発の弾丸が、動く死体の胸を捉える。
命中の手ごたえを感じるが、仕留めた手ごたえは無い。
追撃、スキル発動 ≪グランドスマッシュ≫ 。
右足を骨盤くらいの高さまで上げて、地面を強く踏みつける。
眼前の地面がめくれ、路面が削られ、目の前に岩塊が浮き上がる。
それに、左手の掌底。
浮き上がった岩の塊を、死体に目掛けて突き飛ばす。
岩石は真っ直ぐ死体へと直進。
ノロマな死体を違わずに捉えた。
直撃する寸前、生前の防衛本能が働いたのか、死体は岩石に対して右手を出し、身体をかばった。
しかし、質量と速度が生み出す威力を完全には殺し切れず、足が地面を離れ、身体は車道の横にそびえるビルの壁へと向かっていく。
そのまま大きい音がして、ビルに大きな亀裂が入った。
‥‥それなのに。
動く死体は、立っている。
岩石と壁に挟まれて潰されること無く、死体の形を保っている。
彼は、セツナの攻撃を受け止めたのである。
同時に、彼奴の身体に異変が起こる。
セツナの腕に装着しているスマートデバイスの、アラートが鳴動する。
その画面に赤い警告マークが表示され、異変をエージェントに知らせる。
「ディビジョナーの反応を検知。」
電子音声の警告が終わるや否や、セツナが突き飛ばした岩石が自分に向けて帰ってくる。
それを、スキル ≪炎撃掌≫ で迎撃。
右手に太陽を掌握し、岩石に掌底を叩きつけて、粉々に砕いた。
死体は、肌の下をブクブクと膨らませている。
肌の下で水が沸騰でもしているかのように、ブクブクと泡立ち、体格が変化していく。
中肉中背だった身体が肥大していく。
身体の筋肉が膨張していく。
肌が裂けて、肥大した筋繊維が外気に露出する。
瞬く間に、死体は人間の形を失い、醜い怪物と化した。
体長3メートルの、骨格のバランスが崩れた巨人。
上半身が筋肉で異常に発達し肥大しており、それに対して下半身が短い。
胴長短足の、筋肉に覆われた怪物。
その姿を、トロルとでも形容できようか?
ディビジョナーと化した元人間が、セツナに向かって走り出して来た。
トロルは、肥大した上半身の、同じく肥大した両腕を使い、四足歩行をするように突進してくる。
ずんぐりとした体形からは想像できないほど、動きは素早い。
巨躯も相まって、一気にセツナとの距離を詰めてくる。
これを迎え撃つ、スキル発動 ≪シルバームーン≫ 。
銀色の魔力が足を覆い、その力をサマーソルトキックで撃ち出した。
銀の魔力は弧を描き、縦の三日月となってトロルに迫っていく。
銀の三日月が、トロルを捉えた。
頭から首、それから胸を捉えて切り裂くも、トロルは止まらない。
浅く切れた身体から赤いダメージエフェクトを小さく出しつつも、セツナへと突進。
自分の間合いに入ったことを認めると、両腕を振り上げて、力任せに拳鎚を放とうとする。
そんなトロルに、マジックワイヤーが射出される。
ワイヤーを飛ばしたのは、JJ。
トロルが足を止めるのを待っていた。
左手に装備された火薬籠手から伸びたワイヤーが、トロルの片足を捉える。
片足をワイヤーで捉えたまま――、ブースターオン。
火薬籠手から蒼い火薬が噴き出す。
ロケットシェルの推進力を得た左手で、ワイヤーを引っ張る。
トロルに背を向けて、蒼い火薬の力で、彼奴の巨躯を引き摺り倒す。
火薬が火を噴き、爆発力と推進力の力で、筋肉の塊となった怪物をうつ伏せに転倒させた。
倒れたトロルの、セツナを狙った攻撃は不発に終わった。
JJに引き摺られて、セツナから離れていく。
攻撃のチャンス。スキル発動 ≪グランドスマッシュ≫ 。
足を振り上げて、大地を踏みつけて大地をめくり、岩石を浮き上がらせる。
それに、左腕からマジックワイヤーを撃ち込む。
岩石にワイヤーが繋がれる。
ワイヤーを右手で握り、両腕を上に伸ばして、頭上で円を描くように岩石を振り回す。
ワイヤーが岩石の重さに引っ張られて少し伸び、身体を中心に岩石が宙を舞う。
遠心力の力が、岩石に蓄積されていく。
1回転、2回転、3回転――。
スキル発動 ≪ライトニングアクセル≫ 。
回転をして遠心力を溜めながら、足元では雷の力を溜めていたセツナ。
遠心力と雷、その力を同時に解き放つ。
地面を引き摺られているトロルに照準。
身体を向け、雷の力を解放し、直進。
電光石火。
地を駆ける稲妻が、一瞬のうちにトロルの眼前まで移動した。
稲妻が走り、空から岩石が落ちて来る。
岩石に溜め込んだ力を、地上に目掛けて振り下ろす。
セツナが腕を振り下ろすと、ワイヤーで繋がれた岩石も、その動きに従う。
宙を回転していた岩石は、岩の鎚となって、トロルの頭部に振り下ろされた。
一気に間合いを詰められたトロルは、その動きに対応できない。
ガードは間に合わず、ワイヤーを通じて、鎚が標的の頭部を砕く感覚が伝わってくる。
頭を潰した。
攻撃がきちんと入った、確かな手ごたえを覚える。
しかし――。
頭を潰してもトロルは絶命に至らない。
彼奴の右腕が、セツナを捉えようと伸びてきた。
それを、後ろに跳躍しながら躱す。
この怪物は、まともでは無い。
彼らの記憶に蘇るのは、天蓋の大瀑布で戦った、異形の騎兵。
センチュリオンの頭を捻じ切って、そこに跨っていた騎兵。
その記憶が、油断や心の隙を埋めている。
眼前のトロルにおいても、頭を潰したからといって油断はしない。
細心の注意が、トロルの不意打ちを躱させたのだ。
‥‥だが。そんなことは、この世界の悪意だって、承知している。
セツナを捉えようとした右手が、彼を空中まで追って来た。
前腕が、なんと持ち主の元を離れ、再びブクブクと膨張しながら、宙を飛んでいたセツナを捕らえる。
腕が切り離されて、ブクブクと肥大しながら、空中まで執拗に追って来て、まるでハエや蚊でも叩くように、上から彼を叩いて落とした。
「ぐッ――!?」
まさか、腕を切り離して追いかけてくるというのは、盲点だった。
普段であれば、そうであってもテレポートで逃げられた。
しかし、夢の跡地ではテレポートが使えない。
不意打ちの後、間髪入れない不意打ち。
普段とは異なる戦闘環境という、アンフェアな状況。
それらが、注意で埋められていた心に、無理やり隙間を作り、そこを突破口に牙城の楼閣こじ開ける。
セツナは、トロルの切り離された右腕に押さえつけられた。
右腕は膨張肥大し、セツナの身体を手のひらで覆えるほどに巨大化している。
指の隙間からセツナの顔が覗く。
彼の視界には、中空に浮いている、トロルの左腕が見えている。
左腕は握り拳をつくり――、鬱憤を晴らすようにセツナに向けて降り注いだ。
拳骨の雨が、手のひらに押さえつけらたセツナに容赦なく降り注ぐ。
左腕の拳骨は、押さえつけている右腕の上から、殴打を繰り返す。
右手は殴打の影響で、手の甲が紫色に変色し、ダメージエフェクトが飛び散っている。
右手を捨てる勢いで、左腕は殴打を繰り返す。
「――――ッ!?」
セツナの腹部に、鋭利な痛みが走った。
彼を拘束している右手の骨が砕けて、手のひらを貫通し、それがセツナに刺さったのだ。
殴り殺されるのが先か? 刺し殺されるのが先か?
この世界の悪意が、セツナを飲み込もうとする‥‥。
「飛燕衝。」
黒い火薬が宙に撒かれ、外気に触れて発火し、爆発を起こした。
JJの握る火薬刀による飛燕衝。
彼は、トロルから切り離された両脚を片付けたあと、窮地のセツナを助けるべく、スキルを発動したのだ。
火薬の爆風により、トロルの右腕は体力の限界が訪れ、燃えるように姿が消えていく。
そんな右腕から、セツナは素早く、骨を引き抜く。
拘束する力の緩んだ右手から、自分の腹に刺さった骨に手を伸ばし、骨を押し上げたあとに引き抜いた。
どうやら、彼の腹には、中指の手のひら部分の骨、中手骨が刺さっていたらしい。
折れた影響か、先端が鋭利に尖っている。
仰向けのセツナに、宙空で拳を握る、左手の拳骨が構わずに落ちてくる。
それを、横に転がりながら躱す。
拘束は解けて自由になった。ならば避けられる。
避けたら、すかさずに反撃。
手に持った尖った骨を、拳骨に突き刺した。
左手の親指と人差し指の間。
肉しかないその部分に、骨の先端が突き刺さる。
骨を突き刺された左腕は、痛みから逃れるように、指を忙しなく動かし、宙へと逃げて行く。
セツナは、骨の末端にぶら下がって、宙に逃げる左腕についていく。
彼の眼下では、JJがこちらを見上げていた。
JJは、最早セツナへのフォローは不要と判断し、ダイナの援護へと回る。
JJを上空から見送り。暴れる腕に空中で振り回されること数秒、わずかに暴れる動きが弱くなった。
ここで、セツナの体力が回復する。
ダイナの魔法だ。彼の負った傷を考慮して、大量に魔法を使って回復してくれたのだ。
――有り難い。
仲間のフォローに感謝しつつ、眼前の敵を倒すための、スキルを発動する。
トロルの左手から伸びた骨に目掛けて、スキル発動。
「飛燕衝。」
突き刺した骨の末端に、右手で掌底を撃ち込んだ。
インパクトの一瞬、骨から手を離し、空中ジャンプで間合いを調節し、魔法の衝撃波を叩き込んだ。
先端が刺さるだけだった骨が、深々と左手を突き抜け、埋もれた。
この一撃が決定打となり、トロルの左手は力尽き、燃えて消えていった。
セツナが着地すると同じタイミングで、地上では炎の大嵐が巻き起こり、ダイナ側の敵を倒していた。
ダイナの右手には、赤色に光る魔法書が浮かんでいる。
魔法書のページが勝手にめくられて、本が閉じ、本が消えたあと、ダイナとJJがこちらに控えめなサムズアップをする。
セツナも、それにサムズアップで返した。
――それから、3人集合して、横一列に並んで戦闘態勢に入る。
彼らの目の前の、赤く燃える都市の空間が大きく裂けて、暗い暗い闇夜がこちらを覗いている。
紅くて暗い夜が、裂けた空間の向こうから、青い空を地上から覆うように広がり、無色透明な死の臭気を漂わす。
‥‥楽園に、明けぬ夜が訪れる。




