4.15_深緑の現実。
夢の跡地、上空。
「ブレッドさん、亜空間のスキャニングをお願いします。」
アリサが、ブレッドに指示を出す。
忽然と姿を消した、セツナたちの行方を追うためだ。
ブレッドが操縦席から立ち上がり、副操縦席に座るロボットに操縦を預ける。
そして、彼は副操縦席の後ろにある、様々な機器が並べられた位置へと移動する。
今回の調査のために積まれた機器。
そのひとつを立ち上げると、ホログラムディスプレイが起動する。
立ち上げた機器は、亜空間の存在と座標を調べるための物。
「スキャニングの指向性は?」
「指向性をイプシロン領域に、テレポートで使用する亜現実空間に向けてスキャンをお願いします。」
「了解。」
夢の跡地を取り巻く力場の乱れ。
その原因には、複数の予測が立てられていた。
1つ目は、セントラルを襲った赤龍の根城である説。
火炎の一息でビルを倒壊させられるほどのドラゴンであれば、その存在だけで周囲に異変を起こしていても不思議では無い。
いわゆる、情報災害や、魔力汚染と呼ばれる現象だ。
2つ目は、夢の跡地に眠っていた何かしらの機能が復活したと考える説。
夢の跡地は、人類再起の拠点でもあり、厄災以後の世界で使われる技術の多くを生み出した。
しかし、その中には、楽園の崩壊により、歴史の泥の中で眠ったままの技術も存在する。
それが、今になって目覚めたとする説。
3つ目は、亜空間からの干渉によるものだとする説。
夢の跡地を取り巻く魔力場の乱れは、膨大な魔力を内包している赤龍によって起こされたのではなく、本来は自然発生的に交わることのない、パラレルな時空の接近によって発生しているという説だ。
ブレッドの起動した機器のスキャニングが終了し、結果がディスプレイに表示される。
「イプシロン領域に複数の亜空間の反応。反応数、合計で13件。」
「絞り込みをお願いします。5次元周波数w波において、d振動をしているものを照合。」
「5次元周波数w波において、d振動をしているものを照合。――反応2件。」
「‥‥‥‥。2件の追跡観測を。いずれかでプランクサイクル振動を検知したら報告してください。」
「了解。」
そう言って、アリサは足元に置いていた大きなカバンから、自分が持ち込んだ紙媒体の資料を取り出す。
資料を何冊も広げて、目の前の机の上に乗せ、付箋を止めておいたページを広げる。
さらに、カバンからポストイットを取り出し、胸ポケットからペンを取り出してメモを書いていく。
腕時計を見て時間の確認、ポストイットに現在の時間を書き込み、自分が分かる記号や絵でメモを取る。
記号や絵で書かれたメモは、他の者からは何を書いているのか分からない。
それを4枚、スラスラとペンを走らせて、輸送機の壁に貼り付けた。
それを眺めながら、ペンのノックカバーの部分で自分の顎を叩いている。
(d振動が2件。これは予想外。)
ポストイットはどうやら、亜空間と自空間の位置関係をまとめているようだ。
アリサは元々、科学者を志す女性であった。
とくに、テレポートや亜空間の研究に情熱を燃やす科学者の卵だった。
大学で研究に明け暮れ、師に教えを仰ぎ、論文を書き上げて卒業が決まった頃、CCC支部からの勧誘がAIによる職業適性の結果ともに手渡され、オペレーターの道を進むことにした。
そんな彼女が、師の下で、師と共に研究していたのが、デルタ振動と呼ばれる現象。
――その振動は、異世界からの侵略者、ディビジョナーの所在を明らかにする。
スキャンを続ける端末に反応があった。
ブレッドがそれを報告する。
「テレポート発動による、プランクサイクルへの干渉を確認。」
「分かりました。確認ができた亜空間座標を、アルファ座標と呼称。エージェントの捜索を行います。」
「了解。トークンを飛ばす。」
「お願いします。」
ポストイットの情報を更新。
貼り付けたメモ書きのひとつに、記号を付け足す。
そして席に座り直し、コンソールを操作する。
操作しながら、ブレッドに次の指示を出す。
「見つけ次第、エージェントをサルベージします。ライフロープの準備を。」
「了解。」
そう言ってブレッドは、別の端末を立ち上げて操作する。
通称でライフロープと呼ばれる機械で、エージェントたちを亜空間から強制的に引っ張り戻すことができる機械だ。
本来はテレポートの実験などで使用される機器だが、今回は不測の事態を予測して輸送機に積み込んでおいた。
ライフロープの電源を立ち上げてから、輸送機の操縦室と輸送室の間を仕切る扉の前に移動する。
扉に向かって左側に陣取っている発電機のような機械からケーブルを引っ張り出して、ケーブルをライフロープに接続。
今回のサルベージにはエネルギーを食うと判断し、外付けの動力にも接続して、処理落ちやエンストをしないようにしておく。
ライフロープの準備が整ったところで、スキャナーに反応。
スキャナーが、エージェントの正確な位置を捉えた。
その様子は、アリサの操作するコンソールにも表示される。
ロストしていた3人の反応がディスプレイに表示され、バイタルサインなども受け取れるようになった。
その情報から察するに、彼らは戦闘状態にあるらしい。
アリサが指示を飛ばす。
「ライフロープの作動を。」
「了解。ライフロープ、作動。」
そう言って、ブレッドは端末横のレバーを上から下に引いた。
レバーを下に引くと同時、一瞬だけ輸送機の出力が低下して、室内灯が明滅する。
明滅は即座に回復し、出力を取り戻し、ライフロープは無事に作動する。
端末横のレバーが、下から上に戻った。
サルベージ完了である。
◆
「炎撃掌――?」
「アイスラン――?」
ロボット兵に攻撃する直前、視界が再び白く包まれた。
白い光の中を、飛び掛かった慣性で通り抜けると、そこには緑の都市が広がっていた。
青い都市から、元の時空に戻って来たのだ。
セツナとダイナの攻撃は、当然のように空を切り――、青い都市では存在しなかった瓦礫の山に突っ込んだ。
「ぶふぅ!?」
「ぶべっ!?」
ビルが倒壊して積み上がった残骸に顔をから突っ込んで、悶える2人。
それに少し遅れて――。
「あ゛ふん!?」
JJも同じ残骸に、顔から突っ込んだ。
彼が青い都市で立っていた場所には、緑の都市では1本の木が立っていた。
その木立がJJの座標に干渉し、彼は前方に弾き出されて、セツナとダイナと同じ末路を辿ったのである。
みんな仲良く、背の低い草に覆われた路上で悶え回っている。
アリサは、のたうち回る3人に声を掛ける。
「ご無事で何よりです。皆さん。」
「‥‥本当に、大丈夫にみえてる?」
鼻っ柱を押さえて仰向けになっているセツナが、絞りだすように答えた。
アリサの苦笑いが、通信から耳に入ってきた。
‥‥‥‥。
‥‥。
アリサは、3人から何があったのかを聴取した。
3人の電脳野を介して送られてきた、視覚情報などを確認しつつ、状況を整理する。
まずは、結論から話すべきだろう。
「聞いてください。先ほど迷い込んだ時空から、ディビジョナーの反応を検知しました。」
3人は、それぞれの顔を見合わせる。
アリサが続ける。
「当初の作戦を変更します。これより皆さんには、ディビジョナーの撃破を行っていただきます。」
ダイナが、それに対して親指を立てる。
「OK。調査より、そっちの方がボクたち向きだ。」
セツナとJJも、同じ意見だ。
やはり、エージェントの本分は暴力装置にあり。
調査するよりも、戦闘の方が得意分野なのだ。
ここで、JJがアリサに質問をする。
「ディビジョナーは、どうやって見つければ良い?」
「魔導兵器と同様、スマートデバイスにはディビジョナーを検知する機能が備わっています。
それを頼りに探してください。」
「なるほど、了解。」
「それから、いま皆さんのスマートデバイスに、モジュールをインストールしました。
これにより、テレポートを使用すれば先ほどの時空に移動ができます。
ただし、力場の乱れの影響で、通常のテレポートは使用できません。
それを踏まえた戦いの組み立てをお願いします。
また、先ほどのように、こちらでサルベージすることも、ディビジョナーとの戦闘中にはできない可能性があります。
くれぐれも無理をしないで、勝てないと思ったら戦線から離脱してサルベージを待ってください。」
「任された。」
JJが代表して返答。
通信を終え、3人は深呼吸をして、テレポートを発動。
ポストアポカリプスな都市から、人の気配が消えて、緑の静寂が帰ってくる。
エージェントは再び、青い都市が広がる世界へとダイブして行った。
◆
白い光を抜けると、そこには青い喧騒が広がっていた。
先ほどの、真っ白でディストピアな雰囲気は消え去り、そこら中で銃声と怒号が響き渡っている。
ビルの窓は割れ、赤い炎が空に伸び、炎が空を赤く染めている。
路上には、壊れた車、倒れる人、動かなくなったロボット。
セツナが倒れてた男性に駆け寄って、手を伸ばす。
初めてこの地を訪れた時とは異なり、彼の手は倒れている男性の肩を叩いた。
この時空との因果が強くなり、干渉できるようになっている。
セツナが、首を横に振る。
残念ながら、事切れているようだった。
JJが周囲の警戒をする中、ダイナはロボットの方を確認。
セツナが駆け寄った遺体と、ロボットとの距離は20メートルほど。
道路を挟んで向かい合うように倒れている。
その体の至る所には、いくつもの銃弾を受けた傷が確認できた。
(人とロボットが争った?)
人と人による闘争にロボットが使われたという線は除外する。
ついさっき、ダイナたちはロボットに襲われたばかりだ。
セツナの方でも、遺体の身体を確認する。
うつ伏せに倒れている身体を起こし、仰向けに。
こちらにも、弾痕と思わしき傷が確認できた。
「こっちの人は銃弾にやられたみたい。ダイナ、そっちはどう?」
「こっちのロボットも、銃弾でやられてる。」
セツナは、路面をよく見渡す。
路面には、そこで銃撃戦が繰り広げられたことを語るように、薬莢がいくつも転がっている。
そのひとつを拾い上げて、遺体が握りしめていた銃を手に取って、弾の種類を確認する。
薬莢と銃の弾倉に込められていた弾の種類は、一致した。
となると、この銃口が誰に向けられていたのかを、知る必要がある。
「ダイナ、そっちのロボットをスマートデバイスでスキャンして。傷の状態が知りたい。」
「OK。」
そう言って、ダイナはコートのポケットからスマートデバイスを取り出す。
デバイスのカメラモードを起動して、ロボットを撮影するようにフレームに収める。
すると、デバイスのカメラレンズから薄い光が投射され、ロボットの状態を調べはじめる。
状態の検査が終わり、彼女のサポットであるマイトが結果を報告する。
「ロボットの負った傷は、セツナさんの持っている銃の弾と一致しました。」
「分かった、ありがとう。」
「マイト、お疲れ様。」
一通りの状況把握を終えたので、いったん集合しようとする。
遺体に背を向けて、ロボットに背を向けて、セツナとダイナは歩き始める。
その後ろで、音も無く、立ち上がる存在にも気付かずに‥‥。




